20260103
必要以上は豊かさなのか。
野菜のヤクザ映画のシナリオを完成させてからベッドに入った深夜3時。7時間後、バイトに間に合う必要最遅の時間に起床する。今日は晴れている。昨夜は雪で、傘もささずに濡れて帰ってきた。今日は歩いて駅に向かう。電車が出発する2分前に到着する。動き始める電車。本を開く元気はない。必要以上の音量で『OMOIDE IN MY HEAD』を流す。定刻、電車が到着する。
忙しい。忙しくないと感じるぐらい忙しい。みんな、「何かを買ってやるぞ」という獣の目で売り場を睨み、これから読む本や一生読まないであろう本を買っていた。お客さんが多い日に人気なタイトルがよく売れるのはわかるが、私が置いていた少々ニッチなタイトルもいくつか売れた。2行のバーコードを読み込みながら、「これが置いてあった棚、自分が担当なんですよ。」と心の中で言う。買う人は大体普通じゃないおじさんだ。
バイトが終わり、再び逆側のホームから電車に乗り込む。帰りの方が長く感じる。早く家に帰りたい、と思っているつもりはないのだけれど。電車を降り、駐輪場に向かう。昨日、置いて帰った自転車。駐輪番号を打ち込むと、「600円」と表示された。自転車が嫌いだ。もう今日で最後にしよう。そう誓って自転車の鍵をリュックから取り出す。ちょっとした坂道の頂上で息を荒らす。やっと下り坂、でも大してスピードは出ない。もう乗らない。コンビニに寄る。今年もこのコンビニでたくさん買い物をするのだろう。スーパーの方がいいし、自炊の方がいいし、水なんて水道水だっていいじゃない。けれど出来上がったものとペットボトルに入った甘い飲み物を買う。それが私にとっての幸福なのだ。
バイトを始めて1年半が過ぎ、同僚とも段々と仲良くなってきた。すこしずつ。業務に必要なこと以外は自分からは基本的に喋らない。聞かれれば全然答えるけれど、私の言葉が静寂を破ることはほとんどない。ただ、すこしずつそれも変わってきた。言わなくてもいいことを言う機会が時々ある。ここで言う「言わなくてもいいこと」は一般的に言えば、日常会話なのだが、私にとってはそれも大きな変化なのだ。
バイトの帰り際に、明日の予定を事務所でチェックする。事前に公表されるシフト表では1月4日は17時から私はシフトが入っていた。しかし、明日の詳しい業務振り分けを見ると、14時から入っていることになっていた。「あれ?」と思ったが、明日は人が少なそうだし、出ようと思えば別に出れる。そのことを同僚のSさんに言う。それはその時間の誤りを解決するためではなくて、言わなくてもいいこととして言った。「あ、そうなんだ!頑張ってください、ありがとうございます。ペコリ」と明日は入っていないSさん。そこに気まずさは無かったと思うが、この言わなくてもいいことは言わなくてよかったな、と何故か帰りのコンビニの駐輪場でふと思った。必要以上は必ずしも豊かさなのだろうか。そんなことを考えながら、私はペダルを踏むことを拒否し、自転車を押して家まで帰った。