20260314

こんにちは


夕方まで寝てた。今日は早朝に起きようと思ってアラームで一度は目が覚めたけど、でも言い訳が思いついたから二度寝した。それ以上でもそれ以下でもないつまらなさ。

日は変わったけど、三月十四日二十五時半から映画を。刺激を求めて。刺激から逃げちゃだめだと思って。

『ミーツ・ザ・ワールド』。原作小説はちょっと前に読んだ。主人公が杉咲花ではちょっと可愛すぎるのだけど、でもオタクっぽさとか腐女子っぽさ(?)とか、キャストがよかった映画と感じられたのはすごいことかもしれない。死にたいキャバ嬢と擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」を推している腐女子の話。映画になってより顕著に感じたことは、「人から価値観を押し付ける/られる」という部分。原作でもここがメインだけど。死にたい人に生きてほしいと思うこと。人生って楽しいとか幸せとか、そこまで壮大じゃなくてもいろんな価値観というのは人それぞれで、他人をどれだけ理解しようとしても百%理解し切れることはない。なんでこのゲーム面白くないの?とか、この曲めっちゃ良くない?とか、そんな小さいことでも。他人に価値観を押し付けたり押し付けられたりしながら人は生きるのだろう。“押し付ける”って言うと結構ネガティブに聞こえるけど、でも“共有する”っていうのは弱すぎる。気付かないうちに押し付けていて、それに気づいて押し付けないようにしようとするけど。けどやっぱり理解してもらいたくて、自分の価値観を。それが「幸せ」の価値観だとしたら、この「幸せ」をあなたに体感してほしいと心から思うことは愛。たしかに愛なのだけれど、その押し付けられた価値観を相手が完全に理解できるなんてことはきっとなくて、つまり少なくともその人はその「幸せ」にはなれない。食べ物の価値観なら、「これを美味しいと思えないなんて損な人生だね」なんて笑い飛ばせるかもしれないけれど、「これで生きててよかったって思えないなんて損な人生だね」とは笑い飛ばせない。理解させたい理解したい、でもできないのだ。できない。その事実。不可能。叶わない。それでもひとは、今日も押し付けあって生きる。多様性というのはそういうことだったりもしたり。

中高時代からの友人の彼はもう僕たちとは距離を置きたいんだろう。本当のところはわからないけど。一緒の方が楽しいじゃん、って価値観を押し付けそうになるけれど、もしかしたらもう押し付けていたところもあるのかもしれないけど、それが彼の生きようとしている世界。彼には彼の「楽しい」や「充実」がある。それはわかる。それはわかるけど、と言いそうになる。でも今日は言わない。そうかい。元気に生きてください。とだけ伝えておく。元気に生きる、ことだって全員にとってポジティブなことというわけじゃないかもしれない。そうだな・・・だったら、何も言うことはないのかもしれないな。うん。こんにちは。そのぐらいかな。