金融政策とは何か

2016.5.19

<金融政策・総論>

(じいちゃん)

金融政策の基本的な目的は世の中のおカネを増やして景気を良くする事じゃ。通貨制度の記事で説明したように、現代の通貨制度におけるおカネは借金として世の中に供給される仕組みになっておる(信用通貨)。従って世の中のおカネを増やすためには、世の中の借金を増やさねばならない。企業や個人は金利が低いほどおカネを借りやすくなる。従って金利の操作が金融政策の基本なんじゃ。日銀が行っている量的緩和も実は金利操作の一種なのじゃよ。

ところで、高度成長期のように経済成長率が高かった時代には、おカネを借りる人が多かったため、この金利操作はとても効果的じゃった。ところが現代のように経済成長率が低くなると企業は儲けが出にくくなるため、おカネを借りる企業や個人がどんどん減り、いくら金利を下げても借りる人がいなくなってしまった。これが低成長の時代における金融政策の弱点じゃ。

また企業や個人が借りたおカネをどのように利用するかは自由じゃ。そのため、このおカネが産業への投資に向けられれば健全な経済成長を促すが、株や不動産などの資産市場へ流れればバブル経済を引き起こしてしまうし、個人消費に向けられるとローン破産などで個人が荒廃するリスクも生じる。アメリカのサブルライムローン・バブルも個人の住宅ローン(負債)によって生まれた。

また、いくら世の中のおカネを増やしても、それが貯蓄されてしまうと意味が無い。日本では政府の借金(国債)によって1000兆円以上のおカネ(信用通貨)が供給されておるが、それらのおカネは家計の金融資産約1700兆円と企業の金融資産約1000兆円の一部として貯め込まれたままじゃ。投資や消費意欲の強い時代ではおカネが増えれば使う人も増えたが、現代ではおカネが増えても貯め込まれるだけ。じゃから金融緩和だけで景気回復させることは簡単ではないんじゃ。

(ねこ)

ふ~ん、難しいにゃ。ところで金利の操作ってどうやるのかにゃ。

(じいちゃん)

金利の操作にはいくつかの方法がある。代表的な方法を説明してみよう。

<①金利政策(伝統的手法)>

通貨制度で説明したように、日銀が現金を発行しただけでは世の中のおカネは増えない。日銀の発行した現金を民間銀行が借り、民間銀行がそのおカネを元に企業や個人に貸し付けを行う事で、はじめて世の中のおカネが増えるんじゃ。じゃから、金利政策の基本は「日銀が民間銀行に現金を貸し出す際の金利を上げたり下げたりする」ことなんじゃよ。これは古くから中央銀行が使っていた手法であることから「伝統的手法」と呼ばれるんじゃ。日銀が銀行に現金を貸し出す際、以前は日銀が各銀行に直接貸し出しをしていたので、この金利を昔は公定歩合と呼んでおった。いまはコール市場(銀行間取引市場)を通じて貸し出しされるので、政策金利と呼ばれるようになった。いずれにしろ日銀の貸出金利を操作する方法じゃ。しかし世の中が不況になって企業も個人もおカネを借りる人が減ると、銀行が日銀からおカネを借りても貸出先がない。だから日銀がゼロ金利にしても貸し出しが増えなくなってしまう。金利をゼロ以下にはできないので、金利政策は行き詰ってしまう。

また、もう一つの伝統的手法として「公開市場操作(買いオペレーション・売りオペレーション)」という手法が以前からあったんじゃ。これは民間銀行の保有する国債を日銀が買い入れたり、逆に国債を売却したりすることなんじゃ。国債は借金の一種じゃから金利の支払いが必要じゃ。この金利が国債を買う投資家などの儲けになる。日銀が国債を買い入れると市場では国債の需要が増えるため、低い金利でも国債が売れるようになる。国債の金利が下がると国債を買っても儲けが少なくなるので、国債を買うよりも企業などにおカネを貸した方が儲けが出る。するとそっちのほうへおカネが回り始め、企業への貸し出し金利も低下する。つまり国債金利の低下に引っ張られるようにして、企業や個人への貸出金利も低下する。これも金利操作の一種なんじゃ。

ところが、あまりにも景気が悪いため、国債の金利がほどんどゼロになっても、おカネを借りる人が増えない事態になった。伝統的な手法は、これでお手上げじゃ。そこで非伝統的手法として「量的緩和」が行われるようになった。他にも伝統的手法として「預金準備率操作」があるが、ほとんど行われないので説明は省略する。

(ねこ)

なるほど、伝統的な手法だともはや打つ手がないから非伝統的な手法になったんだにゃ。

(じいちゃん)

そうなんじゃ。需要が低迷して経済が成長しない時代になると、金利で経済を動かすのは難しくなる。じゃから、金利操作も強烈なヤツを使おうという話なんじゃな。

<②量的緩和政策(非伝統的手法)>

量的緩和政策は特殊な方法じゃが、これも目的は金利を操作することにある。日銀が金利政策を行って民間銀行の貸出金利をどんどん下げても、民間銀行が企業などに貸し出す際の契約書上の金利はゼロ以下にできない。しかし実質的な意味での金利をゼロ以下にすることは可能だと考えるのじゃ。契約書上の金利は「名目金利」と呼ばれ、実質的な意味での金利は「実質金利」と呼ばれる。もし物価がインフレになると、名目金利がゼロだとしても実質的に金利はマイナスになるんじゃ。どういうことか。

簡単に言えば、インフレだと借金が返済しやすくなるため、金利負担が軽減されると考えれば分かりやすい。インフレになると企業が売っている商品の価格が値上がりする。すると売れる量が増えなくても企業の売り上げ総額は必ず増加する。売上が増えれば表面的な利益が増えるため借金の返済が楽になるというわけじゃ。このためインフレの分だけ金利負担が軽くなり、「実質金利=名目金利-インフレ率」の関係となり、名目金利がゼロでもインフレになれば実質マイナス金利の状態となるんじゃ。

とはいえ、現在はデフレじゃ。とてもインフレになるとは思えない。そこで市場心理に働きかけることで、市場に「インフレになるぞ」と思い込ませることが必要となる。これが「インフレ予想」と呼ばれるもので、人々がインフレになると信じると、本当にインフレになる。おかしな話に聞こえるが、市場ではそういう、おかしなことが当たり前なんじゃ。たとえば株が値上がりすると人々が信じると、多くの人が株を買うため、本当に株が値上がりする。逆に株が値下がりすると人々が信じると、多くの人が株を売るため本当に株価が暴落する。そして、人々がインフレになると本気で信じると投資が増えて、本当にインフレになるという寸法じゃよ。

ただし「人々が信じるか、信じないか」が問題となる。そこで日銀が「インフレターゲットとして2%を目標とする」と宣言するんじゃ。そして口だけでは信用されないので、日銀が現金を発行して国債をガンガン買い入れるんじゃ。しかもサプライズなほど大規模に行う。一般には現金を増やすと景気が過熱してインフレになると信じられているので、人々は「日銀は本気でインフレにするんだな」と考えるから、インフレ予想が成立するというわけじゃ。

そんなわけで、安倍政権に交代してすぐに行われた量的緩和によりインフレ予想が成立し、貸し出しも徐々に増加して実際にインフレ率が上昇し始めたんじゃ。ところがその最中に消費税を増税したもんだから、人々の間に疑念が生じたんじゃな。「本当にインフレになるの?」。そもそもインフレ予想は「心理」じゃから不安定なんじゃ。そこに増税などしたものだから心理は逆転。そこへ米国の利上げと中国経済の減速が来て、いよいよ人々は「インフレにならない」と予想した。すると本当にインフレ率が下がってきた。こうなると金利がゼロだろうと、国債の金利がマイナスだろうと実質金利が下がらないのでお手上げじゃ。まあ、消費税の増税で「インフレ予想」は、ぶちこわしというわけじゃよ。

(ねこ)

財務省は空気をよめないヤツだにゃ。ぶち壊しにゃ。

(じいちゃん)

まったくじゃ。財務省が基本的に政策を理解しておらん証左じゃろう。

なお、量的緩和においては、現金を発行して銀行から国債を買い取っておる。そのため現金が増えて「ハイパーインフレになる」と騒ぐ人がおるが、先に説明した通貨制度を理解しておればそんなことはないとわかる。なぜなら、世の中のおカネは誰かが銀行から借金しないと増えない、つまり、日銀がいくら現金を発行して銀行へ供給しても、借りる人がいないと現金は銀行止まりなんじゃよ。こうして銀行に現金が積まれたままになる現象を、俗にブタ積みという。もしハイパーインフレになるとすれば、企業や個人がすさまじい金額の借金をする必要がある。そんなことはあり得ない。つまり、マスコミが言うように、おカネを刷ればおカネの価値が落ちるわけではないのじゃ。市場経済では、おカネの価値すら市場で決まるのじゃ。

<③マイナス金利政策(非伝統的手法)>

マイナス金利は前代未聞の手法じゃが、これも目的は金利の操作にある。これを簡単に説明するのは難しいんじゃ。マイナス金利について新聞マスコミは「民間銀行が日銀に預けている預金の金利をマイナスにする(手数料を取る)」と言っておるが、おそらく一般の人には意味不明じゃろう。そもそも民間銀行(銀行)が日銀にあずけるほど天文学的な現金をいつ、どこからもってきたのか?もともと持っていたのか?マスコミはまるで説明しないから誰もわからんじゃろ。

このおカネは銀行が日銀に預けたおカネではなく、日銀が銀行の預金口座に振り込んだおカネのことじゃ。銀行は日銀に預金口座を持っておる。一般の人が日銀に口座を持つことはできないが、銀行や政府はできる。この口座を「日銀当座預金口座」と呼ぶのじゃ。日銀は量的緩和政策によって銀行から国債を買い取っておるが、その代金は日銀当座預金口座に振り込まれるのじゃ。従って「日銀に預けたおカネ」というより、日銀が銀行に振り込んだおカネの方が圧倒的に大きいんじゃ。

こうして日銀が銀行に振り込んだおカネは、金融緩和以来、のべ200兆円を超える。この振り込んだおカネの一部に対してマイナス金利を適用するというのが、日銀のマイナス金利政策じゃ。今はごく一部じゃが、これが徐々に拡大するとマイナス金利によって銀行の保有する日銀当座預金(つまり現金)は徐々に目減りする。これを補うためには銀行が懸命に貸出先を探して企業や個人におカネを貸し付け、金利を稼がなければならない。この努力が貸し出しを増やし、銀行の貸し出し金利をさらに低下させる可能性がある。その一方で一般の預金者への金利の支払いをゼロ、あるいはマイナス金利にせざるを得ない状況になるかも知れないのじゃ。

ただし仮に銀行が金利ゼロで貸すと言っても、借りたおカネは返さなければならない。不景気が続けば借りたおカネの返済すら難しいから、おカネを借りる人は減り続ける。その結果、信用通貨が収縮を続けるため世の中のおカネがどんどん減り続け、デフレの解消は難しい。まず最初に景気を回復軌道に乗せることができれば、貸し出しが増える可能性も出てくる。その方法として財政出動がある。

(ねこ)

金融政策は「金利」を操作することに徹底しているんだにゃ。

(じいちゃん)

そうじゃな、じゃから金利が効きにくい場合は、別の方法も行う必要があるんじゃ。