ヘリコプターマネーとバランスシート

2016.7.3

(じいちゃん)

最近何かと話題になり始めたヘリコプターマネーについて考えてみよう。

(ねこ)

ヘリコプターマネー、ヘリマネって、あのヘリコプターから現金を撒くってヤツかにゃ。そんなことするとインフレになって大変だとか、おカネが棄損するとかいろいろ言われているにゃ。

(じいちゃん)

ヘリマネと言っても本当にヘリコプターから紙幣を撒くわけじゃなくて、国民への給付金のことを言っておるんじゃな。ヘリマネは狭義の意味では給付金のことじゃが、広義で言えばおカネを刷ってそれで公共事業を行ったり、学費を無料化したり、消費税を減税したりなど財政支出全般を指す方法を意味するんじゃ。日銀がおカネを発行して財源にする点が他の方法とは違う点じゃ。そして、日銀がおカネを発行して財源とすることを「財政ファイナンス」と言って、新聞・マスコミ・御用学者が禁じ手だと騒いでおる。

ところで、日銀がおカネを発行すると言えば、現在でも日銀が量的緩和政策で年間80兆円の現金を発行しておる。これについては財政ファイナンスだと言わない。ヘリマネの場合も日銀がおカネを発行するが、ではどこが違うのじゃろうか?

(図F-1)ここでは、量的緩和(=買いオペレーション)とヘリマネのそれぞれで、日銀と銀行のバランスシートがどのように変化するか見てみよう。まず上の図は量的緩和の場合じゃ。量的緩和ではまず①日銀が銀行の保有する国債を買い取りそれを日銀の資産として計上し、②それに応じて負債として日銀当座預金(現金)を発生し、③銀行の日銀当座預金口座へ送金する。これにより銀行の日銀当座預金が増加するため、銀行の保有する現金つまりマネタリーベースが増加する。一方、マネタリーベースが増えてもそれは銀行の中にあるだけじゃから、世の中のおカネであるマネーストックは一円も増えない。前回も説明したように、実際には国債を民間銀行が買い入れた時に、すでにマネ―ストックは増加している。そのため、量的緩和の意味は、過去に増やしたマネーストックの裏付けとして現金を銀行の金庫に供給しているだけとも言える。

次に下の図はヘリマネの場合じゃ。ヘリマネでは①日銀が政府から直接に国債を引き受ける(買い取る)、②それを資産に計上して負債として日銀当座預金を発生させ、これを政府の口座に振り込むことになる。③その現金を使って政府が財政支出を行い、たとえば政府が現金で企業や家計に支払らったとする。企業や家計がその現金を銀行へ預金すると④銀行の預金が増加し、同時に銀行の保管する現金も増加する。実際には振り込みや手形で支払われるが、結果的には同じことになる。この時、銀行の保有する預金が増加するので世の中のおカネであるマネーストックが増加する。つまり、貸し出しが増えなくてもマネーストックが増加するんじゃ。一方、銀行の保有する現金の量も増加するためマネタリーベースも増加する。つまり量的緩和と同じ効果がある。

以上をまとめると、次のようになる。

①量的緩和はマネタリーベースは増やすが、マネーストックは増やさない。

②ヘリマネはマネタリーベースを増やし、マネーストックも増やす。

新聞・マスコミ・御用学者がいろいろ発言しておるが、実際の違いはこれだけじゃ。とはいえ、その違いは大きい。ヘリマネはマネーストックを直接に増加させるため、インフレ効果が高い。現在のようにデフレに逆戻りするような状況では、ヘリマネを採用するには絶好の機会じゃろう。また円高が進行中じゃが、ヘリマネでマネーストックが大きく増えるから円安効果は高いと思われる。もちろん、ヘリマネを財源にして国民に給付金を支給すれば消費が増えて景気が回復し、国民も消費財を購入することで生活が向上する。

ヘリマネを実施するとハイパーインフレになると騒ぐ連中もおるようじゃが、基本的にインフレターゲットの範囲内で行う分にはその心配は無い。心配なら法制化して、たとえば有効期間3年の法案にすれば、ヘリマネは3年以上は続かないし、もし坂道を転げるようにインフレが止まらなくなるというなら、それは過度な信用創造で預金が増加を続けることが原因なので、預金準備率を引き上げれば止まるじゃろう。仮に準備率100%にすれば通貨供給量(マネーストック)は中央銀行のマネタリーベースによって完全にコントロールできるので、インフレは起きないと思う。

(図F-2)ヘリマネの方法として、先ほどは国債によって通貨を発行したのじゃが、他にも方法がある。それが政府コインの発行による方法じゃ。これはアメリカのオバマ大統領が検討したこともある方法じゃ(実行はされなかった)。政府には当然ながら通貨の発行権がある。政府は現在、500円以下の貨幣しか発行しておらんが、この金額を大きくすれば良いのじゃ。やり方はこうじゃ。まず①政府が政府コインを発行し、それを日銀に預け入れ、日銀がそれを資産として計上する。②それに応じて負債として日銀当座預金を発生し、政府の口座に振り込む。③政府がそれを引き出して財政支出を行うという流れで、あとは同じじゃ。日銀が国債を引き受けた場合と、ながれはほとんど一緒なんじゃよ。

(図F-3)では、日銀にとって量的緩和、日銀の国債引き受け、政府コインのどこが違うのか。日銀のバランスシートを3つを並べてみた。恐ろしいほどそっくりじゃ。

量的緩和と日銀引き受けの違いは、国債を何処から買うかの違いだけ。日銀にとっては何も変わらん。ただし、量的緩和の場合は市場取引じゃから、国債金利があまりにも低くなってマイナス金利で日銀が買うことになれば損失を出す。日銀引き受けの場合は額面どおりの取引だからマイナス金利による損失の心配はない。日銀にとっては直接引き受けの方が良いじゃろう。そして、どちらにしろ国債は政府によって償還される(返済される)。政府が償還する場合は、税金として国民からマネーストックを回収して相殺することになる。つまり、その時点で世の中のおカネは消える。

日銀引き受けと政府コインの方法の違いは、資産として国債を計上するか政府コインを計上するかの違いしかない。とはいえ、国債は償還(返済)する必要があるし、償還の期日が明確なのに対して、政府コインの場合は償還されないので、永久に日銀の資産として留まり続ける可能性があるということじゃ。国債として計上すれば、いずれ償還の際に世の中のおカネを減らすことになるが、政府コインの場合は世の中のおカネを減らす事はない。そこで「世の中のおカネを消す必要があるかどうか」が論点となる。そして、もしおカネを消す必要があるとすれば、誰が保有しているおカネを消すかが問題となる。が、その話はここではしない。

以上より、

①量的緩和はマネタリーベースは増やすが、マネーストックは増やさない。

②ヘリマネはマネタリーベースを増やし、マネーストックも増やす。

③ヘリマネは量的緩和の効果と財政支出の効果の両方を併せ持つ。

④日銀にとって量的緩和、国債引き受け、政府コインによる通貨発行は非常に似ている。

⑤量的緩和は日銀の損失リスクあるが、引き受け、政府コインに損失リスクはない。

「日銀の国庫納付金が減る」という意味のない主張もあるが、そもそも営利団体ではない日銀の納付金は本来はゼロで良い。日銀は税金で維持されるべき行政機関であって財務省などと同じ。しかも日銀が国債で利益を得るとすればその財源は税金であり、国民から税金として集めて国庫に納付していることと同じ。それがゼロになれば、税金として徴収される額もゼロになるだけ。

⑥ヘリマネのリスクは唯一インフレ。

インフレターゲットの範囲内で供給する分には過度のインフレの心配はない。また政策はすべて法案で決められるのだから、一度始めたらやめられなくなるという理由は無い。ただし、そもそもヘリマネなしに現代の経済システムが機能しなくなっている可能性はある(実質金利が永遠にマイナス)。この場合は根本的に通貨システムや税制の変更を余儀なくされると思うのじゃ。

なお、マネタリーベース、マネーストック、国債の関係を言えば、

・国債を銀行が買うとマネーストックが増える

・その国債を日銀が銀行から買い取るとマネタリーベースが増える

・マネーストックとマネタリーベースを同時に増やすのがヘリコプターマネー

だから、

大騒ぎする話ではまったくない。今日でも、政府が国債を発行して銀行が買い、同時に日銀が銀行から国債を買っているので、同時に行っていると解釈することも可能(ただし個々の国債を見ると時間差がある)。

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