⑯文章教室に参加して

北海道自分史友の会「友の会だより第110号」掲載 2015年2月発行

若い頃から文章を書いてきた私。それは唯一の趣味と言えると思う。

考えてみると、書く人は日常的に書いているが、文章を書かない人はたとえ才能はあってもそれに気付かず、一生を過ごしてしまうのだろうか。

バカ正直な私は、気がつくと文章を書いているが、本当はいつも恥を書いている。それでも楽しかっこと、驚いたこと、悲しいことに出会うとつい書きたくなる。

「北海道自分史友の会」には月1回の文章教室がある。私はそれに参加している。その日がくるのを楽しみに参加している。毎回楢部先生のご指導を受けているので、とても参考になる。

人間は自分のことが案外わからないものである。知っているようで知らないのが自分だと思う。他の人からどう思われ、どう見られているか知りたいから文章教室に参加しているとも言える。

教室にはそれぞれ違う生き方をしてきた人が参加している。私が書いた文章に対していろいろ意見を聞かせてくれる。その一つひとつがとても参考になる。特に私はせっかちなところがあるので、それが文章にも出てしまうらしい。

書いた自分はわかっているつもりでも、読んだ人には意味が通じないことがよくある。質問されてはじめて私はハッと気づくのである。

私はあまりこまごましたことを気にしないから、そんな性格が文章に出てしまうのだろうか。

そんな私にもいいところはある。見たこと、聞いたこと、出会ったことはどんなんでもすぐ書いてしまうことができる。

毎週日曜の朝は、帯広の妹に必ず電話をかける。私には7人のきょうだいがいたが、今は私とその妹だけが残された二人だ。

「安否確認だよ」と、いつも二人で笑っている。

「姉さんはいいよね。いつも出掛けてばかりいて・・・・。でも欠点が一つあるね。何か言うたびに書かれてしまうんじゃないかと、いつもハラハラするわ。」

私は妹に答える。

「大丈夫、心配しないで。文章教室では、自分以外の人のことを書くときのマナーも教えているんだから・・・・。」

フクジュソウ