ウ. かきもち

音楽には殆ど関心がなかった夫が、最近クラシック音楽を聴くようになった。退職して三年経った夫の大きな変身の一つである。今一つは検査のために言い渡され、その後半年続いている禁煙がある。

古いラジオが故障した。冬期間で退屈していた夫は、この際に新しくとカタログを沢山集めて来て、一人で決め注文した。

大げさに言えば、結婚以来30何年目にやっと夫の希望を叶えてあげた。私は悪妻だ。とは言っても生命にかかわるような大そうな事ではない。たかがかきもち、されどかきもちである。

正月の餅の中で特に豆餅を手にした時、夫は「うすく切って干してかきもちにしたらうまいんだよなあー。おふくろが毎年作ってくれたんだ。」と、十年一日の如く同じ台詞を言う。

私の方も本州生まれの夫に対抗して、

「北海道ではあまりかきもちを作らないのよ。」とか

「私はかきもちが好きではないの。」と言い続けた。

それがふとした事から、かきもちを作るはめになった。

ヘラオオバコ

正月前に買った豆切餅をすぐに1、2枚焼いて見た。塩味がとてもきつくて食べられない。すかさず夫が「これはかきもち用なのだ!」と言うので、うすく切って干した。

最近、良く乾いたのでためしに焼いて見た。一時はプーっとふくれるが、すぐ前より固くなってしまった。

夫がそれを見ていて、もっと焦がす位に良く焼かなくてはと、自分でストーブの上で焼きはじめた。

夫の言う通りで焦げ目がつく位焼くと、さめても固くならず塩味もうすれていた。

満足そうな顔で「カリッ!カリッ!」と食べている夫を見ながら、私はなぜ早く作ってあげなかったのかと、自問自答していた。今は亡き姑の顔が夫の顔と重なって浮かんできた。

(1991年3月)