未来へ向けての課題

A 未来へ向けての課題 2021.1.12

A-1 テクノロジーの進化

テクノロジーの進化は常に人間の社会に大きな影響を与えてきたことを十分に踏まえる必要がある。狩猟生活から農耕へ、農業革命、産業革命は、すべてテクノロジーの進化がもたらしたものであり、それらが社会の仕組みを大きく変えた。人間に代わる機械の登場は、次なる大きな社会変化の起点となることは間違いない。こうした技術として、人工知能、ロボット、完全自動生産工場、3Dプリンタが挙げられる。

かつて財の生産はすべて人力によって行われており、こうした時代では、人間の労働力が極めて重要であった。機械化が進展するにつれて、市場における人間の労働価値は常に低下してきた。産業革命当時はそれが如実に顕在化し、労働者が使い捨てのように扱われるに至った。現代ではそれは是正されてきたが、機械化が人間の労働価値を下げることに違いはない。市場経済においては、市場原理を通じて、機械化が、常に労働者を貧困に貶める力学が働く。

10年程度の未来ならいざいらず、30年後であれば確実に「一部の活動を除き、人間の労働力が必要ない社会」が到来する。人間に代わるほどの能力を有する機械の登場は、人間の労働価値をかつてないほどに低下させ、技術的失業が増加して所得を失う生活困窮者が溢れることになる。

また、高齢化に伴う高齢者人口比率の増加とは、非就業者(=失業者)の増加を意味する。こうした状況において社会の生産力を維持するには、人間の労働に依存しない生産体制の確立が必要であり、それらはテクノロジーの進化によって対応が可能である。しかしこれは、技術的失業と同じ状況をもたらす。つまり、高齢化社会も技術的失業も、テクノロジーの進化と失業者(=非就労者)の増加が同時に起きる現象であり、所得に関する共通の問題が発生する。

生産資本が増加し、生産能力も拡大し続ける時代にあっては、労働当たりの生産性の向上には意味がなくなり、資本の独占による経済効果も失われるようになり、資本主義というシステムは、より豊かな社会を実現するためというより、既得権の単なる維持のためだけに利用されるようになるかもしれない。

(参考)

日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に(野村総研

https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf

A-2 グローバリズムの拡大

今日の世界各国の指導者は、ほぼ一様に、無批判に、経済のグローバル化(人、モノ、カネの移動の自由)を推進しており、こうした現状から言えば、今後も経済のグローバル化が拡大することになろう。経済のグローバル化は、先進国が労働価格の低い地域に生産工場を移転することで、世界の供給力を拡大してきた。あるいは、先進国においては、移民を受け入れることで労働力の不足を補ってきた。テクノロジーの進化がまだ不十分な時代においては、労働力こそが富の源泉であり、グローバリズムが世界の富の生産増に寄与してきた面があった。

しかし同時に、グローバル化は人々の所得格差を拡大し、移民と既存の国民の間における軋轢を生み、社会を分断し、テロの温床となり、多くの不幸を生み出してきた。それでもなお、世界の指導者達は、こうした事態を直視して根本的な対策を講じるようには見えず、ゆえに人々の不幸が解決される見込みはない。そして長期的には、グローバル化による移民の増大により、「多様性を尊重する」という大義名分とは裏腹に、世界の文化の多様性は失われる。また、経済のグローバル化が途上国の経済成長を押し上げる一方で、途上国において大規模な環境破壊、あるいは人口爆発を引き起こし、将来に問題を引き起こす恐れがある。

また、テクノロジーの進化は経済のグローバル化(人、モノの移動の自由)を不要とする方向へと進化を続けている。人工知能やロボットは労働力コストを激減させ(移民・途上国での生産の必要性が低下)、3Dプリンタや完全自動生産工場は、あらゆるものの現地生産を可能にし(自由貿易の無意味化)、リサイクルや資源テクノロジーは、資源の輸入の必要性を低下させる。また、テクノロジーの進化により全世界の生産能力が過剰となり、貿易戦争を激化させる。こうした状況と、今日における経済のグローバル化推進をどのように整合するのか、世界の政治にはまったく見えない。

一方、経済以外の部分におけるグローバルな結びつきは、ますます重要になってくる。地球温暖化の問題や、様々な紛争の根源となる貧富の格差や人口爆発の問題、あるいは、地球における資源の共同利用といったテーマ、それらを世界のすべての人々で解決しなければならない時代になるだろう(人類という共同体)。

A-3 世界人口の激増に伴う資源枯渇・環境破壊

世界の人口は現在およそ77億人であるが、30年後には100億人に近づくとされる。増加のペースは徐々に鈍化しつつあると言われているが、それでもおよそ20億人も人間が増加するということは、簡単に言えば、日本が20個も新たにできることと同じである。そのすべての人の生活を満たすために必要とされる資源の量は莫大である。従って人口の爆発的増加は資源の枯渇と環境破壊をもたらす。鳴り物入りで大騒ぎしている二酸化炭素排出の問題が仮に解決できたとしても、地下資源を採掘するため土地が掘り返され、汚染物質が放出され、森林は農地になり、世界中の海洋の魚が取りつくされてしまう。そして、人口が増えすぎれば、そのすべての人の生活水準を現在の先進国レベルに押し上げる(先進国と途上国の格差を解消する)ために必要とされる資源が、量的に不足することになる。そのため国際紛争を引き起こすだけでなく、国内においても格差を解消することが不能になり、治安が悪化し、政治が過激化する恐れがある。

ゆえに、途上国における人口の爆発的増加を抑える必要があると同時に、先進国のライフスタイルも見直しが必要となるだろう。そして、リサイクルや代替資源テクノロジーの開発が急がれることはもちろん、そもそも「大量生産・大量消費」でなければ維持できない現代の資本主義経済システムを根本的に改革する必要に迫られることになる。

(参考)

時の話題 世界人口70億人を突破-地球はどれだけの人口を養えるのか

https://www.og-cel.jp/search/1195842_16068.html

ウィキペディア 世界人口

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%BA%BA%E5%8F%A3

A-4 紛争の激化と安全保障

グローバル経済がもたらした社会の格差と分断は、過激で排他的な政治運動を引き起こしたが、さらに各国で資源の争奪戦が激化するようになると、さらに政治が過激化し、国際関係は極めて不安定な状況に突き進む恐れがある。それでなくとも中国やロシアのような独裁政権が、対外的な危機を利用してさらに軍事的に過激化すれば、局地的な侵略戦争を仕掛けてくるかもしれない。日本においては、尖閣諸島と沖縄が対象となるはずだ。

戦争においてもテクノロジーの進化は大きく影響すると考えられる。つまり無人兵器である。前時代の戦争では、兵器もさることながら、兵士の数がモノを言う時代だったが、無人兵器となれば、操作する兵士が必要とされないため、人口の多い国が必ずしも強いとは言えない状況になる。これは経済戦争においても同じであり、人口の多いことが必ずしも国力に直結するとは限らない。むしろ資源の確保が国力を決めると思われる。また、宇宙およびサイバー空間での戦いがさらに熾烈を極めるようになる。サイバー空間での戦いも、これまでと違って、大国が必ずしも有利とは限らない。戦略によっては、小国が大国に負けないほどの破壊力を有することが可能になるかも知れない。

国際的には平和とは反対の方向へ向かう懸念が強いため、日本においても軍事的な安全保障のための投資を怠ることはできない。その一方で、限られた地球の資源を、世界中の国々が、戦争のために浪費することほど馬鹿げた事はない。軍縮に対する取り組みが余りにも貧弱だと言える。具体的な取り組みに関する人々の意識も低い。このままでは、「平和」というのは、自己満足のためのお題目で終わる。この矛盾は極めて深刻だが、解決方法を何としても見出さねばならない。

また、中国共産党のようにグローバル経済を逆手にとって、自らの利権を拡大するために利用するような国がある(米国も似たようなもの)ことは明白であるため、安全保障の観点から、節操なく自国経済をグローバル経済に依存することは、安全保障上のリスクを抱え込むようなものである。そもそも生活必需品の生産を海外に依存し、その代わりとして外国人観光客のインバウンドを呼び込まなければ生活できないような経済は、国際分業ではなく、経済が病的状態なだけである。しかし、本質的な改革を行わない限り、日本はますます「必要のない産業に依存する度合いを深める」ことになる。

A-5 財務省主導の財政再建による日本経済の破綻(最も低知能レベルの問題)

高齢化に伴い、社会保障支出(年金)が増大しつつある。また、国債の発行残高は1000兆円を超えており、こうした状況から、財務省は財政再建を主張しており、税収と財政支出を均衡させ(プライマリーバランス)、国債の発行残高の縮小を目指している。多くのマスコミや識者もこれに同調している。こうした動きは、財政再建といわれる。しかし、一見すると正しく見える財政再建であるが、実際にはこれによって日本経済が深刻なデフレ不況に陥ることになり、30年後には、再起不能になる。

そもそも経済の本質から考えてみると、少子高齢化に伴う労働者人口の減少は、生産資本の増強(機械化)によって補填可能なものである。生産資本の増強は技術開発と設備投資によって実現できるものであり、こうした政策が急務となる。一方、どれだけ財政収支を改善しても、その行為による生産資本の増強は、まったく期待できない。単に、財務諸表が改善するだけである。つまり、経済の本質から言えば、財政再建は少子高齢化の問題を、何ら解決できない。それどころか、少子高齢化の問題をかえって複雑にする悪要因である。なぜか?

経済の本質から言えば、たとえ少子高齢化であっても、機械化によって自動的に財が生み出される生産システムが実現すれば、日本の総生産力が低下することはない。これは急速に進化しつつある人工知能やロボット、完全自動生産工場によって実現する。つまり、技術への投資をどんどん進めれば、何ら心配はないのである。あとは、生産された財を満遍なく国民に行き届ければいいだけである。

ところが、どれほど財の生産が潤沢になったとしても、家計からの税収は減り続けることになる。なぜなら、少子高齢化に伴って、就労人口が減り続けるからである。現在の年金の基本構造は「所得移転」なので、消費税だろうと何だろうと同じことである。ちなみに消費税は、年金生活者の年金から徴税することで、表面上の年金支給額を減らすことなく、実質的に年金支給額を減額する仕組みであるため、まったく持続不能である(例えば、年金支給月額が10万円で、消費税として5万円を支払う社会になる=所得が移転しない、カネが行って戻るだけという詐欺w)。つまり、この構造こそ、年金の問題に直結している。

極端な例え話をすれば、様々な商品やサービスが自動生産によって潤沢に作り出され、市場に山積みになっているにもかかわらず、年金生活者にはそれを買い取る所得が無いため、貧困で苦しみ、飢えで死ぬ人や自殺者が多発する。その一方で、企業としては、せっかく生産したにも関わらず、売れ残りが大量に発生して価格が下がり、利益も出ない。日本の市場はますます魅力に乏しいものになる。これがおかしいことは、小学生にでもわかることだ。問題の解決方法は簡単である。カネを国民に配ればよい。ただそれだけだ。

ところが、政府にはカネが無い。就労人口が減少するのだから、家計からの税収が減るのは当たり前である。すなわち、これまでとはまったく異なるコペルニクス的な転回が無ければ、問題を解決することは不可能である。税制や税率を多少いじった程度では、まったく意味がない。にもかかわらず、財務省は昔ながらの財政の仕組みをまったくそのままに、「財政再建まったなし」などと称して、むしろ年金支給額を減額しようとするのである。そして国会議員もマスコミも、先に述べたような考察を行うことなく、「借金は悪いことだ、年金支給額は抑制すべきだ」というのである。こうした流れが主流派になっている現状を見る限り、30年後における日本経済の破綻は不可避といえる。こんな低知能で馬鹿な課題は、聞いたことが無い。

※後日、修正、追加する場合があります。