携帯電話におけるコミュニケーションツールとしてのパラドックス

投稿日: Apr 26, 2016 12:2:49 PM

現代社会におけるコミュニケーション技術の発展は目覚ましいもので,いまや何十億人もの人が携帯電話やスマホを使って他者とコミュニケーションをとっています。今回は,携帯電話は本来“誰かとコミュニケーションをとるためのツール”であるべきなのに,その存在によって目の前の人とのコミュニケーションがおろそかになってしまうことを実験的に示したPrzybylski & Weinstein (2013)の論文を紹介します。

携帯電話は対人関係を円滑にするのか?

これまでの研究では,携帯電話を通じてのコミュニケーションによって,相手に対してより親しみを感じるなどの,関係を維持するのに重要な役割を果たすというポジティブな影響が示されています(Leung & Wei, 2000)。

しかし,携帯電話を使用することはいいことばかりではなく,携帯電話の存在が面と向かった人とのコミュニケーションをおろそかにしてしまう可能性も指摘されています。というのも,Turkle(2011)は,携帯電話は世界とのつながりを感じさせ,その感覚はサイレントモードであったとしても感じ,この感覚が目の前の人とのコミュニケーションを阻害する原因ではないかと述べています。

“携帯電話の存在”が目の前の人とのコミュニケーションを阻害する

そこで,Przybylski & Weinstein (2013) は,Turkle(2011)が指摘するように携帯電話の存在が目の前の人とのコミュニケーションが目の前の人とのコミュニケーションをおろそかにするのかについて,以下のような実験で検討しています。

1つ目の実験は,Figure 1のような配置の実験室で行われました。この時,実験室内の机の上には,携帯電話が置いてある場合(携帯電話あり条件)と,携帯電話と同じくらいのサイズのノートがおいてある場合(携帯電話なし条件)がありました。実験参加者は,もう1人の参加者と2人1組になり,そこで「先月あった面白い出来事について」10分間会話をしました。そのあと,「もっとコミュニケーションをとれば,相手を友達になれると思うか」といった関係の質を尋ねる質問や,自分とパートナーとの関係がどれくらい近いかを尋ねる項目に回答しました。その結果,携帯電話が置いてある場面では,相手との距離をより遠く感じ,関係の質の評価がより低いことを明らかにしました。

重要な話題の時に,携帯電話の存在が対面のコミュニケーションの質を低くする

2つ目の実験では,“会話する内容”に注目して,携帯電話の存在が対面のコミュニケーションの質に及ぼす影響について検討をしています。基本的な手続きは1つ目の実験と同じですが,会話する内容が「今年1年で最も重要な出来事について」話す条件(重要な内容条件)と,「プラスチック製のクリスマスツリーについて」話す条件(重要でない内容条件)の2つのパターンがあり,参加者はそのうちのいずれかのテーマについて会話をしました。その結果,重要な内容条件でのみ,携帯電話が置かれているときのほうが,相手との会話の質の評価が低くなっていました(Figure 2)。

Przybylski & Weinstein(2013)のFigure 2の一部を抜粋

□が携帯なし条件で,■が携帯あり条件。

casual(左側)が重要でない内容条件で,important(右側)が重要な内容条件。

携帯電話にはらむコミュニケーションツールとしてのパラドックス

Turkule(2011)の主張と一致して,Przybylski & Weinstein(2013)は携帯電話がただ目の前にあるだけで対面のコミュニケーションの質を低くすることを示し,特に関係形成において重要な話題の時にコミュニケーションの質が低くなることを示しました。

携帯電話は,遠く離れた何十億もの人とのコミュニケーションを成立させるという,夢のようなコミュニケーション促進ツールであるにも関わらず,その携帯電話でのやりとりの面白さゆえに,携帯電話の存在が目の前にいる人とのコミュニケーションがおろそかになってしまう,という逆説的な問題を抱えてしまっている。

(中村早希)

【引用文献】