以上の問答に現れた著しい特徴は、松陰が縷々として兎も角、白己の心懐を、或程度までは吐露しつくしてゐるのに、黙霖の方が何か顧みて他を謂ってゐる氣味が見えて、多くを云つてゐない鮎がある。併し―、之は問答の筆録でなくて、松陰の書信へ、朱で黙霖が文の横へ書き入れたのみの、言はゞ賣られた喧嘩に、手出しをしたのみであつたから、こんな具合に表現されたものらしい。此の筆の朱書き入れをした書信(*安政三年八月十八日附書簡)と共に、黙霖は更に獨立した一書を添へてゐる。
能美氏席上ニテ、御答書ヲ得申候。再度拝見仕リ申候處至歎一意ナリ、惨戚一意ナリ。奚疑園を尤ムル一意ナリ。佛澄ヲ取ツテ自比スル一意ナリ。神咒眩術其ノ傍意ナリ。一人ヲ筆誅ス亦一意ナリ。議論二字亦一意ナリ。六意ヲ以テ立言スルトコロノ文タゞ心膓云々ニテ着落トシタル事ニ候ナリ。凡ソ往復ノ書ハ言質ト云ヘル俗言ノ如クナルヲ厭フ。ソノ大旨ニ就イテ答ヘル事古人ノ用意ナリ。同庚同志云々、前書已ニ及ブ。又々今ノ諸ノ起筆トスル事ハ、コレ注疏ノ體ナリ。僕毎ニ足下ヲ尤メザルニ、足下舊冬以來、三書皆我ガ言ヲ擧ゲテ、以テ其ノ案トナスナリ。コレ俗人ノ言質ト云フモノナリ。僕、本、争ヲ好マザルナリ。ソノ争フヤ必ズ王事ナリ。王事ハ守死シテ斯ノ志ヲ變ゼザルナリ。今足下ノ億兆ヲ感ゼシムルト、一人ヲ誅スルトヲ擧ゲテ同否ヲ論ズルハ其能ヲ争フナリ。シカレドモ僕ハ争ハザルナリ。(中略)