ガンダーラへの旅立ち前夜

これから経済という未知の砂漠に歩き出す二人。アウトサイダーとなった三蔵の原初的な悟りの内容が語られます。そして、目指すべきかの地の姿も。

■ 三蔵の「世の中腐ってるぜ」

俺はボンバー三蔵だ。おう、親愛なる非常識な馬鹿野郎ども涅槃は近いぜ。そんなわけで、今日はお前らと共に腐った世の中に毒舌をぶちかしてやろうじゃねえか。え、おかしいと思わないのかね常識人の皆さんよ。今の日本はデフレデフレとか言って騒いでるけど、要するに生産能力が余ってんだろ。労働力も生産設備も技術もあるのに、ぜんぶブラブラ遊んでんだよ。能力があるのに、使ってねえんだよ。誰かの脳味噌みてぇじゃねえか。

その一方で、貧困層ってのが増えてる。貧困層ってのは、金が無いんじゃなくて、必要な物が手に入らない人々の事をいうんだよ。金なんか無くても昔の農家みたいに自給自足で生活必需品が足りてりゃ貧困じゃねえんだ。貧しいってのはモノがない状態なんだ。つまり、一方じゃ生産能力が余ってどうしょうもないのに、一方じゃ生活必需品が手に入らない人々が増えてる。変じゃねえか。生産能力が余ってんなら、その能力で生活必需品を作って貧困な人々に行き渡るようにすればいいじゃねえかよ。何でそんな単純なことすら出来ねえんだ。だからお前ら常識人は「脳」無しだってんだよ。

俺はわかってるぜ。こいつは金の問題だ。金を守るために人々の生活を犠牲にしてんだ。本気でやろうと思えば簡単にできるんだよ。ところがどいつもこいつも常識論を並べ立ててやろうとしない。おっと、ちっとばかし理屈が飛躍しちまったかも知れねえ。なんでそいつが「金を守るため」なのか。そりゃあおいおい話すぜ。でも根本的な問題は「生産能力が過剰なほどある」のに「生活必需品の不足している人がどんどん増えている」ってこった。こりゃあ、システムに問題あるぜ。だったら論理的に処理できるはずだ。

それともう一つあるぜ。「世の中のお金が全部借金で出来てる」って問題だ。知らなかっただろ?俺たち馬鹿野郎どもに知られちゃマズイことなんだがよ。お金はどこが作ってると思う?造幣局か。ブーーーだ。あそこは銀行の求めに応じて札を刷ってるだけだ。お金は銀行が誰かに金を貸した瞬間に生まれるんだぜ。口汚く言えば、預金を見せ金にして、その何倍もの金を貸し付ける。つまり銀行がお金を勝手に何倍にも増やして貸すんだ。「信用創造」なんて美しく言ってるけどな。だからお金が生まれるってわけだ。バブルになると借りる人が増えて世の中のお金が増える理由もそこにあんだよ。しかも何と、その無から生まれたお金が巡りめぐって再び銀行に預けられて預金になる。なんじゃそりゃ、マッチポンプじゃねえのか。

とにかく、世の中に回ってるお金は全部借金でできているんだぜ。でもよ、景気が拡大しているうちは借りる人がたくさん居て、それで世の中のお金が増えるから、お金が不足するって問題は起こらない。ところが、景気が悪くなると、借りる人が居なくなって返す人が多くなるわけよ。すると、水が引くように世の中からお金が消えていく。金が消えちまうんだ。ちなみにインフレってのは生産能力(供給能力)より世の中に循環するお金が多いから起きるんだ。デフレは生産能力より世の中に循環するお金が少ないから起きる。じゃあ、なんで日本はデフレなんだ?親愛なる馬鹿野郎どもにはお分かりだろう。だからどっかへ消えてしまうことの無い「借金ではないお金」が必要なんだ。

政治家も学者もマスコミも銀行も、何か大切なことを隠しているんじゃねえのか?あいつらみんなグルになって自分たちだけで甘い汁をちゅーちゅー吸ってんだ。俺にも吸わせろ・・じゃねえ、信用ならねぇ連中だ。腐ってる。実に腐ってるぞ。天誅じゃ天誅じゃ。

■ 三蔵の「おまいらガンダーラを目指せ」

俺はボンバー三蔵だ。おう、親愛なる非常識な馬鹿野郎ども、みんな成仏しやがれ。そんなわけで、今日はお前らと共に脳味噌の硬直化した常識人どもに理想郷ガンダーラの話をぶちかしてやろうじゃねえか。俺はガンダーラを目指すぜ。そりゃなんだってか?おお、それこそ俺が理想とする未来の国家よ。資本主義でも共産主義でもねえ、強欲な拝金主義者も頭のイカレタ平和主義者も居ねえ、自由に放送禁止用語が使える平等な社会だ。めくら、かたわ・・・あ?矛盾なんかしてねぇよ、俺の頭の中では一つのなべの中でグツグツ煮えてるんだよ。塩味でも味噌味でもねえんだよ。そんなもんより、もっと矛盾していることが世の中にあんだろ、え、善良な常識人のみなさんよ。気が付かないのかよ。

戦後から科学技術はどんどん進歩してきて生産性もすげー高くなってるのに、働きすぎで過労死する野郎が増えて、ネットカフェ難民や貧困層が増えて、貧富の格差がどんどん拡大するってのは一体どういう事なんだよ。自動車がハイブリッドになったって、テレビがデジタルになったって、そんなんじゃ誤魔化されねぇ。おかしいだろ。生産技術の進歩で工場じゃ自動的に製品がどんどん出来てくる。しかも低価格で。なのに何で過労死するんだ?何年たってもみんな農耕馬みたいに死ぬまで働くってのかよ。それでも人類は進歩してると言えんのか?にもかかわらず貧富の差は自己責任とか言ってる連中は馬鹿じゃねえのか。そんな利いた風な事を言って放置しておくからこうなっちまったんだよ。お前ら何も解決できねぇくせに。なんで科学技術も生産能力も目覚しく進歩してるのに人々は過労死に追いやられるんだ?ホームレスが増えるんだ?そんな馬鹿な話はねぇ。

ガンダーラで、そいつを解決するぜ。科学技術と生産性が進歩すると、その分だけ人々の労働時間が減ってゆとりが生まれる社会にするんだよ。すると馬鹿野郎どもがみんな暇をもてあましてスポーツとか芸術などの文化活動が盛んになるんだ。スポーツ施設が増えたり、芸術会館が出来たりするんだ。そのための用具もどんどん売れるようになる。健全だろ?しかもニーズが生まれる。暇になるから観光産業も大流行だ。みんなサルみたいに温泉に浸かってのんびりだ。いいねぇ。家に居ても映画を見たりゲームをしたりと、コンテンツ産業も活性化する。そしてそういうのが経済の中心になってくんだよ。もちろん労働時間が減るからボランティアも盛んになる。支えあう社会になるのさ。それが人々の生きがいにもなる。趣味で農作業をする連中もどんどん出てくるだろ。採算性を取るのが難しい日本の里の農地はそういうので支えないと荒廃してしまうんだ。もちろん格差はあるさ、というか無きゃならねぇ。人より多くを得たいという欲求があるから人は努力するんだ。妬みみたいなもんはどこにだってあるさ。でもそんなのたいしたことじゃあない。全体が底上がってりゃ誰も文句なんか言わねぇんだよ。現代みたいに自殺者で電車が頻繁に止まるんじゃ困るんだよ。病的なんだよ。

そんな理想社会の話は子供の時に考えたことはないのかよ。機械が人間の代わりに全部労働してくれる夢の社会。豊かでゆとりのある社会。子供の時はよ、みんな大人はそれを目指してるのかと思っていたら、現実にはぜんぜん正反対だった。所詮は自分だけ良けりゃいいのよ。この偽善者どもめ。方法はあるんだよ。別に共産革命みたいに血相変えて人をぶち殺す必要なんかねぇ。ゲバ棒持って走り回った馬鹿どもとは違うぜ。かといって善人ズラで闇雲に生活保護費を乱発する必要もねぇ。すべてはカネよ。カネに対する人々の無知、思い込みに乗じて利益をむさぼる連中があわてる様な事をするだけよ。それをガンダーラでやるんだぜ。おう、非常識な馬鹿野郎ども。合言葉は「ガンダーラ、なんだーら、あほんだーら」だ。毎晩100回唱えろってんだ。あばよ。

■ 悟空の「いちおう3つの教えを布教しますね」

いや~ご主人様の暴言ぶりには困ったもんです。とはいえ、いちおう私も布教活動をしろと命令されてましてね、「やらないとお釈迦様に頼んで再び石に閉じ込めて、東京湾にぶち沈めるぞ、このサル野郎」と脅すんですよ。あの方はお坊さんというより、ほとんどヤクザですね。そういうわけですから、今回は教義ともいうべき、すべての教えを貫く原則的な3つの信条、3つの教えをお伝えしますね。三蔵ってくらいですから3つの教えが無いと駄目なんでそうで。まあだいたいあの方の教えは非常識なので、普通の人には「なんでそんなことを言うのか」分かり難いですから、はじめにあの方の頭の基本構造がどうなっているのか理解したほうが早いです。とはいえご主人様の言葉はそのままだと意味不明なので、私が解説しときました。

①「カネより物だ。物・物・物。カネなんか紙くずだ燃やしちまぇ。」

(悟空訳)

経済にとって最も大切なのは財の供給能力(生産能力)であって通貨の価値ではない。そのことを多くの人が忘れてしまっているんです。多くの人が将来に備えて貯蓄してますけど、そのお金の価値とは何で保証されているんでしょう?昔のおカネは「金本位制度」といって金(ゴールド)に裏付けされていました。銀行へおカネ(紙幣)を持っていけば金と交換してもらえる、金貨みたいなものです。だからおカネを発行するには金がなければならなかった。ところが今は「管理通貨制度」と言って、おカネの裏づけは何もありません。つまり現代のおカネは単に紙切れにすぎないのです(あるいは銀行預金などは単に数字に過ぎない)。でもそれが価値のあるものとして振舞うのは日本国の経済が健全で生産力が高いがゆえに、そこで生産される様々な商品やサービス(財と呼ばれる)と交換できるという、そのことが価値の裏づけとなっているのです。ということは、このまま日本の経済がずぶずぶと不況のどん底へ沈んでゆくと日本の経済や生産力がガタガタになり、円の価値は暴落してしまうのです。つまり、皆さんが貯め込んだ紙幣は文字通りの紙屑に成り果ててしまうのです。そんな不安定なおカネの価値にどっぷりと依存することは大変に危険なのです。

皆さんインフレになると困ると思っていますけど、インフレになっても自分たちのお給料がそれ以上に増えれば問題ないんです。お金の価値とは相対的なものです。もっとも重要なのは自分たちが生活するうえで必要な物資を不足なく手に入れることができるか、ということであって、インフレもデフレも本来は関係ないのです。つまり最も大切なのは日本の生産力です。現代のようにデフレ不況で日本の生産力がどんどん破壊されている状況は極めて危険です。必要な物資を輸入すれば良いと考える人も居ますが、輸入するためには輸出する産業が十分になければなりません。このまま中国などへ企業がどんどん移転してしまえば輸入すら出来なくなる。最後に頼るべきは日本の生産力しかないのです。もし日本の生産力が十分に高ければ、その生産力で人々の生活必需品は生産できるのですから、たとえカネが紙くずになる最悪の場合になったとしても、作った生活必需品を政府が「配給」すれば人々の生活を支えることができます。しかし、もし日本の生産力がデフレで破壊されてしまったら、もはや人々が生活必需品を手に入れることはできないのです。もちろんこれは極論ですが、しかし考え方のベースとして日本の生産力の重要性を忘れてはいけない、お金の価値ではなく、モノこそが私たちにとって最も大切であることを忘れてはならないのです。

②「カネは天下の回り物。ぐるぐる回ってなんぼのもんじゃ。」

(悟空訳)

通貨の本質は交換機能にあるのであって、利息を生み出すためのものではないのです。もともとおカネは道具として誕生したわけです。物々交換は不便ですからその仲介としておカネがあると大変に便利ですよね。だからおカネはとっても大切です。でも現代の生産と消費はすべておカネを通じて行われますので、経済は完全におカネに支配されています。もちろんおカネが生産と消費のための道具としてのみ機能しているのであれば何の問題もないはずなんですよ。ところが現代では市場における売買の機能を利用しておカネでおカネを生む、投機、投資が経済の中心に躍り出てきました。

経済の本質は財の生産とその消費のバランスであるはずです。ところが財を生産することなくおカネのみが膨張するという現象が経済の中心になったため、経済は極めて不安定になってきました。これがバブルとその崩壊ですよね。じつは事の始まりは貯蓄にあります。おカネには物々交換の仲介機能のほかに、価値を保存するという機能があって、それが貯金という考えを生み出してきました。これが不況の始まりになったのですが、さらにこの貯め込んだおカネを貸して利息を取るという商売が生まれました。多くの宗教では金貸しと利息は「卑しいこと」と戒められているそうですが、現代社会ではむしろ拝金主義の崇拝の対象にすらなっています。貯め込んだお金で成り立つ経済とははたして健全なのでしょうか。おカネはおカネ本来の機能である「交換の媒体」であるべきです。おカネは貯めるのではなく、どんどん使って回さないといけない。経済はストックではなくフローで成り立つ必要があるのです。

③「カネが無きゃ何もつくれねぇ、カネなきゃ誰も買えねぇんだよ。」

(悟空訳)

需要と供給の量はおカネの量によって決まるんです。現代は人々の消費意欲が低いとか言われてますけど、皆さん、本当はおカネがあれば欲しいモノは幾らでもあるんですよね。意欲が低いんじゃない。だから人々にどんどんおカネを配るべきなんです。個人に分配されるおカネの量が増えれば購買力が増加して、需要を生み出し、供給を拡大する。つまり経済が成長するわけです。でも実際にはその逆のことを言う人が多いんですね。つまり人々の購買意欲を高める商品が開発され、それが需要を喚起して供給を高めると言うんです。でもこれはありえませんよね。たとえば携帯電話が普及しても、皆さんおカネがないですから、そのぶんだけ別の消費を減らしているはずなんです。だから全体として使っているおカネは増えない。人々の可処分所得が増加しなければ、単に消費の対象が移るだけで終わるんです。だから幾ら魅力的な商品を作っても経済は活性化しないんです。つまり、これからの時代は生産中心の経済から消費中心の経済へ変わらなきゃだめなんですね。そのためには、人々におカネをどんどん回す政策を取らなきゃ駄目ってことなんです。内需拡大も人々のおカネの量できまるんです。

何のことだかサッパリ分からないですよね。で、あとから機会をみてもっと詳しく説明しますね。

最後に、その3つの教えを貫く一つの原則をお伝えしておきます。それは、

「通貨の常識を変えよ、されば救われん。」

です。何のこっちゃろ。