インフレを恐れてインフレを招く日本の悲劇

<ハイパーインフレを妄信する人々>

バブル崩壊後、一貫して通貨の供給を抑えてデフレを維持している日銀。そして日本は未曾有のデフレであるにもかかわらず、なぜか日本にはインフレを極端に恐れる人々がいます。お金を刷るとハイパーインフレになると人々を煽り立てる経済評論家だ。何かと言えばハイパーインフレになると騒ぐ。それを鵜呑みにする人たちも多いようです。本当に通貨を増やすとハイパーインフレになるのか?ハイパーインフレを主張する彼らの本を立ち読みしてみましたが、第一次大戦後のドイツやジンバブエのような特殊例を引っ張り出して脅しに使っており、悲惨な人々の写真などを掲載して「ハイパーインフレになると、こんなに恐ろしいんだぞ」と強調しているが、ハイパーインフレの理論的な検証が乏しく、本を読んでもデフレの日本が第一次世界大戦後のドイツやジンバブエのようなハイパーインフレになる理由がわからないのです。

一方、ある経済学者によれば日本人一人当たり一億円を給付するほどでもしない限りハイパーインフレにはならないという話があります。ハイパーインフレとは年間に物価が100倍にもなるようなインフレのことですから、余程の事がないかぎりハイパーインフレは起こらないでしょう。お金を刷ってハイパーインフレになるかどうかは定かではありませんが、お金を刷らずにデフレを放置すると、やがて悪性のインフレが発生して日本を破壊することになると思います。なぜでしょうか。

<物価は通貨の量だけで決まるのではない>

そもそもインフレとは何で、なぜ発生するのでしょう。インフレとは物価全体が継続的に上昇することですが、一般に世の中に供給される商品の量より需要の量が多い場合に発生します。世の中のお金の量が多いと、つまり人々の保有するお金の量が多いと需要が増えるのが普通です。ですから、世の中に供給される商品の量よりも世の中のお金が多い場合にインフレになります。おカネを刷って世の中のお金の量が増えると需要が増え、商品の不足が生じることから、商品の価格を上げようとする小売店や製造業者が出てきます。そして小売店や製造業者が商品を値上げすることで物価が上昇することになります。通貨が増えたから物価が上昇したわけではないのです。物価は一般に商品の供給不足と、それに起因する値上げがあって始めて上昇します。商品の供給が不足した場合でも、誰も値上げしなければ物価は上がりません。政府が価格統制を行なえば、実はインフレは発生しません。しかし普通の経済状態であれば価格統制を必要とするほど酷いインフレは発生しませんので、それ以外の方法でインフレをコントロールします。

また、おカネを刷ってばら撒いたからと言って、必ずしも需要が増えるわけではありません。ばら撒かれたおカネがすべて貯金されてしまえば、商品の需要はまったく増えないため、インフレは発生しません。たとえば2兆円の給付金が配られたことがありましたが、今の日本では、あのおカネがどこへ行ったのかわからない程度の需要しか喚起されません。

さらにおカネを刷ったからといって、世の中に出回るとは限りません。そもそも日銀の刷ったおカネはほとんどが民間銀行に渡り、民間銀行がそれを元手に誰かに貸し付けることで初めて世の中におカネが出てきます。現在の金融制度では、誰かが借金をしない限り世の中のおカネが増えない仕組みになっているのです。ですから日銀がバンバンおカネを刷っても、不景気でおカネを借りる人がいなければ民間銀行の金庫の中で唸っているだけでおしまいです。これではインフレなど起こるはずもないのです。以上のように、通貨の量が直接に物価を押し上げるわけではないのです。通貨量はインフレにとって必要条件であっても十分条件ではありません。これではインフレになるとはとても思えませんね。ではインフレになるための条件とは何でしょう。

<インフレは好景気の証>

どうすればインフレになるのでしょう?一つの条件は需要が増えることです。人々が商品をたくさん買い求めようとすると、商品が飛ぶように売れるようになり、品不足になります。すると小売店が商品を買い付ける卸売市場でも商品が不足し、商品の奪い合いになります。製造業者は少しでも高い値段で売りたいですから、当然、高い値段で買ってくれる小売店に優先して卸すことになります。すると商品を仕入れるためにより高い値段で商品を買い付ける必要が出てくるために仕入れ価格が値上がりし、販売価格が上昇します。品不足が起これば確実に価格が上昇します。以上のように、需要が増えて商品が飛ぶように売れるようになるとインフレが発生します。ということから、景気が非常に良い状態になるとインフレが発生することがわかります。すなわち、インフレとは好景気の証なのです。日本も高度成長期からバブル崩壊までの好景気の時期は、慢性的にインフレでした。ですから、おカネをどんどん刷って国民に給付する事で需要を増やしてやると、インフレになるかもしれませんが日本の景気は大きく回復することになると期待されるのです。日銀や一部の評論家はインフレを過度に恐れているようですが、インフレと好景気は密接な関係があるのです。もちろん、デフレと不況にも密接な関係があります。

<デフレ放置はインフレの下地を作る>

インフレの条件のもう一つは、商品が不足することです。何らかの理由で小売店の販売する商品の量が減少すると、品不足が発生します。あとはほぼ前述と同じように仕入れ価格が上昇し、販売価格が上昇します。では、どのような理由で小売店の販売する商品の量が減少するのでしょうか。それは国内の生産能力の減少です。当たり前ですが、国内の生産能力が十分に高ければ品不足が発生するわけがありません。ですから、国内の生産能力が低下することでインフレが発生するのです。

そのように言うと、国内の生産能力が低くても輸入すれば商品は十分に供給できると思われるかもしれません。今現在も多くの商品が輸入されています。しかし、貿易で商品を確保するには、対価を支払わねばなりません。基本的には輸出によって稼いだおカネを使って輸入するのです。何かを輸出することで初めて何かを輸入できるわけです。ですから輸出する商品を十分に生産できなければ、必要な商品を十分に輸入することはできません。国内の生産力が高く、輸出できる商品を十分に生産できなければ輸入はできません。金融で外貨を稼ぐという考えもありますが、これは例外です(これは別の機会に触れたいと思います)。原則は商品の輸出があって初めて輸入が可能になるのです。ですから、国内の生産力が低下することになれば、インフレを招く恐れが十分にあるのです。

デフレは需要が不足すると発生します。デフレを放置するとデフレスパイラルのメカイズムによって国内の需要はどんどん減少します。このような需要の低迷した状態になると、製造業などは生産調整で生産量を減らします。つまり、国内の生産力が減少します。さらにデフレで国内向けの販売が低迷すると製造業などは海外市場に活路を見出そうと、こぞって海外へ輸出しようと考えますが、これまたデフレによる円高(実はデフレで円高になる)が災いして、輸出競争力が低下したり、為替差損などの問題が発生します。このため、多くの企業が国内での生産をあきらめ、工場を中国などへ移転してしまい、日本の産業が空洞化します。つまり国内の生産力が減少します。このように、デフレを放置すると国内の生産力がどんどん減少し、商品の供給をますます海外からの輸入に依存する傾向が強くなってきます。これはインフレの下地をどんどん強化することになるのです。

<デフレ放置したため、逆にインフレを招いて崩壊する日本>

デフレを放置し、国内の生産力が減少し、商品の供給を輸入に頼るようになるとどうなるか。そのまま日本が不景気で、貧困化が進み、少子高齢化で日本が消えてなくなるのであれば需要は増えませんからインフレは起こりません。そのかわり日本は二度と復活することもありません。しかし、デフレですっかり国内の生産力が疲弊しきった時に日本の景気が回復し始めたらどうなるでしょう。需要が増え始めたら、日本の金融資産1400兆円がこの時に動き始めたら、これはハイパーインフレになる可能性があるかも知れません。需要の回復速度は生産能力の回復速度より遥かに早い。需要に火が付くのは早いが、一度失ってしまった生産能力を復活するには何年もの期間が必要であるため、市場では物不足が深刻化し、インフレが急速に進行するでしょう。そして、商品の不足分を輸入で補うことになりますが、輸入の対価は輸出です。この時すでに産業空洞化が進んだ日本は輸出する商品が無いため、輸出より輸入の方が遥かに多くなり、貿易は赤字になる。貿易が赤字になると為替市場では円を売る圧力が高まるため、円が安くなる。現在の為替はレバレッジによって過剰に反応するため、場合によっては円が暴落する。円が暴落すると輸入品の価格が跳ね上がり、国内のインフレが加速する。このように日本は狂乱物価に翻弄され、経済はさらに不安定となり、貧富の格差はさらに拡大し、ホームレスが巷に溢れ、犯罪が増加する。つまりデフレを放置すると国内生産力が破壊され、日本は二度と復活できない国に没落してしまうのです。

インフレを恐れてインフレを招き、最終的にインフレで破壊される日本人はかわいそうだ。

2011.1.22 初稿