子十一月
一 夜九ッ時分内藤仁右衛門参り急に相対いたし度き段之有り候由に付き相対致し候処、今日罷り出入御承知候諸隊嘆願書差出し候に付き、御直に仰せ聞かれ候旨之有り候間、隊中の総督三人充つ明八日萩罷り出明後九日朝六ッ時御城罷り出候様仁右衛門、猶崎数馬より通達致し候様国中掛りより申し来し候に付き、其の取行いたし候処拙者へ歎願書差出し候間、拙者より承知致さず候はては引き請け致し得ず段申し候て、手紙返却に及び此段萩へ申し遣わし候得ば、私共において格別掛り相之無き義には候へ共、彼等も国家の為と双節角正義を尽し候処、是より何ぞ趣出来仕り候て不穏義に付き何卒宜しく御所置は之無きやの段申すに付き、段々申し合い野村淳助呼寄せ段々示談に及び拙者より申し渡し候に決着致し、早速使いを以て永福寺へ此間嘆願差出し候節罷り越し候人数付立此中より一両人罷り越し候様急に相対致し度き儀之有り候段申し遣わし候処、承知追付け参り候との返答にて八ッ過ぎ山縣狂助・伊藤和作参り候間、書取を以て申し聞き承知いたし罷り帰り候に付き、右の段淳助より萩表へ申し遣わし候事