国際シンポジウム「〈法〉の移転と変容」

国際シンポジウム

2014年1月11日(土)、東洋大学白山キャンパス6号館6210教室において、国際シンポジウム「〈法〉の移転と変容」が開催された。これは、前年に行なわれたシンポジウム「〈法〉概念の時間と空間」を引き継ぎつつ、近代化をはじめとする社会変動における外国法の継受と伝統的法観念の相互作用に焦点をあてたものである。

当センターの沼田一郎研究員からの主催者あいさつおよびパネリストの紹介からシンポジウムがはじまった。

最初に、長谷川晃氏(北海道大学)から「異法融合の秩序学――〈法のクレオール〉の視座から」と題した基調講演が行なわれた。法哲学を専門とする長谷川氏は、従来のような外来公式法と現地文化との二元的な図式に基づいてではなく、今日のグローバルかつポストモダンな状況における法と文化の根本的変容に照らして、諸々の価値や規範のいっそう複雑で動態的な関係を捉える必要があるとして、〈法のクレオール〉という理論的視座を提唱した。

次に、岡孝氏(学習院大学)から、日本の民法研究の立場から「明治民法起草過程における外国法の影響」と題した報告があった。岡氏は、日本民法の三起草者のうちの一人で「日本民法の父」と称される梅謙次郎に注目し、日本民法典の制定過程において、梅らがヨーロッパ法の特色をどのように捉えたかを確認することで、モデルとした外国法と日本の慣習の衝突がどのように解決されたのかを具体的に論じた。

 三つ目の報告は、浅野宜之氏(大阪大谷大学)による報告「インド文化と近代法」であった。インド法を専門とする浅野氏は、なかでも伝統的な地方自治制度である「パンチャーヤト」、現代において地域レベルでの紛争解決の手段として設置された「村法廷」(Gram Nyayalaya)に焦点を当て、伝統的文化・慣習と近代法制度のギャップがインド法においてつねにダイナミズムを構成していることを指摘した。

 休憩をはさんだ後半部では、まず桑原尚子氏(高知短期大学)による報告「イスラーム法と政治:マレーシアにおける複婚(ポリガミー)をめぐる論争から」がなされた。桑原氏、今日のムスリム諸国において、諸国家はシャリーア(イスラーム法)に基づく法制度をどのように設計しているのかという点について、とりわけマレーシアにおける複婚をめぐる事例を通じて考察を行なった。

その後、セルビアからお招きしたシマ・アヴラモヴィッチ氏(ベオグラード大学)より「ローマ・ビザンチンとオーストリアの伝統のあいだでのセルビア法」という英語の講演がなされた。パワーポイントでセルビアの地図を見せながら、セルビア法の特質について具体的に述べる一方、セルビアや日本をはじめ各国における法の継受・移植のプロセスに共通する問題として、親族・相続に関する法に各地域・文化の独自的な価値観が残されていることが指摘された。

最後に二宮正人氏(サンパウロ大学)より「19世紀におけるブラジルの独立および共和制移行後における法典化」との報告が行なわれた。ブラジルがポルトガルによって「発見」されて以降のブラジルの法律の歴史をなぞった後、19世紀の独立以降の法整備の経緯および1916年のブラジル民法の特質を論じた。

以上の報告の後、パネリスト全員および来場者とのあいだでのディスカッションが行なわれた。司会は沼田研究員が務めた。全体をとおして、近代法体系と特殊的な法観念、西洋と非西洋といった単なる二項対立にとどまることなく、個々の特殊なケースのあいだの類似性と差異をめぐって、〈法〉の「移転」と「変容」の具体的な様相が如実に浮かび上がってきた。西洋近代的な〈法〉に慣れてしまったわれわれにとって、今一度〈法〉とは何かを考えさせる格好の機会であったといえる。パネリストおよび来場者はもとより、シマ・アヴラモヴィッチ氏の招聘に関しては共同招聘者としてご尽力くださった東京大学の葛西康徳教授には記して御礼申し上げたい。