ヨ. フルムーン考

昨年末、夫が永年勤めていた会社を退職した。

明けて今年早々に、東京近郊に居る夫の弟から、子供達二人の結婚話がまとまったという知らせがあった。それは3月には姪、続いて6月に甥が式を挙げるという事である。私達夫婦は、待ってましたとばかり出かける事にした。

以前から、友人や知人から「フルムーンパス」で旅行をしてきた話をいつも聞かされていた。それもコースを変えて毎年のように、あちらこちらと周って来るらしいのである。私もいつかは行きたいと、その日を心待ちにしていた。

ヒット企画といわれている「フルムーンパス」の長いのを使う事に決めた。3月には国鉄最後の、6月はJRになって日も浅いという記念すべき旅行となった。

夫婦二人が12日間、日本中を周る事が出来て、10万円というのだが、果たして割安なのかどうか・・・。

新幹線を含めて、全て特急のグリーン席を利用出来るのは、たしかに良い気分のものである。

ただ、北海道のそれも大樹からだと、往復の日数を3日程は見ておく必要がある。また結婚式等に出席する日程も何日かあけておかなければならない。

九州、四国へも行く事は可能なのだが、今迄あまり歩いていない私達は、そこ迄は足をのばせなかった。3月には関西方面、6月には北陸をぐるっと周って来た。

東京でそれぞれ行われた、二度の婚礼に出席した後に、フルムーン旅行をして見て、何かと感じる事が多くあった。

先ず、どの乗り物でも二人が隣同志の座席なのは当然のこと、ケンカをしていても何でも、駅の改札口は、パスを持っている夫の後に従わなければならない。

離ればなれになったら、一人では無効なので、それぞれが料金を払う羽目になる。

クルマユリ

体験者は、夫のベルトにつかまって歩いたり、紐を付けて東京などの人混みを乗り切るようになどと、笑い話のような注意をしていたが、実際に行って見て、それ程の事はしないでもすんだ。

一度はラッシュ時の列車に乗り合わせた。30分程の所なので立っていくつもりだったが、車掌が来て妙な事になった。東京近郊の列車には、グリーン車が2両付いていて、2人の車掌がいる。1人はもっぱらグリーン料金集めをし、1人が席の案内と決まっているらしい。パスを見てから、前の方に空席があると私1人が案内された。

夫は2つ程駅を通過してから別の席に座ったという。私の所に検札の車掌が来た。

そして「別々に座ってはダメ!」と注意するので、「混んでいたので、立っていようと思ったのですが、もう一人の車掌さんに案内されましたので。」と話すと、それでも「隣同志に座って下さい。」と同じ事をくりかえして言った。

3月は未だ旅行シーズン前なので、グリーン車はガラガラで、一見それと分かるフルムーン夫婦ばかりだった。

楽しそうに談笑している夫婦がいると思うと、中には2、3時間の目的地に着くまでに、一言の会話もしない夫婦を目にした事もある。それで私はフルムーン族を、「一見、円満夫婦」と名付けた。同じコースを周っていると、乗り換えの度に近い座席で顔を合わせ、お互いに苦笑したりする。

連絡船、列車とも乗り物の料金はたしかに安いと思う。たとえば、東京の今はE電とよばれるのに、乗ったり降りたりぐるっと周ったりすれば尚更である。

只一つ、宿泊費の支出が多いという泣き所がある。体が続けば昼に見学して、夜行列車で移動となるが、夫婦2人の年齢が合わせて88歳以上という、フルムーンパスの条件を満たす頃の夫婦には、とても出来ない事である。

最近は航空各社も「空のフルムーン」というツアーで往復すれば、ホテルと食事がサービスというのがあったりして、考えてしまう。でも私達は、足が地に付いていないと不安な方で、飛行機はどうも苦手である。

すっかり旅行づいてしまった2人は、来春には青函トンネルも開通する事だし、先ずはその体験をしたいものと話し合っている。今年2度行って見て、日程の都合で残念ながら足を踏み入れられなかった所へも、是非行きたいものだと思っている。

旅行の話になると、日頃の口ゲンカも忘れて急に仲良く話し合いとなってしまう。それは矢張り旅の魅力がそうさせるのだろうと思う。

(1987年7月)