ラ. 出会い

「人は見かけだけで判断してはならない」とは昔から言われているが本当にそうだ。

函館駅に到着した夫と私は、5分後に発車する大阪行「日本海」のB寝台車に乗り込んだ。

4人が一つのコーナーの下段両側を取ってある。片側には初老の男性が一人座っていた。

未だ夕方なので当然の事とは思った。上段のもう一人はグループの方へ行っていた。

その男性は一見、東南アジアの人かと見られそうな日本人離れした顔と体格で、ジーンズを穿いていた。

私は一瞬、明朝9時過ぎまでの長時間この人といっしょに居るのかと思うと、正直ぞっとした。

話し合って見ると、勿論日本人で私の思いとは違って神経のこまやかな人だった。

「3年前に妻に先立たれましたのや。男が残されるとあかんですわ。大抵の人は3年位で死んでしまうと皆に言われましたのやが、もう大丈夫でっしゃろ。

1人娘の為にも長生きしてやらなーと思っとります。」と大阪弁での話だった。私達を見ては、うらやましいを連発しながらも、レンタカーで本道を一周して来た事と、無性に旅へ出たくなる気持ちなどを話してくれた。

また、長い間北山杉の銘木を扱う仕事をして来たと、商売のコツなどを夫と話した。

一緒に飲んだお酒で先に寝てしまった夫に代わり、私が話し相手をした。亡き奥さんののろけ話も聞かされた。

私が最近やっと旅行が出来るようになり、特に京都は何度行っても惹かれることを話した。

その男性は「それなら」と話しはじめた。何年分もたまってしまった月刊誌の「京都」を送らせてほしいがと私に聞いた。

私が返事に困っていると重ねて「とてもきれいな本なのでもったいないと思ったがほかろうと思ってしばってあるので、役立ててくれたら嬉しいが。」と話していた。

帰宅して半月程の後、すっかり忘れてしまった私の許に、美しい表紙の雑誌が十数冊送られてきた。

世の中の出会いの大切さをあらためて考えさせられた。

(1990年4月)