笑い話:宇宙人と新自由主義
「大統領、至急閣下にお会いしたいというメッセージが届いております。」
「なんじゃうるさいな、今は夏季休暇中だぞ。」
大統領は、おフランス産の高級ワインを片手に食事中だった。
「いったい誰からのメッセージなんだ。」
「ケンタウルス座アルファ星から来た、宇宙人の外交官からだそうです。」
「うは、げほげほ・・・。」
大統領は、飲みかけのワインが気管に逆流して、酷くむせてしまった。
「な、なんだと、宇宙人だと?本当なんだろうな。」
「本当です。何しろすでに、あのように、大統領公邸の庭にUFOが着陸しています。」
「おえおえ・・・。」
大統領は今食べた高級牛肉ステーキを全部吐き出してしまった。
「なんと窓の外におるではないか、こ、これは・・・・まるでチンドン屋のようなケバイ宇宙船だ。」
「はい、何でも、アルファ星は銀河系最大の商業惑星だそうで、常に宇宙船には山積みの商品を満載し、広告のネオンサインを10光年先までまき散らしながら移動しているそうです。」
「えらい迷惑な連中だな、まさか地球侵略に来たのではあるまいな。もしそうなら、怒らせたら大変なことになるぞ。う~ん仕方ない、その宇宙人とテレビ電話の回線をつないでくれたまえ。」
テレビ電話のスクリーンに宇宙人の姿が映し出された。大統領が恐る恐る言った。
「こ、これはこれは、地球にはるばるようこそお越しくださいました。つかぬ事をお伺いしますが、そちら様は、地球を侵略しようとか、そういう物騒な目的でお越しになったわけではないでしょうね。」
「ワタシタチハ、ソノヨウナ、ヤバンナ、ウチュウジンデハナイ。」
「えええええ、そうですともそうですとも、良く存じておりますですよ、では何しに地球へいらしたのでしょう。」
すると突然、宇宙人の目が鋭く光った。大統領はその迫力にビビってしまった。
「ひえええ、ななな、何かまずいこと言ったでしょうか。」
「ワレワレハ、チキュウトノ、ジユウボウエキヲ、キボウシテイル、ノダ。」
大統領の声は緊張ですっかり上ずっていた。
「ななな、何だ自由貿易でしたか、そ、それなら大歓迎です。何しろ地球はいまや新自由主義が全盛でございまして自由貿易花盛りです。いやもうすでに世界はTPPですからねTPP、うへへへー。ティイピイピイイイ~~。」
「ダイジョウブカ?」
「だ、大丈夫です、えへん、取り乱してなどおりませんからな。TPPは国家間の貿易障壁を取っ払った完全自由貿易ですぞ。資本主義経済の最先端です。」
「ソレハヨカッタ、ワレワレモ、ギンガジユウボウエキケン、ヲ、スイシンシテイル。」
「ぎ、銀河自由貿易圏でございますか、それはどのようなもので・・・。」
「ナンデモカンデモ、ゼンブ、ジユウダ。」
「はあ?な、なんでもかんでも自由ですか、それは誠に結構でございますな。しかしなんでもかんでも、と申しましても、もう少し具体的に仰っていただけないでしょうか、こちらも議会に説明が・・・ひいい。」
再び宇宙人の目が鋭く、今度は以前より赤みを増して強く光ったように見えた。
「ナンデモカンデモ、トイエバ、ナンデモカンデモダ。バスニノリオクレルナ。」
「はいはいはいはいはい、バスでございますか。バスでも飛行機でも、まな板でものりますよー、あはははー、波乗り越えてららら~。」
「ダイジョウブカ?」
「だ、大丈夫です、えへん、と、取り乱してなどおりませんからな。」
こうして地球は銀河自由貿易圏に参加することになった。
この事が世間に知れ渡ると大騒ぎになった。すべてのマスコミが「銀河から黒船来航」「宇宙自由貿易の始まり」「自由は何でもかんでも良い」の見出しで地球の銀河自由貿易圏への参加を賛美した。マスコミによる「自由貿易がユートピア」のような報道によって、人々は何の疑問もなく、諸手を挙げて大歓迎した。
宇宙人は地球にやってくる前から、地球で飛び交っているテレビやラジオなどの電波を解析して、綿密なマーケティングと商品開発を進めていたらしく、人々の好みにあった家電製品、耐久消費財、住宅から衣類に至るまで次々に売り込んだ。人々がそれを買うためには銀河決済通貨「アフォ」が必要だったが、アルファ星銀行が地球の通貨とアフォを交換してくれた。こうして地球の通貨はほとんどアフォになった。
そして資本の自由化で宇宙人の企業が地球に続々と参入した。地球のあらゆる最先端企業の作り出す商品も、宇宙人の商品にはまるで太刀打ちができなかった。しかも宇宙人の企業は通貨アフォで賃金を支払うことが出来たので、人材は喜んでアフォを求めて宇宙人の企業に流れた。そのため地球の大企業は次々にゾンビ化しやがて倒産してしまった。
「大統領、地球の資本家の方々が怒って抗議に来ております。なんで銀河自由貿易に参加したのかと。」
大統領は宇宙人から贈られた美女アンドロイドに囲まれて上機嫌だった。
「なんじゃ、落ちぶれた連中の話など聞いてもしょうがない。何の不満があるんだ。「自由貿易サイコー!」と言ってたのは奴らじゃないか。今や通貨はアフォになったんだ。経済も今や銀河資本家によって支配されとる。文句があるなら、火星にでも移住しろと言っておけ。」
美女アンドロイドが言った。
「これは厳然たる商行為の結果ですわ。見えざる銀河の手にすべてゆだねるのが正しいのよ、うふ。」
「わはははは、まったくその通りじゃ。自由万歳、あーはははは、はははのは。」
「大統領、アルファ星の外交官から連絡が来ております。」
「なんじゃ?今度は何を自由化するのかな。」
テレビ電話に写った宇宙人の顔は、相変わらず怖かった。大統領は訊ねた。
「いかがなさいましたかな?」
「ヨクナイ、シラセガアル。」
「良くない知らせと申しますと?」
「ギンガバブル、ガ、ホウカイシタ。」
「ぎ、銀河バブルでございますか。あのバブル崩壊のあれですかね。」
「ソウダ、バブルホウカイデ、シサンガ、ショウメツシタ。」
「それは良くないですねえ、して、いかほど。」
「タイヨウ、ト、オナジクライダ。」
「た、太陽ほどの資産が消えたわけですか、いやはや銀河バブルともなると、想像も付きませんな。」
「タイヨウ、デ、シハラッテクレ。」
「うへえええ、そんなの無茶ですよ。太陽がなくなったら地球はおろか太陽系が消滅してしまいます。」
「ナラ、シホンヲ、ヒキアゲル。」
「仕方ないですね、資本の自由化ですからね、資本が流入するのも流出するのも自由です。」
この事が世間に知れ渡る前に、すでに大騒ぎになった。地球上の通貨アフォが突然すべて消滅したのである。地球のあらゆる商品はすべて宇宙人の建設した工場によって生産されていたが、その工場もすべて停止してしまった。山のような工場は残されたが、宇宙人がすべて自分たちの星に帰ってしまい、地球の経済は完全にマヒしたのである。
「た、大変です大統領。世界中の生産活動が停止してしまいました。」
「宇宙人が居なくなっても、誰か機械を動かせないのか?」
「知的財産権によって保護されていますので、宇宙人以外は動かせません。」
「なんだそれは、どこが自由なんだ。ところでその知的財産権はあと何年あるんだ。」
「1000年です。」
「おのれ宇宙人め、1000年恨んでやる。」