成長戦略とは何か

2016.6.5

<経済成長とは何か>

(じいちゃん)

経済政策として「成長戦略」という言葉がよく使われておる。成長戦略とは経済成長を促進する方法だと考えられておるが、そもそも経済成長とはどのようなものなのじゃろうか。まずはそれを考える必要があると思う。というのも、経済成長には大きく二つの考え方があると思うからじゃ。

①総額としての経済成長

②1人あたりの経済成長

①総額としての経済成長とは、日本全体の総額としての経済規模が拡大することじゃ。たとえばGDP(国民総生産)の増加がこれに該当する。総額としての経済成長は、労働人口が増加するだけでも達成する。人口が増加を続けた高度成長期の時代ではそれだけでも経済が成長した。しかし人口が増加しなくなれば、一人一人の生み出す財(物やサービス)の量を増やす、つまり生産性が向上しなければ経済は成長しない。さらに現代の日本では人口が減少しているわけじゃから、それを補うだけ生産性が向上しなければ、日本全体としての経済規模は縮小することになる。なお、新聞マスコミが経済成長と言えば、およそこちらを指している。

②1人あたりの経済成長は、1人の国民が生産する財の量が増えることじゃ。1人あたりGDPの増加がこれに該当する。日本全体の経済成長を人口で割り算して求められる。この数値は国民一人あたりの分配量を示すから、国民一人あたりの豊かさをあらわす数値じゃ。1人1人の国民にとっては、国全体の経済規模の大きさよりも一人あたりの額の大きい方が豊かじゃ。そしてこの数字は人口とはあまり関係が無い。つまり必ずしも人口が多ければ1人あたりのGDPが大きくなるわけではない。たとえば人口100人でGDPが100の国は1人あたりのGDPは1じゃ。この国の人口が減少して人口50になってGDPが70に減ったとしても、1人当たりGDPで言えば、1から1.4に増加する。つまり人口が減少してGDPが減少しても、逆に人々が豊かになるんじゃ。こうした状況は個々の生産性が向上することで実現する。じゃから、生産性が向上すれば総額としてのGDPが減少しても国民は困らない。

一方、企業にとって総額としてのGDPの減少は、受け入れられないじゃろう。総額のGDPが減少することは市場の縮小を意味し、売り上げの縮小を意味する。常に右上がりの利益拡大を求められている企業の立場から言えば大問題じゃ。こうして考えてみると、人口が増加していた高度成長の時代では、企業の売り上げ向上は国民の生活向上に直結していた。しかし人口減少社会になると、企業の売上向上が必ずしも国民生活の向上とは関係がなくなってくる。ここに現代社会の矛盾が生じていると思われるのじゃ。

とはいえ、現代の経済システムは資本主義経済システムじゃ。資本主義経済は利潤によって経済活動が動機付けられるシステムになっておる。じゃから、どうしても「①総額としての経済成長」は避けて通れない。総額としての経済が成長しなくなると、資本主義システムがマヒしてしまうからじゃ。なぜじゃろうか。

<成長しないとマヒする現代の経済システム>

現在の通貨システムはすでに「通貨制度とは何か」で説明したように、信用通貨制度じゃ。信用通貨制度では世の中に供給される通貨はすべて借金からできておる。従って、企業が借金をしなくなると世の中からおカネがどんどん消えてなくなる(これを信用収縮という)。企業以外の政府や家計も借金はできるが、基本的に財を生まない主体が借金すると借金の返済が難しくなり、やがて破綻してしまう。じゃから通常の資本主義システムでは企業が主に借金する仕組みになっている。

では、なぜ企業が借金するのか。それは企業が投資して儲けを増やすためじゃ。儲けを増やすためには売り上げを増やさねばならない、じゃから投資をするんじゃ。もし投資しても売り上げが増えないのであれば、企業は借金してまで投資などしない。売り上げを増やすために借金する。個々の企業の売り上げが増えるということは、総和で考えれば日本全体の売り上げが増加することを意味し、それは名目GDPの成長とほぼ同じことを意味しておる。逆に言えば、名目GDPが成長しないならば、企業の売り上げは成長しないことになり、借金してまで投資する企業はいなくなる。

そして借金する企業が減ると、借金する企業よりも借金を返済する企業の方が多くなり、世の中からおカネがどんどん消えてしまう(信用収縮)。おカネが少なくなれば、世の中のおカネが回らなくなってデフレ不況となり、これを放置するとデフレがデフレを招き、やがて経済はマヒしてしまう。この最も酷いデフレ状況を「恐慌」と呼ぶんじゃ。

だから、現在の通貨制度から言えば、経済は必ず成長しなければならない宿命にあるのじゃ。だからこそ、資本主義経済は「マイルドインフレ」でなければならないとされるのじゃ。インフレであれば名目GDPが増加する可能性が高くなる、つまり売上が増加するので、資本主義経済は破綻を免れる。以上より、総額としての経済成長、すなわち名目GDPは必ず成長しなければならない。宿命じゃ。もちろん資本主義経済システムを放棄すればその必要はないが、そんなの今のところ無理じゃろ。ただし、通貨制度を信用通貨制度から政府通貨制度に変更すればこうした負の影響を軽減できる。

いずれにしろ、そうした経済成長を促進する方法が成長戦略になるはずじゃ。では、具体的にどんな方法があるじゃろうか。

<各論>

②1人あたりの経済成長

(じいちゃん)

順番が逆じゃが、先に1人あたりの経済成長について説明したいと思うのじゃ。なぜなら、②の総額としての経済成長を達成するためには、1人あたりの経済成長が必要となるからじゃ。

1人あたりの経済を成長させるためには、1人あたりの生産性を高めることが必要となるんじゃ。生産性を高めるとは、1人の労働者が時間当たりに生産できる財(物やサービス)の量を増やすことじゃ。たとえば労働者1人で1時間に100個のパンを生産していた時、これを120個生産できるようにすることじゃ。生産性の向上には次のような方法がある。

A)自動化(ロボット、人工知能など)

機械を使えば生産能力が高まる。ロボットや人工知能などが人間の代わりに自動的に生産してくれるなら、生産性は飛躍的に向上する。こうした自動化の装置は技術開発によって実現されるので、生産性を向上するためには技術開発投資が極めて重要になるんじゃ。

B)作業の効率化

無駄な仕事・作業・動作を省くことで仕事を効率的にすすめるなら、1人あたりが生産できる財の量は増える。これは単なる個人のスキルだけでなく、会社として工程・作業手順の見直し、マニュアルなど作業の標準化、あるいは製品構造の単純化、部品のモジュール化などのような設計製造におけるノウハウとして実現される。

C)省資源化

資源の使用量を少なくすることで、同じ量の資源から生産できる財の量が増える。あるいは、安価な資源(大量に入手可能な資源)を利用することで生産性が向上する。あるいは再利用、リサイクルによって無駄を減らすことが可能なケースもあるじゃろう。製造工程の使用エネルギーを減らしても良い。この分野においても、技術開発によって実現される部分は多いじゃろう。

D)需要の拡大(稼働率向上)

サービス業(第三次産業)の生産性は需要によって大きく変化するんじゃ。たとえば理髪店について言えば、デフレで景気が悪いとお客さんが来ないため仕事待ちの時間が多い。これでは生産性が低いし、かといって生産性を高めるのは容易でない。ところが景気が良くなるとお客さんがどんどん来るため、休みなく仕事を続けることになり、おのずと生産性は向上する。お店の売り場の店員も同じじゃ。日本の第三次産業は生産性が低いなどと批判する識者がおるが、デフレ経済の状況下では生産性が低いのは当たり前なんじゃ。だから彼らが主張するように「第三次産業の生産性を高めれば景気が良くなる」のではなく、「景気が良くなれば第三次産業の生産性が高まる」のが正しい認識じゃろう。これは製造業でも同じ性質がある。製造業の場合も、常に工場や労働者が100%フル稼働しているわけではない、つまり景気が悪いと稼働率が低下するため生産性は低下する。一方で景気が良くなると稼働率が上昇し、生産性は向上する。需要が増加すればすぐにでも生産性は向上する。じゃから、デフレ脱却こそが生産性の向上の第一の選択肢となる。もちろん稼働率100%を超えるのは無理じゃよ。

以上より、成長戦略として政府が経済政策を行うのであれば、自動化や省資源化のための技術開発への支援、そうした技術開発を後押しする公的な基礎研究といった部分への投資を行う方法があると思われる。また生産性向上のためにはデフレ脱却が何よりも最優先となるじゃろう。なお、構造改革を成長戦略と考える場合もある。これについては「構造改革(規制緩和)とは何か」の記事を参照されたい。

①総額としての経済成長

(じいちゃん)

ところで、国民の生活レベルの向上だけ考えるのであれば、1人あたりの経済が成長するだけで良いはずじゃ。しかし、それじゃと前述のように資本主義システムが成り立たくなるので、総額の成長も同時に必要となるわけじゃ。総額として経済を成長させるためにはどうするか。

A)1人あたりの生産性を高める

この方法についてはすでに説明したので省略するのじゃ。

B)人口増加

総額として経済を成長させるには人口増加が効果的じゃ。現在の日本では人口が減少しているので増加させることは難しいが、減少率を押しとどめることはできるじゃろう。わずかとはいえ、近年、出生率が増加傾向にある。これは景気が徐々に回復しつつあるためとも思われる。経済的な理由から結婚や出産をためらうケースも多いことから、出生率を上昇させるためには何よりデフレを脱却し、失業を解消し、賃金の増加へ結びつけることが重要じゃ。金融政策や財政出動によるデフレ脱却が有効じゃ。

また、政府は子育て支援の政策を重視しておるが、子供を増やすためにはいま存在している子供を支援するだけでなく、そもそも子供を育てる意欲を刺激することが最も重要じゃと考えておるんじゃ。そのためには児童手当を強化拡大する必要がある。子供の年齢に応じて毎月定額の手当を支給し、しかも子供の数が多いほど多く支給する。成果主義じゃな。たとえば子ども一人目は毎月1万円、二人目は毎月3万円、三人目は毎月4万円といった具合じゃ。子供が増えるほど子育ては大変じゃが、家計は楽になる。所得が低い家庭でも、子供を多く育てれば生活が楽になる。財源は超長期の30年国債でも良い。子供は30年もすれば労働して税金を納めるようになるから、それで国債を相殺すれば良い。こうした国債こそ、日銀が金利ゼロで引き受けるべきじゃ。

C)インフレ

物価が上昇すると、商品の売れる数量が同じでも売上総額は増加するんじゃ。そして日本全国の企業の売り上げが増加すればGDPが増加することになり、経済は成長するんじゃ。じゃからインフレになれば生産する財の量を増やさなくても経済成長する。もちろん、単に価格が上昇しただけでは逆に売り上げ数量が落ちてしまう。たとえば消費税の増税で売り上げ数量が落ちるのは価格が実質的に値上がりするからじゃ。そうではなくて、逆に国民の所得が増えることで売り上げ数量が増え、それでインフレが生じるのであれば問題ない。

国民の所得を増やすには、賃金の増加が必要じゃが、必ずしも所得は賃金だけに限る必要はない。たとえば給付金がそれにあたる。国民におカネを支給すれば国民の所得は増える。そして国民がそのおカネを使って消費を増やすことで、インフレが発生する。インフレになると国民負担が大きくなる気がするが、実際にはインフレになったとしても、国民の消費が増えているのだから、国民は実質的に豊かになる。

これを実現する方法がヘリコプターマネー(ヘリマネ)じゃ。ヘリマネは新聞マスコミや御用学者から「財政ファイナンスだ」と批判されておるが、前にも述べたように、財政ファイナンスは何の問題もない。むしろ適切に使えば、国民の所得を直接に増やしてインフレを誘導し、経済成長させることが可能じゃ。

ただし、この方法にも注意すべき点がある。それは、いくら国民の所得が増えても、生産能力が追い付かないと実質的な豊かさの伸びは頭打ちになってしまうということじゃ。実質的な経済成長(実質経済成長という)は生産能力が向上しなければストップしてしまう。とはいえ、インフレが続く限り、表面的な売り上げは増加するので、表面的には経済成長を続ける(名目経済成長という)。企業は財務諸表によってコントロールされるが、あくまで帳簿上の数値(名目数値)でコントロールされる。じゃから、名目成長を続ける限り、企業活動は名目利益を得られるので、銀行への返済や株主への配当などに困らずに済む。じゃから、単なるインフレでも大きな意味がある。

(ねこ)

企業活動は帳簿上の数値に支配されているから、帳簿の数値が良くなる方へ行動する宿命にあるんだにゃ。微妙だけど、これが資本主義なんだにゃ。だからこそ、実質経済成長がゼロだとしても、名目経済成長が絶対必要になるんだにゃ。仕方ないのかにゃ。

(じいちゃん)

ワシとしては通貨制度を改革すれば、名目成長は必ずしも必要なくなると考えておる。しかし銀行の権益に絡むので、通貨制度改革を実現することはかなり難しい。カネが世の中を支配しているからじゃ。資本主義の仕組みを変えない限り、世界は名目経済成長の呪縛から逃れられん宿命じゃ。