リ. 旅の中から
用事で札幌へ出た夫と私は、帰る日一両だけの広尾行終列車に乗り替えた。
用事で札幌へ出た夫と私は、帰る日一両だけの広尾行終列車に乗り替えた。
夏の盛りで、旅行者もかなり乗って居る。生憎空席は少ない。若い人が一人だけの席を見付けて、二人は座った。
夏の盛りで、旅行者もかなり乗って居る。生憎空席は少ない。若い人が一人だけの席を見付けて、二人は座った。
その若者は、見るからに夏の道内を廻っていると分かる、うす汚れた服装である。数年前から、オートバイで走るミツバチ族という新語が生まれた。
その若者は、見るからに夏の道内を廻っていると分かる、うす汚れた服装である。数年前から、オートバイで走るミツバチ族という新語が生まれた。
この若者は、「しょいこ」とでもいうのか、金具の上に細いリュックを縦長に乗せて列車で廻っている。こういう人は、何族だろう。矢張りカニ族かしら。
この若者は、「しょいこ」とでもいうのか、金具の上に細いリュックを縦長に乗せて列車で廻っている。こういう人は、何族だろう。矢張りカニ族かしら。
やがて若者は、ポテトチップスの袋に手を入れて食べ始めた。残り少ないらしく、つまみ出せなくなると、袋をさかさまにして、一カケラのくずも残さないぞという感じに食べていた。
やがて若者は、ポテトチップスの袋に手を入れて食べ始めた。残り少ないらしく、つまみ出せなくなると、袋をさかさまにして、一カケラのくずも残さないぞという感じに食べていた。
ふと私は、鞄の中に餅の一折が入っているのを思い出した。持ち帰るよりは、これを差し出したなら、どんなに喜んでくれるだろう。いや、それとも失礼になるかしらと考えながら、夫の顔を見たが通じないようだった。
ふと私は、鞄の中に餅の一折が入っているのを思い出した。持ち帰るよりは、これを差し出したなら、どんなに喜んでくれるだろう。いや、それとも失礼になるかしらと考えながら、夫の顔を見たが通じないようだった。
そのうち満ち足りた顔でラジオを聞きだした。考えているうちに大樹に着き、その若者は残った。
そのうち満ち足りた顔でラジオを聞きだした。考えているうちに大樹に着き、その若者は残った。
帰宅後、餅を折から出しながら、
帰宅後、餅を折から出しながら、
「向かいの席の若い人に折ごとあげようかなと、迷っていたの。」
「向かいの席の若い人に折ごとあげようかなと、迷っていたの。」
「かあさんもそう考えていたのか。俺もだ。」
「かあさんもそう考えていたのか。俺もだ。」
息子を持つ身の二人は、同じ事を考えていた。
息子を持つ身の二人は、同じ事を考えていた。
(1986年8月)