『恐惶神論・夢物語』総評(『校正恐惶神論「夢物語」』巻之三所収)
この書、何人の意中に出しと云うを知らず、始め修験者に起されて御宮に詣るまで言短くして能く其の趣を尽せり。又御宮にて神君よりして諸将列座の光景、文辞のならぬして凄然たるが如し。又井伊直政が言に中将の私議を怨みて諸将に面目を失うさま、家督を賜りしを悦ばずしてその理を尽す真に忠士と云うべし。
その中将が私議の件々は粗なるが如くなれども、これは彼の水藩の浪士輩が訴状にその言を尽くしたればなるべし。尾張義直卿の言に高松多欲より出て水府を苦しましめん隠悪は世の人の未だ知らざる所、実に水府の冤を雪ぐむと云うべし。
紀伊頼宣卿が外桜田の変事を聞き玉うより松平重勝がその日の形勢を説く文辞誠に妙なり。
而して重勝は今の松平大隅守の祖なれば、その邸の前にての事なれば、その祖重勝が知しと云うて委く語る文中その事を言わずして妙なり。