ギリシア問題は通貨統合のワナ

<ギリシア問題の根幹は生産力不足>

ギリシア問題の根底にあるのはギリシア国内の供給能力の不足です。そしてギリシアのように供給能力が不十分で国際競争力のない国が、ユーロを採用してドイツをはじめとする競争力の強い国々と通貨統合するとどうなるか?それはある種の「わな」のようなものです。通貨統合は人々に幸福をもたらすとは限りません。通貨統合すれば「弱肉強食の世界」になるのです。なぜそんなことが言えるのか、考えてみました。

<通貨統合前のギリシアは貿易収支は自然に均衡していた>

ギリシアは貿易赤字国です。貿易赤字ということは、ギリシア国内の生産だけで自国の人々の需要を満たすことが出来ないため、不足分を輸入に依存しているということになります。つまり国内の生産能力が不足した状態です。ところで、貿易赤字が続くと貿易代金の支払いのためにおカネがどんどん国外へ流出してしまいます。まず通貨統合前の状態を考えてみます。通貨統合前のギリシアにおいては、独自通貨の「ドラクマ」が使われていました。貿易赤字が続くと、為替市場においてドラクマは値下がりを続け、ドラクマ安になります。ドラクマが安くなると輸入品が値上がりしてしまうことから、自然と輸入に歯止めがかかるのです。輸入に頼れなくなると生活が苦しくなりますが、やがて国内の生産力を強化することで総需要の不足分を自国内で調達できるようになります。

また自国通貨が安くなることで輸出価格競争力が増し、輸出を増加し、その対価として自国で調達不能な資源などの輸入を再開することが出来るようになります。このように、独自の通貨を使用している状態であれば、為替市場における調整機能が働くことにより、自国通貨安を通じて輸入に歯止めがかかります。そしてやがて国内の生産力が強化されることで人々の需要は満たされ、貿易赤字の問題も解決されます。また、そうでなければならないのです。

<ユーロだから貿易赤字にストップがかからない>

ところがユーロは複数国家で導入されていることから、為替市場におけるユーロの相場は自国だけでなく他国の貿易収支を加えて影響されます。たとえばギリシアがユーロ圏外との貿易において貿易赤字でも、ドイツが貿易黒字であればユーロ全体としては貿易赤字にはなりません。だからユーロは値下がりせず、ギリシアの輸入品の価格が上昇することはありません。すると輸入品が安いのだから買えば済むという安易な判断になってしまいます。ユーロを握っている限り、いつまでも貿易赤字を垂れ流しで輸入ができる。こうなると国内の産業を発展させて生産力を向上する必要はなくなってしまいます。ところがここに罠があるのです。貿易赤字をそのまま続けると輸入代金の支払いのために国内のユーロが国外へどんどん流出して国内はユーロ不足、つまりおカネの無い状態となります。しかしユーロ通貨の発行権は欧州中央銀行だけにあり、各国は通貨の発行権を剥奪されています。つまりギリシアは自国通貨であるはずのユーロを発行することができません。すると、国内はどんどんおカネが不足してしまう。

<自由貿易だから関税もかけられない>

国内のカネが不足すると何が起こるのか?不況が発生するのです。そのメカニズムを通貨循環の視点から簡単に考えてみましょう。ギリシアの人々はギリシア国内の企業で働いている。そこで受け取る賃金はその企業が生産した付加価値、つまりギリシアで生産された全商品の総額とほぼ同額です。その賃金は本来なら全額がギリシア国内で生産された商品を買い取ることに使われなければならない。そうすることで企業におカネが戻り、そのカネに基づいて生産が行われ、そのおカネが再び人々の賃金となるからです。そうしておカネが国内で循環することにより、ギリシアの国内経済が健全に保たれます。

ところがその賃金の一部が輸入品の購入に向けられることで、海外へ流出して戻ってこなくなる。つまりギリシアで生産された商品に売れ残りが生じる。すると、本来は全額がギリシア国内の企業へ戻るはずだったおカネが減ってしまいます。ですから企業の収益が悪化します。また、売り上げとして企業へ戻ったおカネが次の段階でギリシアの人々の賃金となります。ところがそのおカネが海外へ流出して減っていますから、賃金として支払うべきおカネの総額がすでに不足しています。つまり、ユーロが海外へ流出することで賃金が次第に減るのです。そのようにして次第にギリシアの人々は購買力を失い、産業もすたれてしまいます。

このような場合、普通の国であれば、関税を用いて輸入を抑制すればよいのです。まず輸入を抑制して海外へのおカネの流出を防ぐ。そしてその間に不足している商品を国内で生産する体制を整える、あるいは別の輸出産業を育成することにより、貿易赤字を出さないようにしながら国内の需要を満たすための政策を行うのです。ところが、ユーロ圏では関税の権利も剥奪されています。関税が撤廃された自由貿易圏だからです。ユーロ圏はまさしく「新自由主義」の世界そのものです。つまり、もはや海外へおカネが流出することを防ぐ手段はないのであります。このようにギリシアは出血多量により瀕死状態となるわけです。

<通貨の発行権を剥奪された国の破綻>

ギリシア政府の苦悩は察するに余りあります。通貨は発行できない、為替の調整機能は働かない、関税もかけられない。一方で不況により困窮した国民からは突き上げられる。そこでギリシア政府は国債の増額に踏み切るのです。しかし、ギリシア国内ではおカネが貿易赤字のためにどんどん流出しているから、当然ながらギリシア国内の貯蓄額も非常に低くなっています。国内で国債を調達しようとしても国内にはおカネがない。ここは苦しくても踏ん張らねばならないのですが、ギリシア政府は悪魔の誘惑に勝つことができなかった。ギリシア国債を外国に売ってしまいます。ユーロは欧州通貨であり信用力がありますから、海外からユーロ建てで借金することができる。そのことに甘えてギリシアは国債を発行し続けたのです。それを買ったのは、ギリシアに大量の商品を輸出して、ギリシアから代金を稼ぎまくったドイツです。つまり、キツイ言い方をすると、ドイツはギリシアから巻き上げたカネをギリシアに貸し付けたわけです。いまや、そのドイツが先頭を切ってギリシアに借金の返済を要求しています。もちろん、借りるギリシアにも問題はあります。

そして国債にも通貨統合の罠があります。ギリシア国債はユーロ建てなので、ギリシアの自国通貨建て国債に見えますが、ギリシアにはユーロ通貨の発行権はありません。自国通貨であっても通貨発行権が無い場合は外貨建て国債と同じ意味になります。ですから破綻する可能性があるのです。

どういうことでしょうか?ユーロで借りたおカネはユーロで返済しなければならないが、ギリシアにはユーロ通貨の発行権は無い。たとえば日本のように通貨が独立した国家であれば政府が通貨の発行権を有しています。ですからデフォルトしそうになったら、円建ての国債の返済は円を刷れば可能なのです。そんなことをすれば確かに国債は暴落しますが、債務の返済が不能になることは絶対にありません。しかし、ギリシアは通貨の発行権が無いため、ユーロを刷れません。ギリシアにとってユーロは自国通貨でありながら自国通貨ではないのです。通貨発行が出来ないため、税収で返済が出来なくなった瞬間にデフォルト。即死です。通貨統合によって自国通貨を奪われることは恐ろしい事なのです。

<ギリシアのさらなる悲劇>

独自の通貨を持っている国の場合、国債のデフォルトは自国通貨の暴落を招きます。しかしこれで国が死んでしまうことはありません。確かに暴落すると輸入品の価格が高騰して一時的はかなり苦しくなることは間違いありません。しかし、自国通貨が暴落して通貨安になると、輸出価格競争力が回復します。通貨暴落により一時的に国内経済は大混乱に陥るものの、やがて輸出が経済を牽引するようになる。先日読んだ本によれば、過去に経済破綻した多くの国がこれにより数年で立ち直ってきているというのです。ロシアや韓国もまさしくそれです(両国とも近年に破綻を経験している)。財政が破綻したからといって国が終わることはありません。自国通貨安による輸出拡大で国の経済は回復できるのです。ところがギリシアの場合、自国通貨はユーロであり、経済規模の小さなギリシアの国債がデフォルトした程度では、ユーロが暴落することはありません。つまり通貨暴落による為替安の恩恵を受けることは一切ありません。このような状況ですから、ギリシアが輸出による国内産業の立て直しを図ることは極めて難しいと言えるのです。

ギリシアが債務の返済を行うためには、ギリシアが貿易黒字化し、輸出により外貨を稼ぎ、それで債務を返済することがもっとも自然な方法であります。しかし、それが出来ないとなればギリシアはどうすれば借金を返済できるのでしょうか?

①国民が保有しているユーロを増税で集めて返済。

現在ギリシアでは緊縮政策と増税が行われており、これに反対して国内では暴動が発生しているのです(最近は落ち着いたようですが)。しかし、これをやるとギリシア国内の通貨が不足して不況がますます悪化します。そこで、最近のギリシアは「国民に対してさらに増税をするから、そのかわり当面のカネを貸してくれ」と、IMFやECB(ユーロの中央銀行)に働きかけています。しかしIMFやECBは「まだまだ増税が足りんぞ」と突っぱねている状況です。追い詰められたギリシア政府は開き直ったり、逆切れしています。

②国土など貴重な資産を売り渡す。

もはや屈辱的でありますが、国土をカネ持ちに売り渡すのです。貴重な文化財を借金の返済のために外国人に売り渡すのです。投機などで巨万のあぶく銭を稼いでいる資産家に渡すのです。悲しい事にこれが資本主義の現実です。カネが主導する世界の真の姿です。

ニューズウィークのサイトに短いコラムがあったのであります。

ギリシャを「植民地化」するEU

http://newsweekjapan.jp/stories/world/2010/05/post-1252.php

貿易赤字国、つまり、輸出競争力が弱く、国内の生産力が不足しているギリシアのような国家がEUのように巨大な自由貿易経済圏に統合されると何が起こるのか?自由貿易経済圏というと、なにやら良さそうに聞こえるのでありますが、その実態は過酷な生存競争にあることを忘れてはならないのです。

2010.7.24 初稿

2015.5.29 修正

ギリシャ破綻に関するサイトの最新記事はこちら「ギリシャ破綻 ユーロ離脱して再起すべき」