勢、断、労三條
(孝明天皇に上リし封事に附せるもの/文久三年三月)
真木和泉守著
勢
勢というもの、必ずしも王公貴人のために動くものにあらず。又必ずしも小人奸邪のために動くものにあらず。不意に天運に生ずるものと見えたり。
この勢を得れば、天も與せず、人も帰せざる、奸譎不義の人にても一時その威力を展(の)ぶることを得る者なれば、況んや天命を奉じ、人心に從い、仁政を天下に施さんとする者、この勢を得たらんには、時を過ごさず、日を移さず、わきひらおもい合わせ見合わせなどせず、一心不乱に思いつめ、時こそ來れ、節これ今なれと一大挙を出し侍らば、天下人心悚動して、始めて偸安の目を覚まし、聖人の大事業もかくの如くこそあらめと感心屈服せんに、その勢も亦益熾んになり、氤氳(いんうん)鬱蒸、赫々焰々、誰かまたその勢に向うものあるを得ん。