やりたいことを詰め込んだ8ヶ月――ケニアでのインターンとスタディツアーを通して
by 大屋結莉
(アフリカ地域専攻・2020年度入学)
みなさま初めまして。私は、4年生の春学期を休学し、2023年2月から9月までの8ヶ月間、ケニアに滞在した。今回は、そんな私のケニア滞在記を少しここに記そうと思う。
目次
1. はじめに
2. ナイロビでのインターン
3. ケニアスタディツアー
4. ケニアで感じたこと
5. 最後に
1. はじめに
大学3年生になった時、「ああ、やっぱり自分も卒業までに絶対アフリカに行きたい」と感じたことを覚えている。弓道部に所属していたため、その引退(大学3年次11月)を待って、休学してアフリカに行くことを決断した。そう決めた時に、アフリカで何をしたいのかについて考えた。
「自分がどこまでできるのかを知りたい」
「新しいことに挑戦したい」
「自身の将来について考えたい」
「アフリカの農業について学びたい」
その時に思い浮かんだのがこれら4つの気持ちであり、アフリカのインターンに応募することした。そして、2023年2月遂に東アフリカに位置するケニアに足を踏み入れた。具体的に、8ヶ月の間に取り組んだことは大きく分けて3つだ。
2月〜7月(6ヶ月間):ナイロビでのインターン
1週間ほど:東アフリカ1人旅(タンザニア・ルワンダ・ウガンダ)
8月〜9月(2ヶ月間):ケニアスタディツアー
今回は、ナイロビでのインターンとケニアスタディツアーを中心に私の視点から見たケニアをここに記そうと思う。
2. ナイロビでのインターン
私が2月から7月の6ヶ月間インターンを行なっていたのは、日本人企業のAlphajiri Limited(以下、アルファジリと記載)だ。インターネットで「農業 アフリカ インターン」と検索してケニアでユニークなことをしているアルファジリに出会った(注)。
アルファジリは、ミゴリ郡(ケニア西部に位置する郡)に契約農家さんがおり、そこで大豆の生産と味噌やコチュジャンなどの味噌関連商品への加工を行なっている。そして、首都ナイロビに自社のお店を所有し、自社の加工品を販売するとともに野菜、ランチメニューなどのオリジナル商品を販売している。
加工品は、ナイロビの直営店で販売するとともに、スーパーへの卸売りも行なっている。加工した大豆関連商品は、現時点では輸出用ではなくケニア国内消費用として販売されており、現地駐在の日本人の方々、ケニアの人々、その他の国の人々と多くの人に親しまれている。
アルファジリ構成メンバーは、日本人代表(以下、役員と記載)、ケニア人社員5人(ナイロビの食料品店で働く社員)、日本人インターン生(滞在期間に最低0人から最大3人(自身を除く))(2023年7月時点)であった。
注:Alphajiri Limited URL:https://www.borderless-japan.com/social-business/alphajiri/
2-1. なぜ、アルファジリなのか?
一言で言うとアルファジリの事業内容がとても興味深かったからだ。私が大学のゼミや論文でアフリカの農業について勉強して感じたことが、農作物を持続的に流通させることの難しさだ。農村部で農作物を多く作ることができても、その後うまく流通に乗せることができないと現金収入を生み出すことはできない。そして、そこが一番難しいのではないかと感じた。
アルファジリは、ミゴリ郡で農家さんと契約して大豆を栽培し、それを味噌に加工して首都ナイロビに流通させている。これが、私が学びたい/知りたい/インターンをしたいと思ったきっかけである。農家さんにとって重要な要素の1つとして挙げられるのは、安定した販売先の確保である。
農作物の加工は、農家さんに農作物販売による持続可能な収入を実現し、さらにその農作物を加工してその付加価値を上げることによって収益増加を実現できる。そして、その加工品が売れ続ける限り、契約している農家さんが大豆の販売先に困ることはなくなる。
2-2. インターンで取り組んだこと
私がインターンで取り組んだことは、直接的に農村部での農作業や加工に関わった業務ではなかった。ナイロビにある直営店の運営から、商品開発、チラシ・パンフレットの作成、イベント運営と様々なことに関わらせてもらった。
やりたいという声を挙げれば、「やってみたらいいんじゃない」とやらせていただける環境だったからこそ、多くのことに挑戦することができた。日本とは全く違う環境のケニアでのインターンは、日本で同じ業務を行うインターンよりも学ぶことが多かったのではないかと思う。
以下に、インターンで取り組んだことをいくつかピックアップしてその詳細を記そうと思う。
A. 商品開発
お店の収益を増やすことを考えたときに、その方法として挙げられる1つである商品開発。私自身が、料理が好きということ、農作物加工に興味があること、何かモノを作り出すのが好きということから多くの時間をここに費やした。
実際に、アルファジリでお菓子1つ、大豆関連商品3つ、ランチメニュー4つ(改良含む)の合計8つを開発・販売開始した。試作の段階から、役員の方々、他のインターン生、ケニア人社員と多くの人たちにコメントをもらい試行錯誤の末、多くのお客さん(ケニアの人々、日本人、他の国の人々)に気に入ってもらえる商品を開発することができた。
試作の段階では、なぜその商品を開発したいのかを常に意識することで、たとえその試作に長い時間がかかったとしても頑張り続ける原動力になった。なかでも、一番長い期間かけて開発したのは「豆腐」で、その試作に1ヶ月ほどかかった(写真1)。全員で1つの商品として店頭に送り出した商品が多くのお客さんが手に取り、また手に取ってくれるということは本当に嬉しいことであった。
写真1:開発した木綿豆腐。
B.チラシ・パンフレットの作成
これまでお店になかったパンフレットやショップカードなどを作成した。売上を伸ばしていくためには、商品開発のみならず宣伝をしていく必要があるためだ。チラシに載せる情報、写真、文章などを検討すべき点は多くあったが、役員の方に多くのアドバイスをいただき、最後には納得のいくチラシを完成させることができた。チラシやパンフレットに関しては、初めは全くできなかったが何度か作成させていただくうちに、要領が分かり作成をスムーズに行えるようにもなった。
宣伝関連のチラシ・パンフレットの作成は、お店の強みや魅力を再認識するきっかけとなった。そして、自身で意図を持って広告に含める情報・含めない情報を選んだため、それらを実際お客さんに渡すときにどのような情報を口頭で伝えたら良いのかということが頭に入った状態で接客することもできた。この経験は、後のケニアスタディツアーで大いに役立つこととなる。
C.イベントの運営
定期的に屋外で、様々なお店が一同に集まり、人々が飲んだり、食べたり、雑貨・加工品を購入したりできるイベントがある。そのイベントに、出店者として参加させていただいた。
人とコミュニケーションを取ることがやっぱり好きだと認識することができたのがイベントの運営であった。1日中イベント会場に居るため、アルファジリの商品をおすすめしたり、常連さんとお話ししたりと普段お店にいる時よりもゆっくりお客さんと話すことができる(加工品は、中間層以上の層のお客さんがターゲットとなり、ケニア人・日本人・その他の国の人々と国籍関係なく親しまれている)。
イベントには合計3回参加させてもらったが、商品理解の解像度も回を重ねるごとに上がり、より詳しい説明をお客さんにできるようになった。そのため、大雨などの天候に関わらず、毎回過去最高の売上を上げることもできた。
インターンでは、自分にできること、そしてその逆で自分に足りないことを認識する機会が多くあった。それでも、毎日何か前に進みたいとあがき続けた。ケニア人社員全員が励ましてくれ、協力してくれたからこそ多くのことを達成できた。
そのため、成功した時は全員で喜び、失敗した時は全員で再発防止を考えたのも良い思い出だ。だからこそ、私は本当にこのメンバーが好きでインターンが終わってからも何度も会いに行ったのを覚えている。それくらい、良い人たちに囲まれていた(写真2)。
写真2:フルメンバーではないが、お店の前で撮った写真。全員同じような服装なのがポイント🌟
また、日本人が経営するお店でインターンをしていたということもあり、ケニアに滞在している様々な日本人の方ともお会いすることができ、様々な人生経験談を聞くことができ、それらのお話は本当に興味深かった。
お店には毎日お客さんがいらっしゃるため、日本人の方含め、多くの人に出会うことができ繋がることができた。ここでしか出会うことができなかった多くの人と出会い・繋がることができたのは本当に尊いことであり、今後も大切にしていきたい。
6ヶ月間のインターン勤務は、本当にたくさんのことが詰まった期間であった。間違いなく、これまでの人生のなかで忘れられない思い出となった。そして、この経験を生かして今後また新しいことに挑戦していきたい。
3. ケニアスタディツアー
インターン先のお店で知り合った柏原ルミコさん(写真3)。
写真3:柏原ルミコさんとグレートリフトバレーで。天気が良くて最高の日だった。(撮影:山下彩夏さん)
私がこのスタディーツアーを行うきっかけとなった方である。ルミコさんは、在ケニア・在マラウイ日本国大使館での草の根委嘱員を経験後、現在ケニアに在住しており、アフリカと日本を繋ぎたいと活動をされている。
インターン終了後に「一緒にスタディツアーを行わないか」というお話をいただいた。そのお話をいただいた時、「すごくワクワクする」と感じた。アフリカに来たいとは思っていても、一歩踏み出すハードルを高く感じている人はたくさんいるのではないかと感じていたこともあり、ルミコさんのスタディツアーに対する想いを聞いた時に、このツアーに関わりたいと強く感じたのだ。そして、100人いれば、100通りの考え方・見方があるように、色々な人から見たケニアについても知ってみたいと思った。
ケニアスタディツアーは、アフリカに一歩踏み出したいけどきっかけがなくてなかなか一歩踏み出せない学生さんや社会人の方に向けて実施しようと考えた。そして、ケニアで実際行われているプロジェクトや団体を見学し、議論することで真のケニアを知ってもらい、新しいビジネスチャンスや可能性も知ってもらうことを目的としていた。
私は主に広報と参加者への連絡を担当した。7月第2週目にスタディツアーを行うことを決め、その後ツアー内容の決定、広報活動を行なった。私が東アフリカ1人旅からケニアに帰国後の8月第2週目からツアーでの訪問先の視察を行い、ツアー内容の調整等を行なった。準備で忙しくしていると、あっという間にツアー実施日となっていた(写真4)。
写真4:2023年度夏のケニアスタディツアーのパンフレット。
合計11人の方(日本の学生さんと社会人の方)に参加していただき、2回のスタディツアーに渡ってケニアでお迎えした。約3週間のスタディツアーが終了した時には、安堵の気持ちとともに寂しさを感じた。そう思うほど、この2つのスタディツアーで出会うことができた方々、そこで出会った出来事や話、議論など、全てが濃いものであった。
その中でも「適正価格とはなんだろう」という議論が非常に印象的であった。交渉文化のあるケニアでは、工芸品等を購入する際はお店の方との話し合いの上、価格を決定する。また、購入する際にいくつかの店で価格を比較の上購入したりもする。
実際、私はお土産を安く買える場所をいくつか知っていたのだが、そこのお土産物の価格は他の店に比べてかなり安かった。店主が作り手から工芸品を購入し販売しているお店だったからこそ、その安い価格に少し疑問を抱いたのも事実である。その時に話したのが、「作り手の人たちの収入について」の議論であった。安い価格でも決まった数を定期的に購入してくれる買い手があることが良いのか、それとも誰かが通常よりも高値で購入してくれる機会を待つのが良いのか。「どのように適正価格が決まっているのか」という会話から発展して、様々な議論をすることができたのは非常に興味深かった。
ツアーの最後の全体ミーティングでは、参加者それぞれからこのスタディツアーで感じたことを聞くことができた。そこにはたくさんの想いが詰まっており、胸が熱くなったことを今でも覚えている。それぞれの人が、異なる視点から見たケニアについて聞くことができ、そしてそれをさらに議論できたことは本当に貴重な機会であった。
ケニアスタディーツアーは、今回(2023年夏)だけでなく、来年度2024年2,3月にも開催予定だ。また、新しいツアーの内容で、より充実したツアーで皆さんをお迎えできるように準備を進めていくつもりである。また、ケニアでアフリカに興味を持っているたくさんの人たちにお会いできることを心から楽しみにしている。
4. ケニアで感じたこと
ケニアで一番初めに感じたことは、「ナイロビはなんでも手に入るなあ」ということだった。大きなショッピングモールがたくさんあり、お金さえあればなんでも欲しいものを買える場所であった。
4-1.食
海外に行って、重要な要素の1つとなるのが食事。食事が合わないとかなりきついということを聞くが、私はケニア食が大好きだった。確かに毎日続きすぎると少し胃がもたれてしまいますが(笑)、ケニア食の味付けは基本的に塩のみ。
余計なものを入れないからこそ、素材の味を感じられるシンプルな味です。私のお気に入りは、ウガリとニャマチョマ(スワヒリ語でローストした肉)の組み合わせが大好きでした(写真5)。
写真5:これが、ウガリとニャマチョマ。そしてニャマチョマ屋さんでよくある肉の骨のスープ。本当に美味しい!
そして、インターン先の近くで暇があれば通っていたのがこのローカルレストラン。ルオの方々のレストランで、ここで食べる魚のフライとウガリ、カチュンバリ(赤玉葱とトマトのサラダ)は絶品(写真6)。ケニアで美味しいローカルレストランとして、よく友達を連れて行った。
写真6:行きつけのレストラン。ここのウガリと魚の組み合わせは最高!350kshで安くて美味しい。(1ksh≒1円)
他にも好きなケニア料理を挙げるとキリがないが、それぞれの作り方をケニア人の友達にたくさん教えてもらった。日本に帰ってから、どこかでケニア料理パーティーをしたいなと思っている(笑)。
4-2.生活
毎日を全力で楽しんでいるケニアの人々。生活のすぐ近くに音楽や踊りがあり、笑いがあり、笑顔がたくさんあると感じた。インターンでうまくいかず落ち込んでいた時、辛くなった時など、いつも話を聞いて私を笑顔にして元気にしてくれたのは現地でできた友達だった。ご飯をみんなで食べたり、お酒を飲んだり、踊ったり、歌ったりしたのは本当にいい思い出だ。
休みの日は、カフェに行って作業をしたり、ケニア人の友達とケニア中の色々なところに出かけたりと、休みの日もいつも忙しくしていた(写真7, 8)。
写真7:Mt.Longonotの頂上から見た風景。久しぶりの5時間登山は運動していない体にはハード過ぎた…。
写真8:ケニア人の中にポツンと日本人1人。もちろんすごく仲良くなった。このような感じで友達とよくツアーに参加していた。
インターン終了後の8月からは、平塚さん(アフ科の同期の子)とナイロビでシェアハウスをしていた。私たちが住んでいた部屋は6階にあり、その部屋からは毎日ナイロビを見渡すことができた(写真9)。
そこからの景色を眺めていると、自然と「やりたいことにはなんでもやってみよう」という気持ちになった。私は、あの部屋からの景色が好きだった。そして、そこで友人と一緒に過ごし様々な話を話した時間も今でも戻りたいと思うほど大好きだ。
写真9:友達と一緒に住んでたアパートからの風景。夜な夜なベッドの上で人生?を語り合ったのが懐かしい思い出。
また、日本は恵まれているなあと強く感じた。停電はしないし、断水もしないし、温かいお湯も出るし、洗濯機もあるし…、と。生活環境は、所得によって大きく異なる。それゆえ、日本と変わらない生活もしくはそれ以上の生活を送っている人々もいた。
しかし私は、停電はするし、断水もするし、シャワーから冷水しか出ないこともあるし、洗濯機もないし…と、そのような生活を送っていた。そこで感じたのが、「全然生きていける」ということ。日本ではどんどん便利なものが増えているが、このような自然な生活もとても良いと感じた。
8ヶ月間、毎日手洗いで洗濯して絞って干していたため、日本に帰ってきてから洗濯機を使って脱水した後の洗濯物を触ったとき、こんなにも乾いているのかと「文明の力」に驚いた(笑) 。ちなみにケニア人は洗うのは石鹸を使ってしっかり手洗いするが、干す時は絞らずにそのまま干すので、水ボダボダで外に洗濯物を干すことが多い。
5. 最後に
ケニアから帰国して約1ヶ月が経とうとしている。文章を書きながら、様々な出会いがあったこと、ケニアに実際行くまで考えなかったこと、たくさんの人たちと繋がれたこと、多くのことが頭に浮かんできた。ケニアに実際行ったことで、実際の生活環境や所得格差を肌で感じることができた。
そこから実際どのような問題や可能性があるのかということを多く考えた。そして、何よりもまだまだ自分の知らないこと、知らない世界がたくさんあるということを強く感じた。それに気づけたことは、今回ケニアに行ってよかった1つのことではないかと思う。
ケニアに滞在した8ヶ月は、長いようで本当にあっという間だった。パソコンが壊れたり、スマホが盗まれたり、宿が見つからなかったりと様々なアクシデントがあったが、大きく体調を崩すということなく無事帰国できたのは本当によかった。しかし、どのような場面でも多くの人が優しく声をかけて、助けてくれた。
たくさんの優しさに触れたこの8ヶ月間、「自分が何かここでできないのか」と強く考えるようになった。その想いは、今後自身のキャリア形成や人生において大きな1つの要素となっていくと思う。本当にこの8ヶ月間、ケニアに滞在することができてよかった。悔いなきケニア滞在だった。
以上、私から見たケニアについて書いてみた。しかし、これはあくまで私から見たケニアであり、もしこの記事を読んで少しでもケニアに興味を持った人がいたならば、ぜひ一度足を運んでみてほしい。皆さんの目から見るケニアは、私の目から見たケニアと良い意味でも悪い意味でも違ってくるのではないかと思う。
友達、美味しいフルーツ、ケニア料理、雄大な自然に会いに、また近いうちにケニアに戻れたらなと思う(写真10)。Tutaonana tena!
写真10:大自然の象(アンボセリ国立公園にて)
最終更新:2023年10月24日