ワ. 二人のじゅん子

息子のお嫁さんが、やっと見付かった。若い女性が結婚相手への条件の一つとしている、背丈には一寸及ばない息子である。

それでも何年か前より、紹介して下さる方が数人居て、お見合いらしい事を何回かして来た。

古い言葉では縁が無い。新しい言い方では、フィーリングが合わないというらしいが、赤い糸になかなか巡り合えなかったのである。

縁結びの神は、下宿の奥さんである。それはまさしく遠廻りをした事になるのだろう思う。以前から紹介をと思っていた人だったという事で、外に話がありそうに感じて、遠慮していたのだと今になって教えて貰った。

写真交換の後、二人きりで逢ったそうだ。一ケ月程たって、たまたま出札中の夫と私に、逢ってほしいと息子が連れて来た頃には、何となく二人はもう、しっくりという感じに見受けられた。

その彼女の名前が娘と同じである。娘は純子、お嫁さんになる人は、順子さんである。おまけに順子さんのお父さんと息子の名前が、字は違うが、同じ呼び方である。矢張り縁があったというのであろうか。

フッキソウ

息子は、二人のじゅん子の使い分けに、頭を悩まさている。

「妹の方は呼び捨てで、お嫁さんになる人は、さんづけにする。」と宣言したが、結婚した後は、お嫁さんも呼び捨てとなると、二人が揃っている時には、ニュアンスの違いで使い分けるという事になるのだろうと思う。

我が娘「純子」は、私が付けた名前である。同級生に、すらりとした美人が居た。250名中、首席で入学した人でもある。その人が○○純子という人だった。程遠い身の私としては、ずっと憧れの的だった。其の頃は、娘を持ったら同じ名前と迄は思ってはいなかった。娘の名前を付ける時になり、美人にはなれそうにもない娘の顔をじっと見ながら、せめて名前だけでもあやかりたいと付けたのである。

成長するにつれて、名前負けをするかと思ったものだが、心だけは、名に恥じない娘に育ってくれた。夫は、「娘を嫁に出しても、ちゃんと同じ名前の人が家に来てくれるので良い。」 と喜んで居る。順子さんの名前の由来を御両親から、未だ伺ってはいない。しかし素適な笑顔のように順なお嫁さんになってくれるだろうという確信が持てる。

○月○日、息子と順子さんの結婚式が行われた。前日から、道央の一部が猛吹雪となった。その中を車で来てくれる二組の親戚に、かなり気をもんだが、夜の12時頃には、全員到着した。札幌は、うっすらと雪が積った程度で、すべての物にべールをかけたようだった。神前での三々九度の杯が親族固めで終りとなり、次に両家親族の紹介に移って居た。先ず新郎方として、夫、私、娘等々一同が立ち上がった。夫が名前を告げる役をした。自己紹介、私の名前と続き、夫は「新郎の妹に当たります娘の・・・。」 と言ったきり、絶句してしまった。暫く待ったが、夫の口は開かれず、私はまさかと思いながらも「純子」とささやいた。夫は、「失礼致しました。娘の純子です。新婦と同じ名前なので詰まりました。」 と言うと、新婦側からは、好意的な笑いが起こった。その後は何とか切り抜ける事が出来た。後から聞いた所によると、カッとして、本当に出てこなかったそうである。

「私の名前は良く出たわね。」と私が言うと、「そりゃあ、当たり前だろう。」 と言ったので、可笑しくなって笑ってしまった。

「あんたは、どう思ったの?自分の名前を言ってくれない間。」と聞いてみると、娘からは、 「父さんが随分あがっているようだったので、どうなるのかなあと心配していたんだよ。」と言う答えが返ってきた。 同じ名前の二人のじゅん子をめぐり、これから先、どんなエピソードがうまれる事かと、期待と心配が相半ばの心境の私ではある。

(1987年5月 )