20260202

生活


午前3時過ぎに目が覚める。晩ごはんも食べずに寝てしまったからお腹が空いている。少し肌寒いダイニング。冷蔵庫から(NO) RAISIN SANDWICH の箱を取り出して開ける。湯を沸かしてお茶を淹れ、白い皿の上にそれはきれいなレーズンサンド。まだ日も昇らぬ早朝、素晴らしい糖分。

母親の車で駅まで行く。2泊3日の帰省。今日中に帰れればいいから昼過ぎの新幹線にした。適当にドライブをして本屋に寄って『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(実業之日本社)をついに買う。なんとなくまだ買っていなかったそれを手提げ袋に入れて駅へ。改札を通ってホーム、新幹線がゴゴゴゴ入ってくる。轢かれたらやばいぜ、という感じで逆方向に走り去るそれを見送る。新幹線に乗り込んで本を開く。晩ちゃん!


東京や大阪での生活の匂い。紙に鼻を近づければ街や食べ物の匂いがしそう。エッセイって自分が過ごした時間を言葉にしたものなのだけど、いいエッセイを読むといい生活を想像してそれを羨んだりする。たとえ筆者が泣いていたり失意の底にいたり深夜の公園でブランコを漕いでいたとしても、それでも羨ましかったりする。もっと上手に日記やエッセイを書ければ自分の生活ももっといいものに感じられるのだろうか。

私は大学進学で関東に出てきたとはいえ、東京で生活をしているわけではない。東京での生活というのはまた違うものなのだろう。社会人として生きたこともないからきっとそれも今とは違うんだろう。私は生まれてこの方、男だから、女性になったらまたかなり違うんだろう。ただ目の前にある現実は1つ。〇〇県〇〇市〇〇・・・の〇〇○号室の中の椅子に座ってパソコンをいじっている。誰かの生活をのぞいて「ふ〜ん」と言って、また自分のとこに帰っていく。そんな私の生活だって誰かにとってはいいものかもしれないし。望まずとも生成される生活をシュレッターのようにただ飲み込んで噛み砕きながら息を続ける。よし、お気に入りの公園を見つけよう。恋人だって探してやろう。


読み終わってそっと閉じ、東京に着くまで目を瞑る。眠いわけじゃないけど、別にすることもないから。やはり新幹線は疲れる。飛行機とどちらがいいのだろう。乗る前と降りた後のことを考えれば新幹線のほうが楽だけど。でも飛行機のほうがやっぱり速いし浪漫的。だって空だ。当たり前じゃないからね。新幹線もとんでもないけれどね。この世はマインクラフトとはわけがちがうのに、レールがずーーっと本当に繋がっている。空よりすごいかもしれない。レールの上を走るほうが大変だ、という視点もあるし。

そんなこんなで最後にバスに乗って家に戻る。今回はちゃんと鍵を持って帰ってきた。ジャンパーのチャック付きの胸ポケットから1度も出さなかった。ただいま。変わらずそんなにきれいじゃない部屋。暖房をつけてコンビニに行って食べて飲んで友人と電話して。友人に「もっとガバくなるべきなんだ」と熱弁する。もっといろんなことが起きる生活なのかしらないような日々を送るためには、慎重さは一旦横に置いておくべきなのだ。捕まるぐらいの勢いで生きてさ。捕まっちゃったら昨日収録したテレビ番組が放送できなくなっちゃうか。またこの天井の柄を見つめながらそんなことを考えて語って、そうして日が変わるごろに眠った。