第1ユニット 第6回研究会報告

明治の哲学界:有機体の哲学とその系譜

2012年12月7日(金)、東洋大学白山キャンパス3号館3304教室において、第1ユニット第6回研究会が行われた。発表者は関西大学文学部教授の井上克人氏、題目は「明治の哲学界:有機体の哲学とその系譜」であった。発表の要旨は次のとおり。 

「明治アカデミー哲学」に属する井上哲次郎や井上円了、三宅雪嶺らは、西欧の哲学思想を受容していくなかで、次第に自分たちが伝統的に継承してきた東アジアの思想が西洋哲学と比較しても決して遜色のないものであるばかりか、十分に形而上学的思考と云えるものであることを確信するにいたる。それは一言で云えば「本体的一元論」の思考様式であって、現象の根底に「真如」もしくは「実在」と呼ばれる超越的絶対者を認め、しかもそれは現象の背後にあるものではなく、現象の只中に内在しており、現象は真実在の顕現にほかならないとする「現象即実在論」の考えであった。したがって、超越といっても、外に超越者を想定しない〈内在的超越〉の思考様式であり、これは大乗仏教のみならず、宋学の「理一分殊」の思想にも共通に見られる思惟の特質である。この東洋的一元論を世界に提示することで、彼らは二元論的な西洋哲学的思考に対抗しようとしたのである。

「現象即実在論」の発想は、東京大学で開設された「仏書講義」の授業で、原坦山がテキストに選んだ『大乗起信論』の「万法是真如真如是万法」から得たものである。『起信論』で説かれる「真如」は無差別平等の真実在でありつつ、自らを差別と生滅の次元へと自己内発的に起動発展していく。こうした平等即差別という発想は、一多円融相即の有機的世界を形成するのであり、これは東洋の形而上学としても通用するものであった。

ところで、井上哲次郎が「現象即実在論」を「日本独自の哲学」として構想するきっかけとなったのは、ドイツ留学中にショーペンハウアーやハルトマンの思想と出会ったことによる。彼は、東洋志向の傾向が強い西欧の二人の哲学思想に触れ、「真如」がもつ自己内発的な起動展開、すなわち仏教の「真如随縁」の〈観念〉を彼らの「意志の形而上学」のうちに読み取ったのである。「統一的或者の自発自展」を「純粋経験」に見た西田幾多郎もこの系譜につながる。