2025/04/04-09 '65 VW1200で京都亀岡、兵庫養父、北陸へ
群馬県前橋市から奈良、京都亀岡まで
Air-cooled '65 VW1200 Beetle 1,500ikm touring
昭和の残り香 信沢あつし
Jan. 11 2026 Smell of oldies. A.Nobusan
Air-cooled '65 VW1200 Beetle 1,500ikm touring
昭和の残り香 信沢あつし
Jan. 11 2026 Smell of oldies. A.Nobusan
2025年は、春は '65 VW1200で京都は亀岡のワーゲン・イベント、夏は '69 VW1300で岡山のワーゲン・イベント、秋は '69 VW1500で兵庫の全国森林鉄道サミットへと、往復約1,500kmの遠出をした。3回とも別々の空冷ビートルで出かけたのが、私としては嬉しくて、大満足の1年だった。
2025年4月4日、夜11時に '65 VW1200で京都へ向かった。コースは例年と同じで、国道254号で下仁田から長野県の佐久に抜け、和田トンネルで岡谷に出て、塩尻から国道19号木曽路を抜ける。
中津川辺りで夜が明け、土岐から国道21号で峠を越えると、御嵩の町。いつものインジェクション・ビートルがまで置かれているのを見て、約300km走った御嵩のセブンイレブンで朝食。全く例年と同じである。
木曽路で瑞浪に入るころから桜が目立ち、御嵩、美濃加茂あたりでは満開の桜が楽しめたのであるが、岐阜を抜け、関ヶ原の先で醒ヶ井宿の桜並木を走ってみると、殆ど咲いていなかった。西に向かえば温かいから満開かと思っていたが、琵琶湖湖岸道路を走っても桜が咲いていない。終わったのかと思っていたが、地元滋賀の友人らの話では、まだ咲いていなかったようである。
前年同様、今回も奈良に寄って、京都亀岡へ行く。近江大橋を渡ると石山寺方面にビートルを走らせる。面白いことに石山寺辺りは、温かいのか桜が結構咲いていた。山を回り込むようにして京都の南部へと出て、昼食は京都府木津川の「レストランやましろ」。昔ながらの和洋中華、何でもあって家族全員で楽しめる食堂で寄ってみたかったのであるが、12時少し前に着いたが駐車場は一杯で、沢山の人が並んでいた。
レストランやましろを出ると「旧奈良街道」に入ると、すぐに奈良県であり、途中で更に古い街道へと入り「植村牧場」に。ここは駐車場にトロッコの線路が残っているのである。他にも線路がないかと牧場内も歩いたが、特にそれらしいものはなし。案内係の年配女性は、駐車場の線路すら知らないといいつつも、近所の年配女性を連れて来てくれた。すると「ここは古い製材所だった」と話してくれた。牧場の線路かと思っていたが、製材所の原木運搬用の線路であり、跡地を牧場駐車場として利用していたのだった。
牧場を出ると奈良公園方面へ。この道は前年も走っていて、だいたい分かる。桜が咲き始めた奈良公園は人気スポットだから、沢山の観光客がいるのであるが、そこを涼しい顔をして走り抜けていったのは「京終」。平城京の果てだから「きょうばて」という地名になったとか。流石に京の果てだから観光地奈良とは思えない安価な300円の駐車料金だった。ビートルを止めて目的地ので歩く。
目的地は「酒のハギハラ」である。店に入ると、いきなり線路があり、手押しトロッコが置いてあった。すると背後から「ここの線路は古梅園より長いんだよ」と声がして、お客さんが店に入ってきた。ちょっと嬉しくなる。線路のレールはアングル材なのであるが、確かに長い。敷地の奥まで60mぐらいは続いている。線路見せてもらって、お話をしたりしていると、午後4葉半を過ぎていた。5時頃から近所の人が飲みに来るのだそうだが、ワーゲンだから飲むわけにはいかない。後ろ髪を引かれつつ、亀岡に向かったのだった。
奈良から約50kmを走って亀岡の国道9号沿いのホテルに着くころには夜8時を過ぎていた。一日で下道を約530kmを走っていた。まずは、この辺りで一番安いガソリンスタンド「navi」で給油。いつもの亀岡駅の方の居酒屋に寄りたいところだが、閉店が早いので諦めて、ジョリーパスタで夕食。そして、ビールにありつく!!
前夜の11時に出てからだから21時間ほどかけてやって来たことになる。1964年製の1965年モデルのビートルは元気だな。そして、そんなビートルに元気をもらって、我が夫婦も楽しいドライブを楽しんだのでした。そして、翌日からも長いのです。
2022/09/14 追記 facebookに書き込んだら教えてくれる人がいました。
"SAE STDB 66" は米国主導の自動車及び航空機の国際規格標準化団体の照明識別コードで、SAEは団体名(Society of Automotive Engineers) 、Sはストップランプ、Tはテイルランプ、DBはちょっと不明。66は認証年(1966)とのことでした。1966年ということは、1967年モデル以降のビートルにはこの陽刻があるのかもしれません。そして、ヤナセが在庫していたのは最終的に新しいパーツで、この刻印入りの物だったのではないかと考えられます。