経済運営の基本方針について

2016.5.18

(じいちゃん)

新しいシリーズとして経済運営に関わる諸政策(ツール)を体系的にまとめた話をしようと思うのじゃ。そこでまず最初に、経済運営の基本方針として、いかなる考えが必要かを説明したいと思う。

(ねこ)

経済運営の基本方針はどうあるべきなのかにゃ。

(じいちゃん)

ワシが考えるのは以下の通りじゃ。

①生産の最大化

・循環するおカネを増やすこと

・投資を促進すること

・生産性の向上と資源の最適利用をすること

・失業を最小化すること

②分配の公平性

・税制と社会保障を改革すること

・格差を許容範囲に止めること

経済は人々の幸福追求のためにある。人々の幸福は何も経済的な価値の追求だけとは限らない。しかしここでは経済的な価値の追求、つまり財(物やサービス)の豊かさを幸福であるとしよう。そうした場合、財の生産を最大化することがこの目的に合致する。そこで①生産の最大化を経済運営の第一の方針としたのじゃ。では生産を最大化するにはどうするか?

・循環するおカネを増やすこと

経済活動は生産したものを分配して消費することから成り立っている。逆に言えば消費されなければ生産は成り立たない。この生産と消費を仲介するのがおカネの役割じゃ。おカネは企業から賃金として労働者に支払われ、労働者が市場でおカネを使って財を購入することで企業へおカネが戻る。じゃからおカネは企業と労働者の間を常に循環しておる。この循環が滞るようになると経済活動が停滞・縮小して人々が貧しくなる。じゃから、おカネの回りを良くすることが重要で、その政策が必要なんじゃ。一般におカネの量を増やすとおカネの回りが良くなると考えられておる。たとえばおカネを増やすとインフレになるが、これはおカネが増えておカネの回りが良くなりすぎるために生じる現象じゃ。

・投資を促進すること

投資を促進すると循環通貨が増加して景気が良くなるが、それは副次的な効果じゃ。投資によって生産設備が作られることにより、生産性が向上したり、生産量が増加したり、新たな財を生産することが可能になるといった点が本質的な投資の効果じゃ。これらは人々の豊かさにつながると考えられるから、投資を促進することが大切なんじゃ。投資を増やすには一般には金利を下げたり、規制を緩和して投資機会を増やしたり、研究開発で新しい技術を発明をしたりするんじゃ。政府が財政支出で投資を行う場合もある。資本主義においては、投資の動機は「利子(利潤)」であるが、利子は経済成長から生じるため、成長率が低い先進国では利子が極めて低くなり、投資が停滞することになる。これにより通貨が貯蓄として退蔵する(循環しなくなる)こととなり、貯蓄過剰と投資不足によるデフレという先進国共通の課題となっている。

・生産性の向上と資源の最適利用をすること

生産性が向上して、1人あたり時間当たり生産量が増加すれば生産量は増加する。また、限られた資源を有効に利用してより多くの資源を生み出すなら、生産量は増える。たとえば省資源化によって資源当たりの生産量が増加すれば生産される財の量は増加する。これらは一般に技術革新によって達成されると考えられる。また人々の需要の高い財を優先的に生産すれば、資源の利用効率は最大となる。極端にいえば、必要とされない財をいくら作っても意味が無いからじゃ。これは一般に市場システムが有効に働く事で可能だと考えられる。

・失業を最小化すること

より多くの人が働くほど、より多くの財が生み出されるはずじゃ。従って失業者は少ない方が良い。「失業者は自己責任」などとのんきなことを言っていると、経済はいつまでも回復できない。需要が増加すれば失業は減る傾向にある。そのため財政出動によって有効需要を生み出すなら、失業の減少によって生産量は増加し、世の中のおカネの回りも良くなると考えられる。

しかし、生産を最大化したとしても、人々の需要を超えて生産を増やすことは意味が無いと言える。途上国のように財の不足した社会であれば、常に生産の最大化が必要となる。しかし先進国のように供給が人々の需要と比較して十分以上に高まる(生産過剰)と、生産に必要とされる労働量が減少し、失業を避けることが難しくなるのじゃ。例えば人工知能やロボットなどのテクノロジーの進化に伴って、完全雇用を維持することは次第に難しくなりつつある。

現代の経済システムでは、生産される財の分配は労働者に支払われる賃金を通じて行われるため、テクノロジーの進化に伴って失業が増加することにより分配機能が失われてくる。これが格差の原因となる。と同時に、失業者が増加すると社会全体の購買力が損なわれ、通貨循環量の低下を引き起こして経済活動そのものが機能しなくなる(デフレになる)。

そのため②分配の公平性の確保が経済運営の第二の方針として必要となる。格差問題は一般的に人道的な問題と考えられがちじゃが、実際には経済システムの機能低下を引き起こす原因としても問題なんじゃ。もちろん、伝統的に資本主義社会では格差が容認されてきたし、格差、すなわち所得の絶対的な満足度よりも、所得の相対的な量の差がもたらす他人に対する優越感・差別意識が一定の労働動機(インセンティブ)となる点は否定しない。人間は差別に喜びを感じる奇妙な動物らしい。じゃから「許容範囲」の格差は認めるべきじゃろう。

・税制と社会保障を改革すること

分配の公平性を保つには、一般に税と社会保障による所得の再分配が行われるんじゃ。最近は世界的に格差が拡大しつつあり、再分配の機能が十分に働いているとは思われないのじゃ。これに庶民が怒っているのがアメリカ大統領選挙に現れておるのじゃ。いわゆる99%対1%の問題じゃな。日本の格差はアメリカほどではないが、それでも日本の格差は確実に拡大しつつあり、持続的な貧困率の上昇や子供の貧困などの問題が指摘されている。税制と社会保障は財政再建の立場から語られることがほとんどじゃが、本当に必要な議論は所得の再分配にあると思う。財政再建は基本的にバランスシート上のテクニカルな問題に過ぎんことは後ほど詳しく説明する。

というわけで、①生産の最大化と②分配の公平性の二つの軸から経済運営の基本方針を考える必要があると思うのじゃ。

(ねこ)

にゃるほど、そうすると、これらに効果がある政策を全部いっぺんにやればいいわけだにゃ。

(じいちゃん)

ところがそうでもない。これから順次、いろいろな政策について説明するつもりじゃが、各政策にはメリットやデメリット、効果のある分野や効果の薄い分野がある。しかも政策間で相互に効果を高めたり、逆に効果を打ち消し合う場合もある。これらの政策は、すべて必要な政策ではあるが、じゃからと言って「全部同時にやればいい」とはいかないんじゃ。各政策を効果的に実施するには、各政策の特徴を理解し、

①政策の組み合わせ

②政策の実施順番

をよく考えなければならない。やたらになんでもかんでも政策を実施してはダメなんじゃ、逆効果になることもある。病気の人を治療するにも治療手順があり、治療計画が必要なんじゃ。これから各政策について説明した後、最後に総合的に検討してみたいと考えておるのじゃ。つまり最も重要な「総合治療計画」は最後の話になるが、まあ、気長に付き合っていただきたいのじゃ。