残業代ゼロ法案と仕事の生産性

2017.7.28/2018.4.22改訂

(ねこ)

労働基準法の改正案、いわゆる「残業代ゼロ法案」がまた騒がれ始めたのにゃ。労働時間ではなく成果に基づいて賃金を支払う制度のことにゃ。何時間労働しても、成果が同じなら給料は同じって話だにゃ。成果に基づく賃金制度は「生産性が向上する」って新聞に書いてあるから、生産性が高まっていいことなのかにゃ。

(じいちゃん)

確かに新聞マスコミには成果に基づく賃金は「生産性が高まる」と書いておる。一般の人々は「生産性が高まる」と聞けば良い事じゃと思う人が多いじゃろう。なぜなら「生産性の向上」と聞くと、多くの人は短時間の仕事でたくさんのモノやサービスを生産するようになることだと考えるからじゃ。つまり生産性の向上とは、仕事の効率向上(生産効率の向上)のことだと考えておるじゃろう。

(ねこ)

そう思うにゃ。生産性の向上と仕事の効率向上は同じじゃないのかにゃ。

(じいちゃん)

基本的に別だと考えた方が良いじゃろう。というのも、生産性には2つの種類があるからじゃ。一つは「モノやサービスの生産効率」のことじゃ。これは「物的生産性」と呼ばれる。普通の人が生産性と聞けば、この物的生産性をイメージする。これは短時間で効率的に仕事をこなす、仕事の効率性のことじゃよ。

もう一つは「利益に換算した場合の生産効率」のことじゃ。これは「付加価値生産性」と呼ばれる。これは短時間でどれだけ利益をあげるかというおカネの観点からみた生産性のことじゃ。これは利益を追求する企業が重視する指標じゃよ。

つまり生産性は「モノやサービスで考えた場合」=物的生産性と「おカネで考えた場合」=付加価値生産性の二種類がある。新聞マスコミはこの両者を混同して用いるため、勘違いを招き易いから要注意じゃ。

(ねこ)

物的生産性と付加価値生産性はどんな風に違うのかにゃ。

(じいちゃん)

たとえば付加価値生産性は、次の計算式で定義されておる。

(付加価値生産性)=(付加価値の量)÷(総労働時間)じゃ。

この式だけ見れば、仕事の時間効率を高めると生産性があがると思うじゃろう。しかし、付加価値の生産量も総労働時間も金額で換算されるから、この式はおおよそ次のように書き換えることができる

(付加価値生産性)≒(売り上げによる利益)÷(賃金コスト)となる。

売り上げによる利益とは、売り上げ金額から製造原価、販売経費などを引いた金額とする。こうしてみると、生産性から「時間」という視点は消えてしまう。つまり生産性は必ずしも労働時間とは関係がないことがわかるじゃろう。

例えば、景気が良くなって売り上げが増えると利益が増加するので、それだけで生産性が向上することがわかる。つまり世の中の景気が良くなって商品がバンバン売れるようになると、それだけで生産性は向上するんじゃ。社員が仕事の効率を高めなくても、景気が良くなるだけで生産性は向上する。

また逆に、景気が悪くて売り上げがまったく伸びなくても、賃金コストが減少するとそれだけで生産性が向上することがわかる。つまり世の中の景気が悪いままでも、リストラや賃金をカットすると、それだけで企業の生産性は向上するのじゃよ。従って、ある意味では生産性の向上と、社員の仕事の効率化は関係ないと考えることもできる。

まさに「残業代ゼロ」はこれなんじゃよ。残業代をゼロにすれば、それだけで賃金コストが低下するから、仕事が効率化しようがしまいが生産性は向上する。すると新聞マスコミが「残業代ゼロによって生産性が向上しました」と記事に書き、多くの人は「ああ、仕事の効率が高まったんだね、よかったよかった」と言うわけじゃよ。ばかばかしいのう。

(ねこ)

うみゃ~、知らなかったのにゃ。生産性の向上と仕事の効率向上は同じだと思っていたのにゃ。効率よく仕事すれば生産性が上がると思っていたにゃ。

(じいちゃん)

確かに仕事の効率を向上させると、同じ時間内に生産されるモノやサービスの量が増えるから生産性が向上するんじゃ。これは「物的生産性が向上した」ことになる。これはこれで大切なことではある。しかし物的生産性が向上したからといって、付加価値生産性が高まるとは限らないのじゃよ。

例えば、いくら社員が仕事の効率を高めて多くのモノやサービスを作り出したとしても、景気が悪いままだとそれらの商品が売れ残ったり買い叩かれたりするじゃろう。すると売り上げは増えない。売り上げが増えないならば、付加価値生産性は向上しないのじゃ。

つまり、たくさん生産された分だけ、たくさん売れれば、売り上げによる利益が増えるから、付加価値生産性は向上する。しかし消費者におカネがなければ、いくら作っても売り上げは増えないじゃろう。すると、労働者がどれほど苦労して仕事の効率を向上させても付加価値生産性があがらないことになる。

(ねこ)

ん~、それじゃあ景気が悪いままだと仕事の効率を高める意味はないにゃ。

(じいちゃん)

普通はそう思うじゃろう。しかし企業の立場から言えばそうではない。仕事の効率が高まれば、同じ量の商品を生産するのに必要な労働者の数が少なくなる。そこで企業は労働者を首にして、賃金コストを減らし、付加価値生産性を高めることができる。つまり不況でもリストラによって生産性を高めることができる。じゃから新聞マスコミの「生産性の向上が必要だ」という話をすんなり受け入れてはいかんのじゃよ。

(ねこ)

ひどいにゃ、ひどいにゃ、労働者がふんだりけったりだにゃ。企業も労働者も得する良い方法はないのかにゃあ。

(じいちゃん)

ある。国民に給付金を支給しつつ仕事の効率化、残業時間の短縮化を行えば良いのじゃ。それがヘリコプターマネーやベーシックインカムと呼ばれる手法じゃ。すべての国民に毎月おカネを支給すれば、国民の購買力が高まる。すると仕事の効率向上によってたくさん作られたモノやサービスは売れ残ることなくすべて売れるじゃろう。すると企業の売り上げが増えるから、仕事の効率(物的生産性)だけじゃなく、付加価値生産性も向上するんじゃ。仮に残業代がゼロになっても、代わりに給付金をもらえるから所得が減る心配も少なくなる。まさに企業も労働者も得をするんじゃ。

(ねこ)

すごいにゃすごいにゃ。ヘリコプターマネーで国民におカネを配りながら、労働時間の効率化をするべきだにゃ。

(じいちゃん)

仕事の効率を高めるのは良いことじゃし、労働時間が短くなるのも良いことじゃ。問題はそれで労働者の所得が減ってしまう恐れがあることなんじゃ。じゃから政府の勧める「脱時間給」に反対するのではなく、それらと引き換えにヘリコプターマネーやベーシックインカムを要求すれば良いのじゃ。ヘリコプターマネーやベーシックインカムの実現がなければ、脱時間給に一切応じる必要はないのじゃ。

ところが、拝金主義の自民党は当然としても、どの野党もそんな政策は提案しない。労働組合にもそんな話はまったくない。どの連中も「おカネを国民に配る」ことには反対らしい。国民の生活が第一ならぬ「カネの価値が第一」なんじゃよ。

まあ、そんなわけで、国民の大部分は「生産性の向上(付加価値生産性)と仕事の効率向上(物的生産性)」を混同しておる。もちろんその原因は新聞マスコミが付加価値生産性と物的生産性をきちんとわけて説明せず、ごちゃまぜにして「生産性」の一言で片付けておるからじゃ。そして新聞マスコミが「生産性の向上のために脱時間給・・・」と書けば、多くの人々が「しかたない」と納得してしまう。もちろんそれが新聞マスコミの狙いじゃ。だから新聞マスコミは「生産性向上・生産性向上」を連呼し、生産性を錦の御旗にして国民の労働強化に向けてまい進しておるのじゃよ。

騙されてはいかん、まず最初に行うべきなのは「国民におカネを給付して国民の購買力を向上させること」じゃ。そうすることで初めて、みんなが考えている生産性の効果が実現できるのじゃ。