フ. お互いさま

ある夜半、電話のベルに出て見ると名前も声も初めての女の人だった。

「どちら様でしょうか?」

と、不審げについ聞いてしまう。その女の人は帯広の○○ですとあらためて名乗り、次々と感謝の言葉を言いつづける。

その中に「買物袋が無事戻ったお礼を・・・。」という一言で私は昼間の出来事を思い出していた。

帯広のイトーヨーカドウの化粧室に入った私は、横の棚の上に大きなビニール袋の買物包みがのっているのを見た。

うす気味悪い感じがしたが、持ち前の好奇心から持ち上げてみた。

衣類や食品のまじったかなりの重さだ。

店員に聞いてサービスカウンターに届け、バス時間を気にしながら、係の人に言われて私の住所と電話番号を記入したのだった。

ザゼンソウ

「主人にとせっかく買った大事なポロシャツも入っていたので、それが一番嬉しい・・・。」と、見知らぬ私にのろけ話迄している。

「私も似たような事をいつもしていますよ。お互いさまです。」と私は最後に言った。

又、電話のベルが鳴った。こんどは帯広の知人からだった。私がある所で忘れ物をしなかったか?という事であった。探して見たがたしかにその物は無い。中に会員証が入っていたので私のだと分かったとの事。

何という日だろう。これを予感して先程の見知らぬ人に「お互いさまです。」などと、へりくだった返事をしたのかしらと吹き出してしまった。

(1991年11月)