法人税減税と解雇規制緩和

<法人税減税で景気が良くなる?>

(ねこ)

法人税を減税すると企業の投資が増えて景気が良くなるって本当かにゃ。

(じいちゃん)

ほっほっ、政策というものはそれだけで善し悪しを判断できるほど単純ではないのじゃ。つまり、その時の経済環境や同時に行われる諸政策が相互に影響し、効果がある場合もあれば、むしろ逆にとんでもない害悪になる場合もあるのじゃ。政策単独で判断してはいかん。

(ねこ)

ふ~ん、たとえばどんなことなのかにゃあ?

(じいちゃん)

卑近なところでは「小泉改革」じゃな。高額所得者の減税を行えば消費が増えるとか、労働規制緩和することで経済が活性化すると言っておったが、結果はまったく逆じゃった。高額所得者の消費が増えるどころか、高額所得者のカネがますます貯め込まれてしまったし、労働規制緩和は単に非正規雇用者を増やしただけで新しい産業など育たず、育ったのはブラック企業というありさまじゃ。これらの政策はインフレの時には効果はあるかもしらんが、デフレの時にやってはいかん政策なのじゃ。インフレ時にはインフレ時に適した、デフレ時にはデフレ時に適した政策が必要じゃ。小泉は、日本の置かれた経済環境を良く考えもせず、盲目的に規制緩和政策を導入して日本をダメにしたのじゃ。

(ねこ)

労働規制緩和はインフレの時なら効果があるの?

(じいちゃん)

そうじゃ。インフレの環境、つまり失業率が低く、しかも需要が多くて供給が不足している場合ならメリットもあるのじゃよ。インフレ環境では需要が旺盛だから、新しい産業が生まれて新しい商品が供給されると、その商品がどんどん売れる。商品が売れるから新しい産業が成長できるのじゃ。すると、労働規制緩和によって失業者が生じたとしても、新しい産業に失業者が吸収されることで失業が解消され、同時に経済全体の大きさを拡大することができる。これが理想じゃな。ところがデフレで需要が低い経済環境だと新しい産業は生まれないのじゃ。生まれても、商品が売れないから育たない。育つのは、低価格を売りにして登場する「ブラック企業」じゃ。規制緩和で大量に生まれた失業者をブラック企業が劣悪な賃金条件で吸収し、安い商品で市場を荒らす。商品価格が下落し、賃金も下がる。最悪の結果じゃ。つまり、政策が同じでも、経済環境によってまったく逆の結果をもたらすのじゃ。

(ねこ)

ひどいにゃ、なんでそんな事もわからないのかにゃ。

(じいちゃん)

「原理主義者」だからじゃ。新自由主義という原理主義じゃ。現在の経済環境や各国の事情などおかまいなしに、市場にすべてをゆだねて規制を全部取り払えばユートピアになると主張する連中じゃな。じゃから、彼らにとってはデフレだろうとインフレだろうと、先進国だろうと途上国だろうと関係ない。とにかく「神の見えざる手にすべてをゆだね、あらゆる規制を廃止せよ」という経文を宣教師のごとく繰り返すのじゃ。その硬直したモノの考え方は共産主義者と同じじゃ。主張する内容は違っても、思考パターンが原理主義なのじゃ。

(ねこ)

ところで法人税の話はどうなったのにゃ。

(じいちゃん)

おお、わすれておった。つまりじゃ、法人税の減税もタイミングや内容を間違えるとまったく意味をなさないどころか、逆に不幸な人々をいたずらに増やすだけに終わることすらあり得る、と言う事じゃ。原理主義者のように「これは良い、これは悪い」と単純に決めつけてはいかん。特にマスコミの話は単純で軽薄なので要注意じゃ。

(ねこ)

じゃあ良い法人税減税はどんなのかにゃあ?

(じいちゃん)

そもそも税制とは公共の福祉を向上させるためにあるものじゃ。じゃから、減税した場合も、その理由は公共の福祉の向上にあらねばならん。それが社会を安定させ、人々に幸福をもたらすのじゃ。それが「良い減税」じゃ。法人税の減税のもっとも大きな問題は、税収が減ることじゃ。もし政府の歳出額を維持したまま法人税の減税を行えば、減少した歳入を補うために別の税を増税しなければならん。つまり消費税のさらなる増税じゃな。企業の負担を減らして国民へ押し付けるのじゃ。

(ねこ)

ひどいにゃ、法人税の減税は公共の福祉どころか、公共の不幸にゃ。でも、法人税を減税すると投資が増えるとかマスコミが盛んに書いているにゃ。

(じいちゃん)

確かにそうじゃ。法人税を減税すると、その分だけ企業が設備投資や雇用を増やし、世の中のカネが回り始めるという説がマスコミで盛んに唱えられておる。もし法人税が減税され、かわりに消費税が増税されることになっても、経済が活性化して国民所得が消費税の増税分以上に増えるとすれば、それは公共の福祉の向上になる。じゃが、デフレ不況の現在はその理屈はまったく通用せんのじゃ。実際のところ、今でも大企業は内部留保のカネを莫大に抱えておる。その額なんと300兆円とも言われておる。投資するカネは唸るほどあるのじゃ。つまり法人税が高いから投資できないのではないのじゃ。デフレだからカネを持っていても投資せんのじゃ。こんな状態では、法人税など減税しても投資など増えん。

(ねこ)

マスコミはうそつきにゃ。

(じいちゃん)

ほっほっほ、まったくその通りじゃな。法人税減税などの前に、まずデフレを脱却し、国民の購買力を高めて需要を喚起することが先決じゃ。経済が成長するとわかれば、企業は必ず投資するものじゃ。法人税を減税したからと言って投資を増やすなどと言う単純な事ではないのじゃ。そして、本当に法人税の減税を行いたいのであれば、経済が十分に回復して税収が増加し、法人税を減税しても財政に影響しないようになってから行うべきなのじゃ。法人だけが特別に優遇される社会であってはならん。さらに、仮に減税する場合であっても公共の福祉のための減税でなければならんのじゃ。

(ねこ)

どんなふうにするのかにゃ?

(じいちゃん)

そうじゃな、どんな企業でも一律に法人税を減税するのではなく、設備投資や雇用を積極的に拡大する企業を優先して減税するのじゃ。カネを儲ける事だけでなく、社会に貢献する企業こそ高く評価されねばならん。生産性を高め、商品の機能性や付加価値を高め、雇用を維持する企業が求められるのじゃ。社会全体として失業が増加すれば国民の購買力が低下し、企業の収益にも悪景況がもたらされる。その典型が「デフレ不況」じゃな。じゃから経済を健全に保つためにも、雇用に積極的な企業は評価すべきじゃろう。

<解雇規制緩和の正しいやりかた>

(ねこ)

企業は減税に見合うだけの社会貢献が求められるのにゃ。それがいいにゃ。でも、最近は雇用の維持よりも、企業が労働者を解雇しやすくすべきだと言ってるにゃ。どっちがいいのかにゃ?

(じいちゃん)

解雇規制緩和じゃな。これも「原理主義」で考えてはいかん。経済環境や同時に行われる政策との組み合わせが労働規制緩和の功罪を左右するのじゃ。そうしなければ、またブラック企業の天下じゃ。

(ねこ)

ブラック企業のための規制緩和などやらない方がましにゃ。解雇規制緩和は反対なのにゃ。

A:そうじゃな。じゃが、企業が労働者の首を切りやすくすること、つまり「労働資本の流動化」は資本主義の宿命とも言える。多くの識者が至高の社会システムと崇拝する資本主義とはそういうものじゃ。その傾向は、とりわけグローバリズムによって激しさを増しとる。社会システムの根本的な変革でもしない限り、庶民はそれを受け入れざるをえんじゃろう。なぜなら、世界的な競争社会では「効率化」が優先され、「利益」こそが至上命題だからじゃ。資本主義社会に生きるなら、それに従わねば滅びるのみじゃ。

(ねこ)

暗い話だにゃ。でも社会システムなんか簡単には変わらないにゃ。どうすればいいのかにゃ。

(じいちゃん)

まずは需要の旺盛な経済状況を作り出すことじゃ。デフレの脱却じゃな。デフレ経済のままでは商品が売れんのでどうにもならんのじゃ。解雇規制緩和で首になった失業者を吸収するには新しい産業の育成が不可欠じゃ。じゃが、デフレでは新しい産業など成長せんのじゃよ。失業者は失業したまま、しかも「本人の努力が足りない」などと罵声を浴びせられる始末じゃ。じゃが、そもそも仕事の量が少なければ、限られた仕事を奪い合う事になる。つまり、ある失業者が就職できたら、代わりに別の誰かが失業しなければならない。経済のパイが大きくならない限り、椅子取りゲームのような状況から抜け出せんのじゃ。

(ねこ)

まずデフレの脱却にゃ。消費者の購買力が増えて「モノが売れる社会」にならないとダメにゃん。

(じいちゃん)

そしてセイフティーネットの充実じゃ。セイフティーネットが十分にないままでは、首切りは労働者を犠牲にして企業や株主の利益を増やすだけで終わる。企業や株主を守るためのクッション材(緩衝材)として労働者が利用されるだけなのじゃ。確かにデフレを脱却して好景気になれば求人倍率も高まり、そのような環境では失業者も容易に就職できるじゃろう。セイフティーネットがなくとも、好景気の時は問題ない。しかし歴史の証明するところでは、好景気は続かない。セイフティーネットがないまま不況に突入すれば、不幸な失業者が大量に生み出されるのじゃ。しかも、失業者は所得がほどんどなく購買力を失ってしまうので、社会全体の内需も減少してしまう。企業は守られても、国全体の景気はますます減退してしまうのじゃ。つまり社会としては何ら問題の解決はしておらん。

しかも、セイフティーネットがないまま解雇規制緩和が行われると、それだけで景気が悪化するリスクもある。なぜじゃろうか。解雇規制緩和を推進すれば労働者の解雇リスクは高まる。そうなると、労働者の多くが「自分も解雇されるのではないか」と不安を覚えるようになり、その不安から消費を減らして貯蓄を増やす行動を起こす可能性がある。解雇規制緩和によって労働者の不安が増大し、その結果として消費が減少して景気が悪化する恐れもあるわけじゃ。

(ねこ)

でも、セイフティーネットの財源はどうするのかにゃ。消費税の増税かにゃ?

(じいちゃん)

いやいや、法人税を増税して財源を確保するのじゃ。セイフティーネットは労働者を保護するための政策じゃから、財源は労働者で負担すべきと思うかもしれんが、実際に首切りで直接に利益を得るのは「企業」じゃ。じゃから財源は解雇規制緩和で得をする企業側が負担するのじゃ。それが社会正義というものじゃ。

(ねこ)

良く考えたらそうにゃ、解雇規制緩和で得するのは企業にゃ。

(じいちゃん)

しかし実際にセイフティーネットが重要となるのは不況の時じゃ。ところが不況になれば一般に企業の業績も悪化して税収は減ってしまうじゃろう。いくら社員の首を切りやすくなったところで、やはり不況になれば企業も苦しくなる。従って不況が酷くなると税収でセイフティーネットを維持するのは困難になると予想されるのじゃ。そうなると政府が支えるしかない。逆に政府がセイフティーネットをしっかり構築するなら、企業はある意味で安心して首切りをできるようになるのじゃ。

(ねこ)

政府の財源はどうするのにゃ。

(じいちゃん)

この場合は「通貨発行益」を利用する。そもそも深刻な不況になれば信用収縮でデフレになるから、通貨(流動性)が足りなくなるのは目に見えておる。そうすると日銀が金融緩和に踏み切るじゃろう。現在行われておる金融緩和の手法では、日銀が現金を発行して発行済みの国債を市中から購入しておる。どうせ日銀が国債を買い取るのなら、発行済み国債ではなく新規の国債を政府から買い取り、セイフティーネットの財源にすればよい。もちろん、この国債は無利子国債(永久国債)にする。じゃから財政の悪化を心配する必要はない。

(ねこ)

でも「国債引き受け」は禁じ手だとマスコミが騒いでいるにゃ。

(じいちゃん)

禁じ手という決めつけもまた「原理主義」じゃ。政策とは臨機応変。「禁じ手」と決めつけられてきた政策が、状況によって劇的な効果をもたらす可能性があることを認めるべきじゃろう。アベノミクスにおける大胆な金融緩和も日銀はずっと「禁じ手」扱いしてきたのじゃ。じゃが今はどうじゃ?経済政策における禁じ手とは「決めつけ」「思い込み」の類じゃ。「禁じ手」とは思考停止を意味しておる。ちなみに日銀引き受けは財政法でも「国会の決議があれば可能」とされておる。

政府がおカネを発行して失業者に給付すれば、企業はある意味で安心して社員を首にできるし、首にされた社員も生活が保障されるから安心じゃ。すると労働者にとって解雇による生活不安が減るから失業を恐れて普段から必死におカネを貯め込む必要もなくなり、消費に良い影響がある。仮に不況で失業者が増えても、失業者に給付されるおカネで国民の購買力が維持されるから、経済全体として消費が極端に落ち込む事もなくなる。つまり不況の連鎖反応を抑える事が可能になるのじゃ。

そもそも不況とは生産能力が落ちるから生じているのではないのじゃ。通貨の信用収縮(流動性の低下)によって引き起こされる市場メカニズムの機能不全が不況の原因じゃ。つまり、おカネが不足して、市場における財とおカネの交換がスムーズに進まなくなるのじゃ。じゃから、信用収縮で失われた分の通貨をうまく補てんすれば、生産能力は維持され、生産された生活物資が人々に届けられるのじゃ。その意味で政府が通貨を発行することは、何も悪い事ではないのじゃよ。

(ねこ)

にゃるほどにゃ。セイフティーネットはとっても大切なのにゃ。逆に、セイフティーネットの議論が無いままに法人税の減税とか、労働規制緩和の議論だけが進んでいる今のマスコミはとっても危険なのにゃ。ほんとうにマスコミは信用できないにゃ。

(じいちゃん)

しっかりしたセイフティーネットを構築すれば、生産過剰になっている産業から労働者が出て、人を必要としている産業に吸収されることで社会全体としての生産性、生産能力を高めることができる。それが資本主義経済における理想じゃな。じゃが、これには致命的な欠陥がある。

(ねこ)

解雇規制緩和の致命的な欠陥って、なんにゃの?

(じいちゃん)

永遠に拡大する経済でなければ成り立たんという欠陥じゃ。技術の進歩がもたらす機械化などにより、生産性は年々確実に高まる。すると、少ない労働力で同じ量の商品を作り出すことができるようになるから、労働者はかならず余るようになる。労働者が余れば企業は確実に労働者を首にする。それを吸収するには新しい産業が必要だ。だが、未来永劫に新しい産業が生まれ続けることなどあり得るじゃろうか?しかも、新しい産業が増えれば増えるほど「大量生産・大量消費」の社会となる。こんなことで地球環境は維持できるのじゃろうか?答えは「NO」じゃ。

(ねこ)

う~、また絶望的なのにゃ。

(じいちゃん)

そうじゃ、このままでは絶望的じゃ。じゃから、短期的にデフレ脱却で日本が復活できたとしても、それで問題がすべて解決するわけではないのじゃ。国民は長期的な視点に立って、いまから社会システムの変革についてもっと考えておかねばならんのじゃよ。資本主義社会の次を担う社会システムを考えねばならんのじゃよ。

2015.6.1 修正