財政再建とは何か

2016.6.16/2018.4.23改訂

<総論>

(じいちゃん)

財政再建とは単に「借りたカネを返す」という単純な話ではない。そんな程度のことは小学生でもわかることじゃ。貸し借りという身の回りのルールを超えて、財政や財政再建が経済システムの根幹にもかかわる問題だから複雑なんじゃ。そこには通貨制度もおおいに関係してくる。それらの関連性を理解しないと財政再建について小学生のような考え方しかできなくなってしまうので要注意じゃ。

①「借金を返す」という意味が常識と違う

「政府の借金を返す」と普通の人は何気なく考える。しかし「借金を返す」と普通の人が言う常識的な意味と、国債を償還するという意味はかなり違うのじゃ。借金の場合は借り手と貸し手が明確で固定されている。銀行からおカネを借りれば銀行へおカネを支払うことになる。これが普通の借金を返すという意味じゃ。一方、国債は債券という金融商品じゃ。政府は金利と元金を払うが、払う相手は国債を所有している相手じゃ。国債は金融商品として売買されるため、政府が借金を返す相手は必ずしも固定されていない。国債を資産家が保有していれば資産家に払い、保険会社が保有していれば保険会社へ、銀行なら銀行へ、日銀なら日銀へ支払うことになる。

日銀が実施している量的緩和は日銀がカネを刷って借金を返済する行為だと批判する人もいるが、正確にはそうではない。もし日銀が国債を民間銀行から買い取り、日銀が国債を保有すれば政府は日銀におカネを返済することになる。誰が国債を保有していても、いずれにしろ必ず返済(償還)しなければならない。ただし、仮に発行済みの国債を日銀がすべて保有しているなら、政府は全ての借金を日銀にしていることになる。たとえば「将来世代へのツケ」と言うが、そのツケは100%日銀に対してのツケとなる。将来の世代は日銀に対してのみ借金を負っていることになる。もし、民間銀行に対して借金をしているのであれば、これは必ず返済しなければならない。しかし日銀に対する借金であれば、事情が少々異なる。このように、国債とは、常識的に理解できるいわゆる「借金」とはかなり違う性質のものであり、多面的に考える必要があるということじゃ。

②「なぜ政府の膨大な借金ができたか」

前にも説明したが、問題は「なぜ政府の膨大な借金ができたか」じゃ。結論から言えば、政府が膨大な借金を背負うことで「企業や金融機関の借金を肩代わりした」ためじゃ。話はバブル崩壊後まで遡る。バブル崩壊後の資産価格暴落の影響を受けて、企業、特に建設業は支払い不能なほどの借金を抱え、その建設業にカネを貸していた金融機関は建設業に貸した膨大な不良債権を抱えていた。こうした企業の借金や金融機関の不良債権がデフレから回復できない原因と考えられたんじゃ。そこで政府が膨大な国債を発行して公共投資を行い、この投資による利益で企業や建設業は借金を返済し、銀行は建設業に貸した借金を回収することができたんじゃ。こうして企業も金融機関も身軽になった。そのかわり、政府が膨大な借金を背負うことになったんじゃ。

ところで、企業が身軽になれば、企業がふたたび借入を増やして投資を始め、やがておカネが世の中に回り始めて景気が良くなるだろうと一般に考えられていた。そうすれば税収が増加して、政府の借金を返済できると考えておったわけじゃ。ところが企業はバブル崩壊に懲りて、積極的におカネを借りたり投資したりすることをしなくなった。そして危機に備えてひたすらおカネを貯め始めたのじゃ。それが企業の金融資産1000兆円、内部留保300兆円の実体じゃ。さらに富裕層もおカネを使わずひたすら貯め込むようになった、それが家計の金融資産1700兆円じゃ。こうして企業も富裕層もおカネを貯め込んで使わないから税収は増えず、巨額の財政赤字が解消されないのじゃ。

簡単に言えば、政府が借金して調達したおカネを、大企業と富裕層が貯め込んでいる。それなら政府が借金を返せなくなるのは当たり前の話じゃ。そう考えれば、課税すべき対象はすぐにわかるはずじゃ。

③「通貨制度の制度的な問題」

これも前に通貨制度の記事で説明したが、国債は通貨制度と極めて密接な関係にある。現代の通貨制度は信用通貨制度であり、かつ、管理通貨制度じゃ。管理通貨制度では、日銀が現金を発行する際に、日銀が国債を買い入れて保有する必要がある(国債だけではないが、大部分は国債)。そのため、日銀の保有する国債の量が世の中に供給されている現金の量(これをマネタリーベースという)を決めることになるのじゃ。もし日銀が保有する国債の量を減らせば、世の中の現金の量は減ることになる。国債の償還によって世の中の現金が減る流れはこうじゃ。まず政府が世の中から税金を集めて、その税金を日銀に支払う。すると日銀の保有する国債は税金として集められた現金と相殺されて消えることになる(国債と現金が対消滅する)。こうして国債が減ると同時に、税金として世の中のおカネが回収されて減るしくみになっている。こうして国債の償還によってどんどん世の中からおカネが消えてゆく。

これは、民間銀行などが国債を保有していた場合でも、同じようなことが生じる。民間銀行に対して政府が国債の償還(返済)を行えば、その分だけ税金が徴収されるから、世の中のおカネが回収されて減る仕組みになっている。(難しく言えば、民間非金融部門の保有する国債は例外的に償還してもおカネは減らないが、説明が複雑なので省略します。)じゃから、現代の通貨制度から言えば、むやみに国債を減らすと世の中のおカネが減って、経済に多大な影響を及ぼす恐れがあると言えるのじゃ。根本的にはこうした通貨制度そのものに問題があると思うが、とはいえ通貨制度を簡単に変えることはできん。悩ましいところじゃ。

以上、①~③のように考えてゆくと、「政府の借金を返せ」という単純な話ではないことがわかるはずじゃ。そのうえで、財政再建については考え方と方法がいくつかあるんじゃ。それは、

A)政府の負債の絶対量を減らす

B)プライマリーバランスを確立する

C)日銀がすべての国債を保有する

D)政府通貨制度を導入する

E)金融資産課税

<各論>

A)政府の負債の絶対量を減らす

とにかく借金を減らす、というのが普通の人の考える借金返済の考え方じゃ。もちろん身の回りの貸し借りに関してはこれが絶対的に正しい方法じゃ。究極にはすべての国債を返済し、国債の発行ゼロにする(借金をすべて返して、借金はしない)を目指すわけじゃな。しかし、先にも説明したように、国債を減らせば世の中のおカネも減ることになるため、最悪の場合、国債をゼロにすると企業や家計の金融資産は1000兆円ちかく収縮することになり、それが経済活動を氷河期に叩き落とす危険性もある。だからマクロ的に言えば国債をすべてなくすることは現実的ではない。

それでもなお、とにかく政府の借金を減らすというのであれば、どこに課税すべきなのか?それは上記②で説明したとおりじゃ。政府が借金して財政支出したおカネを、最終的に貯め込んでいる大企業と富裕層の金融資産に課税すべきということじゃ。家計の金融資産1700兆円の多くは富裕層が保有している、また企業の金融資産1000兆円も大企業が保有している。ここから1000兆円を取れば財政再建は確実にできる。もちろん家計や企業の金融資産は減る。

政府の借金とは負債の事であり、富裕層や大企業の金融資産は資産の事じゃ。もし政府の負債を消したいのであれば、会計上、他の誰かの資産と相殺する必要がある。ならば、資産のあるところから取るのが最もシンプルかつスマートである。

ところが財務省と自民党・民進党は富裕層や大企業への課税ではなく「消費税の増税」を推進しておる。それどころか自民党は法人税も減税するという。消費税は周知のごとく逆進性が高く、富裕層ほど税負担が低い。しかも法人税を減税すれば企業の支払う税が減ってしまう。その結果、本来は財政再建のために課税されるべきはずの富裕層と企業の支払う税金の負担が低下し、相対的に庶民の税負荷が上昇する。こうした異常な条件下で財政再建が行われると何が生じるか?

富裕層と大企業の金融資産が減らず、庶民の借金が増加する。

つまり、庶民の金融負債が増加するんじゃ。金融の仕組みはややこしくてわかりにくいが、バランスシートの仕組みから言うと、政府の借金を減らすためには、大企業や富裕層の資産を減らしておカネを集める方法と、庶民に借金を負わせておカネを集める方法の二通りしかない。もし大企業や富裕層からおカネを集めないのであれば、必然的に庶民に借金を負わせることになる。バランスシートの仕組みから言って、それ以外はあり得ない(貿易黒字による財政再建は可能だか)。具体的に言えば、消費税を今後も10%、15%と上げるにつれ、庶民の生活は苦しくなり、多くはローンを組んで生活するようになるということなのじゃ。そのローンこそ庶民の借金の増加を意味するのじゃ。

もちろん、それは貧富の格差をさらに拡大する。社会は荒廃するじゃろう。それが財務省・自民党・民進党の狙いじゃな。財政再建を消費税の増税で行うのは筋が悪すぎる。財政再建を強行するなら、消費増税ではなく金融資産への課税で行うのが正しい方法じゃと思う。とはいえ、ワシはこのような「借金をひたすら返す」財政再建の方法はそもそも間違いだと考えておる。

B)プライマリーバランスを確立する

これは借金を減らすというより、借金で財政が破綻するのを防ぐ考え方じゃ。じゃから国債をゼロにしようとは考えていない。借金で財政が破綻するのはどういう場合じゃろうか。借金の累積額をどんどん増やし続けると破綻してしまう。じゃから、税収の範囲内で支出をしていれば借金は増えない。歳入には国債による収入、歳出には国債の償還や利払いによる支出が含まれるが、こうした国債に関係した項目を全部除いた「税収」と「歳出」を比較してみるのじゃ。これがプライマリーバランス(基礎的財政収支)じゃ。

たとえば税収が60兆円で歳出が60兆円なら、借金はこれ以上増えない。現在の借金をどうするかという問題はあるが、少なくとも破綻する事はない。しかし税収が60兆円で歳出が70兆円なら10兆円の借金を増やすことになってしまう。じゃから、税収と歳出をバランスさせる、プライマリーバランスを確立することが重要ということになるんじゃ。その点ではどの学者もマスコミも意見の相違はない。相違があるのはその方法論じゃ。方法は大きく三つある。

①税収を増やす

ア:税率を上げる・新たに課税する

イ:経済規模を拡大する

②歳出を減らす

ウ:社会福祉の削減・公共投資削減

ア:税率を上げる・新たに課税する

単純計算なら税率を上げれば税収は増えることになる。ただし現在の税制はフロー(世の中を回るおカネ)に課税する方式であるため、税率を上げると景気が悪化してフローが低下し、税収が減少する傾向にある。そもそもデフレはフローが減少するために生じる不況なので、そんな状況でフローに課税すれば、ますますもってデフレが悪化する。じゃからデフレの時に税率を上げても税収が増えるとは限らないのじゃ。ここが増税の判断の難しいところじゃ。

一方、デフレでもストック(金融資産)はどんどん増え続ける。しかも貯蓄過剰と言われる時代じゃから、多少ストックに課税しても景気に与える悪影響はそれほどないと思われる。こうした点から金融資産課税は「過剰貯蓄デフレ時代」に最適な税制じゃろう。また、一部の新聞マスコミ識者は「日本は経済成長しない」と強く主張している。彼らは経済成長しないから税収を増やすためには税率を上げるしかないという。しかし考えてみれば、経済が成長しないということはフロー(世の中を回るおカネ)が増加しないことを意味するからフローに課税しても税収が増えにくいのは当然じゃ。フローが増えないならフローへの課税を強化するのではなく、むしろストックに課税すべきと考える方が自然じゃ。つまり「成長しない日本」論は、課税するならフローではなくむしろストックにすべきだという根拠ともなる。

イ:経済規模を拡大する

企業に例えるなら、経営陣がこの考え方を採用する。企業が借金を増やしても破綻しないのは、たとえ借金を増やしても企業の売り上げ規模が拡大すれば、借金の返済以上の利益を得られるからじゃ。同様に、政府においても果敢に財政出動して経済規模を拡大できれば、財政出動に要した歳出以上の税収を得られるとする考えじゃ。この場合は一部の新聞マスコミ識者の見解と異なり、日本は経済成長できるという前提に立つ。そこで世間では「成長しない日本」と「成長する日本」の学者マスコミの戦いが繰り広げられておる。アホらしいのう。

とはいえ、必ずしも実質経済成長しなくても名目経済成長すれば税収は増える。なぜなら名目成長すれば世の中を回るおカネが増えるからじゃ。仮に実質的な経済成長がゼロだったとしても、インフレになれば名目上の成長を達成する可能性が高い。きわめて大雑把に言えば、経済がゼロ成長でも、インフレ目標2%達成なら名目GDPも2%成長し、税収も2%伸びることになる。理想的とは言えないが、一つの考え方じゃ。もちろん実質1%名目2%成長すれば合計で名目は3%成長する。すると税収はさらに伸びる。

GDPを増加させるうえで、もっとも即効性のある方法はヘリマネじゃと思う。現金を10兆円発行して国民に給付することで、(仮に一部が貯蓄されたとしても、乗数込みで)10兆円の実質GDPを生み出せば、およそ2%の経済成長となる。ちなみに量的緩和で今日日銀が発行している現金は年間80兆円じゃ。

ウ:公共投資削減・社会福祉の削減

企業に例えるなら、財務経理がこの考え方を採用する。とにかく使うおカネを減らせというわけじゃ。これを緊縮財政と呼ぶ。しかし企業の場合もそうじゃが、ただ闇雲に使うおカネを減らせば、短期的に経営は安定してもジリ貧となり、やがて市場で淘汰されてしまう。経済を成長させるための生産性向上、産業技術の研究開発、投資促進などへの支出を減らせばやがて日本は衰退してしまうじゃろう。減らすにしても十分な検討が必要じゃ。たとえば天下り法人(行政法人、特殊法人、特殊会社、公益法人など)への支出見直しや廃止といった分野や、公務員の生産性向上に関する取り組みが最優先されるべきじゃろう。そのうえで公共投資削減・社会福祉の削減というならわからんでもない。しかし、単に財政再建が目的なのであれば、人々の生活に必要な経費を削減する緊縮財政を行なうのではなく、金融資産課税のように富裕層や大企業の資産からおカネを回収して政府の負債を相殺すべきじゃろうと思う。

というか、その前に税金の徴収漏れが毎年10兆円を超えるとも言われておるので、何より「歳入庁」を立ち上げて、しっかりとした徴税の体制を整えることが財政再建の前に最低限必要じゃろう。「歳入庁」の創設は財務省の権限を損なうから、彼らは猛反発しておるようじゃが。

さて、プライマリーバランスが確立されていれば財政は破綻しない。ではそれで良いのじゃろうか。仮にプライマリーバランスが守られたとしても2つの問題があると思われるのじゃ。

一つは「財政の均衡縮小」の問題じゃ。イの経済規模を拡大する方向でプライマリーバランスを図る方向であれば問題ないのじゃが、逆にアの増税やウの緊縮財政によってプライマリーバランスを維持しようとすれば、景気に与えるマイナスの影響が強く、経済活動が縮小してしまう恐れもあるじゃろう。そうなれば税収は伸びなくなってしまう。一方で高齢化に伴って社会保障の必要性はこれからも増大することは確実なので税収が不足し、国民にさらなる増税を課すことになるじゃろう。それは景気をさらに悪化させるため、経済は縮小しつづけることになる。これは「財政の均衡縮小」とも呼ぶべき状況じゃ。財政の健全は維持されるものの経済は縮小し続け、経済の健全性は損なわれる。財政規模も均衡縮小を続ける。最終的には経済が破綻し、社会保障も崩壊するじゃろう。

もう一つは「残された国債」の問題じゃ。プライマリーバランスが確立されても依然として国債は残る。国債がある限り金利を永遠に支払う必要があり、その金利は国民の税金によって賄われる。国民の税金で永遠に資産家や銀行に利益を上納し続ける「国債」は意味のある制度なのじゃろうか。新聞マスコミの「国の借金を返せ」という記事を無数に目にするうち、ワシにはそういう疑問がふつふつと沸いてきたのじゃよ。

C)日銀がすべての国債を保有する

仮に発行済みの国債が残っている場合でも、日銀がそれらの国債をすべて保有した状態であれば国民に直接の負担はまったく発生しない。日銀が量的緩和によってすべての国債を買い切ってしまえばそうなる。なぜ国民負担が無いのじゃろうか。

まず金利支払いについて。国債を日銀が保有している場合、政府は国債の金利を日銀に支払う必要はあるが、政府が日銀に支払った金利は日銀の利益になり、日銀の利益は国庫つまり政府に収められる。つまり政府に戻ってくる。もともと日銀は政府機関じゃから国民の金利負担はない。

次に償還に関して。日銀が保有しようと民間銀行が保有しようと、償還、つまり元金の払い戻しは必ず行われる。ただし、日銀の場合は「借り換え」ができる。借り換えができれば、事実上、返済は先延ばしできる。民間銀行が借り換えに応じるかどうかは企業の損得じゃから借り換えは難しい。しかし、あくまで日銀は主権者である国民のための銀行じゃ(日銀は国民主権から独立しているわけではない)。じゃから政府の要請があれば、日銀が借り換えに応じるのは当然じゃ。そして、日銀がすべての国債を買い取ってしまえば国債がデフォルト(返済不能)するはずもなく、財政危機も生じないため財政再建が完了したと同じことを意味するわけじゃ。

おそらく日銀の保有する国債は今後も増え続けることになるじゃろう。では、日銀はどれだけの国債を保有すべきなのじゃろうか。おそらくその上限はインフレによってのみ決まると思われる。日銀が国債を保有する限り、国債の発行額が大きくなっても借金返済の問題は生じない。ただし国債を発行すると世の中のおカネの量(マネーストック)が増加する。そのため国債を発行しすぎるとインフレを招く恐れがあるのじゃ。とはいえ今はデフレの世の中じゃから、多少インフレになったところで問題はない。とはいえ野放図に国債を発行し続けたのではインフレが激しくなる恐れがある。じゃからインフレターゲットとして、インフレ率2~3%の範囲に収まる程度に国債発行を抑える必要はあると思われるのじゃ。

ところで、デフレ不況の経済環境下では、おカネは富裕層と大企業の貯蓄として貯め込まれ、動かない(通貨の退蔵)。そうなると税収は増えない。時間の経過と共に、おカネはどんどん富裕層と大企業の貯蓄に吸収されて退蔵されるため、世の中を回るおカネは減り続ける。するとますます税収は減る。富裕層と大企業の貯蓄が増え続ける一方で、政府の予算は減り続け、経済はますます縮小を続けることになる。こうなると国債を発行して財政支出することにより、世の中を回るおカネを増やすか、あるいは富裕層や大企業の金融資産に課税しておカネを回収し、そのカネで財政支出するしか経済を維持する方法はないのじゃ。

しかし政治家も新聞マスコミも金融資産への課税を検討する様子はまったくない。もし金融資産課税を導入しないのであれば、通貨の退蔵によって経済が収縮することを防ぐには、国債を発行し続けるしか方法は無い。従って日銀の保有する国債は必ず増え続ける必要がある。ところが国債発行は「国の借金を増やす」として政治家やマスコミも批判的だ。こうなると、国債を発行すれば政府債務が増加し、発行しなければ経済が衰退する。実に馬鹿げたジレンマなのじゃ。まさに不毛じゃ。

新聞マスコミが報道する、財政再建に関するあまりに不毛な記事を目にするうち、そもそも国債の発行という手段でおカネを回そうとすることが間違いなのではないか?と思い始めたのじゃ。

D)政府通貨制度を導入する

政府通貨制度は、財政再建というより「二度と政府が借金しないようにする」ための方法論じゃ。つまり、国債を発行して通貨を調達する代わりに、政府通貨を発行して通貨を調達するのじゃ。このように言えば、世の中のおカネがどんどん増えてしまうと普通の人は感じるじゃろう。確かに増えるのじゃが、しかし民間銀行に国債を売って通貨を調達したとしても同じだけ通貨が増えるのじゃ。つまり通貨発行も国債発行も、どちらも世の中のおカネ(マネーストック)を増やすことに代わりはない(メカニズムの説明はややこしいので今回は省略)。であれば、わざわざ国債発行で借金を増やして通貨を調達するのではなく、政府通貨の発行で通貨を調達すべきじゃ。政府通貨については通貨制度とは何かの記事で説明しておる。

政府通貨を発行すると言っても、流通紙幣を政府が発行すると混乱を招くので、以前にも説明した「10兆円政府コイン」を発行し、これを日銀に預金して、日銀から現金を発行するのが現実的じゃ。こうすれば政府通貨制度を導入しても、おカネはいままでとまったく何も変わることはない。紙幣も通帳も今までとまったく同じじゃ。そして、IMFの研究レポートの中には、政府通貨制度を導入すると政府債務はゼロになり、GDPも20%ほど増加すると主張するものもある。つまり政府通貨制度はあながち禁じ手として封印すべき考えではないということじゃ。

政府通貨による財源調達にも問題はある。それは、富裕層と大企業の資産が無限に膨張することじゃ。政府が調達したおカネは巡り巡って最終的には経済的な強者、つまり必ず富裕層と大企業の貯蓄に化けるからじゃ。そしておカネは動かなくなる(退蔵)。これを繰り返すと世の中がおカネだらけになる。その結果としてインフレリスクを抱える事になる。もちろん、富裕層と大企業の退蔵した通貨がそのまま永遠に死蔵されておればインフレにならない。問題は何らかの社会的な変動などで富裕層と大企業が一気におカネを使い始めた時じゃ。それが、いつ、何をきっかけに生じるかは予測できんがのう。

こうした無益なリスクを拡大することはあまり賢いとは言えないじゃろう。こうした点から、ワシは「財政の根本的な解決法」へ向けて税制の改革が不可避じゃと思うようになったのじゃ。

E)金融資産課税

そもそも富裕層と大企業が通貨を貯め込んで離さないから世の中のおカネが回らなくなる。貯蓄が過剰で動かないからデフレ不況になる。ということは、過剰な貯蓄に問題があるのです。果てしなき貯蓄の増加がゆるされるべきなのか?なぜ国債がここまで膨張するか考えてみると、こうした「動かずに退蔵されているおカネに課税する制度が現代の社会に存在していない」ことが原因だと理解できるはずじゃ。課税されないから貯まり続けるのじゃよ。

そこで「金融資産課税」を新たに創設すべきじゃ。金融資産に課税すれば、それまで課税が不可能だった富裕層や大企業の過剰な貯蓄から税収を得ることができる。家計と企業の金融資産の合計は約2700兆円なので、1%課税すれば消費税10%に該当する27兆円にもなる。金融資産に単純に課税するのではなく、金融負債を控除した金融純資産への課税なら税収額は少なくなるが、それでも相当な税収になるじゃろう。これだけの税収があれば、国債の発行など必要なくなるはずじゃ。このあたりの話は以前に財源とは何か(税制)のところで説明した通りじゃ。

もし「政府通貨制度」と「金融資産課税」を併用するならば、国債を償還して財政再建し、なおかつ、今後は未来永劫に国債を発行する必要もなくなる。これが財政再建の究極の方法じゃとワシは思うのじゃよ。もちろん、他にもっと良い方法があればそれでも良い。単にカネを返せという話でなければ。財政再建といっても考えるべきことは多い。ワシの考えは考え過ぎだと思うかも知れんが、そんなことはないはずじゃ。

「借金を返す」というのは身の回りの常識つまりミクロ的な視点から言えば常に正しい。ところが経済全体つまりマクロ的な視点で考えると単純にそうならない。経済を考える際には、常にミクロとマクロの両視点からバランスよく考える必要があると思うのじゃ。