第1ユニット 第1回研究会報告(2011年)

井上円了に関する研究史

第1ユニットの第1回研究会が、2011年7月28日に東洋大学文学部会議室で開催された。研究会では、三浦節夫研究員(東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授)を迎え、「井上円了に関する研究史」についてご報告いただいた。

発表は、これまでの先行研究の簡単な紹介と、東洋大学でどのような経緯で円了研究が進められて来たかについての報告であった。先行研究において特に影響力の強かったものとして、家永三郎氏や吉田久一氏のものが挙げられるが、それは円了を国家主義・国粋主義の枠組みで語るものであった。円了は「護国愛理」を唱えたが、「護国」だけがクローズアップされてきたのである。最近になってようやく、田村晃祐氏や末木文美士氏の研究によって、円了の「仏教の近代化」に果たした役割が注目されるようになってきたに過ぎない。

東洋大学では、1978年より井上円了研究会が発足し、3つの部会に分かれて井上円了の研究が開始された。とりわけ哲学・社会学の分野の研究者を中心にした第3部会は、基礎資料の収集や現地調査を行い、また積極的な討議によって井上円了の思想の全体像を明らかにしていった。その成果は、『井上円了の思想と行動』や『井上円了の教育理念』にまとめられた。また、『井上円了研究』・季刊『サティア』・『井上円了センター年報』などの雑誌の発行を通して円了研究は進められていった。そして現在、研究がさらに進み、『井上円了の教育理念』とは違う形での円了像を描けるのではないか、というところで発表が締めくくられた。

ここから質疑応答に入り、円了研究の残された課題などについて話し合われた。とりわけ、「護国愛理」のうち「護国」ばかりが取り上げられる現状に対して、「愛理」を中心にしなければ円了の思想の全体像が見えないのではないかということが、重要な課題として浮かび上がった。哲学思想だけではなく、迷信を打破する妖怪学や全国巡行の講演旅行などの活動全体を貫いているのが、「愛理」の思想であり、真理を究め、広く国民に定着させようとする活動として円了の全体像が描けるのではないかという見通しが語られた。また、護国愛理を中心とした東洋大学の建学の理念を、どのように継承し具体化するかという課題があるということが確認された。さらに、選集未収録資料や新たに発見された資料の検討によって、新たな研究の進展が望めるのではないかという話も出された。

また、フロアの吉田公平氏からも、今後の研究への提案がなされた。漢学から円了を読む方向、また思想の深さと現代性だけに注目するのではなく、同時代への影響力という観点から円了像を描き出すという方向が示された。
氏が指摘したのは、思想史を描くためには、多数の読者を獲得できなかった専門的で深い思想家を扱うだけではなく、広範な読者を獲得し、同時代に対する影響力が強かった円了のような思想家も扱う必要があるということである。漢学関係で言えば、石黒忠悳との書簡のやり取り、「修身教会運動」における陽明学からの影響などのトピックもあるとのことであった。

円了の時期区分についても問題にされ、東大時代までを初期とし、東大卒業から哲学館退官までの『外道哲学』、『仏教哲学系統論』を含む時期を中期とし、全国巡行期を後期とする区分が示された。ただ、教育勅語や哲学館事件、日露戦争などが思想の転換期に大きな影響を与えたということも見落とされるべきではないとされた。とりわけ教育勅語は、大衆との関わりを深く持てるようになる大きなきっかけになったものであるということが指摘された。

また、円了を中心とした資料などのデータベース化など、今後の方向性についても話し合われた。第1ユニットの今後の方針を含め、円了の全体像にいかに迫るのか、熱のこもった討議が行われ、充実した研究会となった。