①おとぼけ闘病記

32号 平成13年3月発行

夫が糖尿病になり、「教育入院」の名目で、K病院に2週間余り入院する事になった。

札幌に移り住んで3年が過ぎた今年の春、すこやか健診で血糖値が300を超えているという結果が出た。昨年は平均より少し高い100位だったので、3倍になったのは何故だろう。

原因は何かを調べる為の入院となった。私なりに原因は、あれこれ思い当たる事はあるが、先ずは本人の自覚が一番大切。医師にお任せしようという訳である。

男性4名の入院室。毎日のように私が顔を出さなければならぬのだから、一寸気が重いなと考えて行った。

4人のうちの3人は同じ病名。60代の人ばかりで夫が一番年長だった。隣のベッドのN氏は自営業で同じ日に入院した。向かいのM氏は、すすきので永年うどん屋さんをしていた人。もう一人のE氏は病気の問屋のような人らしいが、話を聞いていてもお見かけした所も、スーパーマンの如き人。何度もの手術や危険をくぐり抜けてきた話をはじめると、止まるを知らないという感じがする。

2、3日もすると、あまり他人さまと接触が好きではないらしい夫だが、何とか過ごしているな、と思いつつ私は帰宅する日々だった。

夫をはじめ糖尿病患者は、どうも「自分に甘く、言い訳の上手な人」が多いように思う。N氏は二度目の入院だそうだが、話を聞いているうちにペテンにかかったように、納得させられる。向かいのM氏(うどん屋さん)はヘビースモーカーで、病室から度々姿が消える。検査の後もいの一番に喫煙室へ直行したらしい。私には理解の外の話である。

「教育入院」は患者にとっては日程どおり、検査、運動が課せられているが、家族も大変だった。食事指導が何回かあり、栄養士の用意したその日の昼食のお膳を前にして、味付けと量、カロリーの勉強をする。

今迄の食生活が、いかに心のおもむくままに、調理したり食べていたのかを思い知らされた。

それ以来、私も糖尿病食を共に食べるようになった。女の私としては、たまには甘い物の一個もとも思わぬではないが、店先の餅類、生菓子を見ても買う気持ちが失せてしまった。

入院中の諸検査でいくつかの気になる病名は見つかったが、糖尿病の方は低血糖で倒れそうになった事もあったと、後で聞いてびっくりした位良くなり、一番先に退院した。

「家に帰ったら、何でも目の前に食べ物があるんだから、病院の食事どおりにはいかないよ。すぐまた戻ってくるようになるだろうねぇー」と3人は口々に言ってくれる。仲良しはありがたきもの。

担当の医師に、お礼の挨拶をした折に何気なく私はその事を口にした。温和な医師が「冗談じゃない」と一瞬声を荒げた後で「そんな事は無いはずだ。大丈夫だよねー長屋さん」といつもの医師に戻っていた。ああ安心した。私もここぞとばかり「大丈夫だよねー長屋さん」と続けるとやっと医師の笑顔が見られた。

入院から半年近く経ったが、昨日は東、今日は西と二人で運動の為の散歩をしている。また、敬老パスで市内のどこへも行かれるので、地下鉄・バスで少し遠くへも出掛ける。

これから冬に向かうので、寒がりの夫を、どのように連れ出せるかむずかしい所だが、夫は余程つらかったらしく、「二度と教育入院はしたくない」と言っているので、そこをつくのが一番かなと考えている今日この頃である。

ウスベニツメクサ