財政出動とは何か

2016.5.22

<総論>

(じいちゃん)

財政出動とは政府が様々な政策として支出を行う事じゃ。支出としては公共事業だけではなく、給付金、手当、企業への助成金、科学技術振興費など財政出動は多くの分野に渡るが、一般には公共工事をイメージする人が多いじゃろう。この財政出動は1929年の世界大恐慌という未曽有のデフレ不況の時代に、デフレ不況を克服する経済政策として経済学者ケインズによって提唱されたのが始まりじゃ。それまでの経済学の常識は「経済は自由放任」が原則で政府が直接介入すべきではなく、経済政策としては金利政策だけが考えられてきたんじゃ。

(ねこ)

財政出動は、どうして大恐慌のデフレ時代に生まれたのかにゃ。

(じいちゃん)

世界大恐慌では、アメリカの株式市場で巨大なバブルが破裂して資産価格が暴落し、天文学的な不良債権が発生し、今と同じような全世界デフレ不況、しかも今より遥かに酷いハイパーデフレともいうべき状況に陥ってしまった。こうなると金利をゼロに引き下げてもおカネを借りる企業も個人もいなくなる。そもそもおカネは信用通貨(借金からできている)じゃから、借金をする人が減れば信用収縮が激しくなり、世の中のおカネがどんどん減ってしまう。すると人々の所得や貯蓄もどんどん減り続け、その結果として需要もどんどん減り続ける。需要が減り続けるので生産はさらに縮小され、失業者が増えてますます人々の所得を押し下げるという、デフレスパイラルから抜け出すことができなくなっておったんじゃ。

そこでケインズは政府の政策によって有効需要を増やすことを提案した。この有効需要という考えが重要じゃ。需要と言っても人々が「欲しい」と思っただけでは本当の需要にならないんじゃ。おカネが無ければ需要は単なる欲求に過ぎない。じゃから有効需要とは、おカネの保有に裏付けられた需要の事をいうんじゃ。政府が公共工事を行えば、それは有効需要となり、GDPを押し上げる。しかしそれだけでは経済は立ち直らない。公共工事によって政府から供給された通貨が労働者の手に渡ることが重要じゃ。労働者がおカネを手にすると、労働者の欲求はおカネに裏付けられることで有効需要となる。労働者がおカネを手にすることで有効需要が増大し、消費が増加し、その需要を満たすために工場が稼働して、失業者が減る。失業者が減ると需要がさらに増える。ここまできて、初めて本当の効果が生まれるんじゃ。こうした連鎖的な効果を乗数効果という。

じゃから、「穴を掘って埋め戻すだけで給料を払う」ことでも、労働者の手におカネが渡るから効果があると考えられる。実際にはそれでは労力がもったいないから、インフラなどを建設することで労働力を有効に利用した方が良いわけじゃよ。これが公共工事じゃ。

そして、この財政出動は金利とまったく無関係に効果がある。これが重要じゃ。じゃから金利政策が効かないほどの酷いデフレ不況になっても、財政出動は着実に効果を期待することができるのじゃよ。

(ねこ)

すごいにゃ。今の世界は金融政策が効かなくて困っているんだから、財政支出をどんどんやればいいにゃ。

(じいちゃん)

ところが問題が一つある。不況の時は税収が少ないから税収だけでは十分な財政出動はできん。不況の際に財政出動を行うには、そのためのおカネを政府が借金して調達しなければならんのじゃ。財政出動は金融政策とまったく違うように思うかもしれんが、実は非常に似ている部分がある。それが「借金」じゃ。金融政策は、金利を下げることで企業や個人の借金を増やす政策じゃった。ところがデフレが酷いと金利をいくら下げても企業や個人が借金をしてくれない。そこで仕方なく政府が借金して公共工事をする。これが財政政策の裏の実体じゃ。つまり通貨の側面から見れば金融政策と財政政策は「誰が借金するか」の違いに過ぎんのじゃよ。

(ねこ)

うにゃ~!なんにゃそれ。そんなこと新聞マスコミには書いてないにゃ。

(じいちゃん)

これは公然の秘密つまり危ない話じゃ。じゃが、これに気が付くと問題の解決法も見えてくるんじゃ。少し話を戻そう。財政出動による景気回復の目論見はこうじゃ。政府が借金して財政出動を行う。すると景気が回復して世の中のおカネが回り出す。現在の税制では回っているおカネ(循環通貨:フロー)に税金が課せられる仕組みなんじゃ。じゃからおカネの回りが良くなれば税収が自然に増えてくる。この税収を使って借金を返す。これが財政支出による理想的な景気回復のシナリオじゃな。

これは経済の成長率が高い時代では、そこそこに機能しておったようじゃ。なぜなら、経済成長率の高い時代では、財政支出で世の中の信用通貨を増やすと、そのおカネによって消費がどんどん増えたからじゃ。ところが経済成長が低下して生産過剰の時代になると、財政出動で増えた信用通貨は消費を増やすのではなく、貯蓄として貯め込まれるようになったんじゃ。財政支出したおカネが使われずに貯め込まれる。それが家計の1700兆円と企業の1000兆円の金融資産の正体じゃ。現在の税制では貯め込まれたおカネに課税することは、ほぼ不可能なんじゃ。だから財政出動を行えば行うほど、ブクブクと家計と企業の金融資産が太り続ける。

政府が借金して支出したおカネが、次々に富裕層と大企業の資産として貯め込まれる。一方でおカネが使われないためにおカネが回らず、結果として税収が増えず財政の慢性的な赤字となる。この税収不足を補うために富裕層や大企業の貯め込んだカネに課税するのではなく、消費税の増税によって、多くの人々、貯蓄のない貧しい人からも容赦なく税金を徴収しようとしておる。それが財務省じゃ。

(ねこ)

うにゃ~!なんにゃそれ。それも新聞マスコミには書いてないにゃ。

(じいちゃん)

真実は常に報道されないところにある。こんなことを書いているとこのサイトも閉鎖されるか、ワシが暗殺されるかも知れんな。話を戻そう。以上より、財政出動に関連してわかることは、

①財政出動すると、借金によって通貨が増える

②ところが増えたカネが貯め込まれて回らない

という二つのことがわかるが。それならば、それぞれに対応する解決法として

①借金せずに通貨を増やせば良い

②貯め込まれたおカネに課税して回せば良い

という二つの結論が導ける。

①借金によって通貨を増やしても、借金せずに通貨を増やしても、通貨を増やす意味では同じじゃ。ならば借金せずにおカネを増やした方が良い。これは政府通貨の発行または日銀の国債引き受けによって可能じゃが、いずれも反対論者が多い。②また貯め込まれたままのおカネに課税して回収し、ふたたび財政支出すればおカネが回る。貯め込まれたおカネに課税する方法は「資産課税」と呼ばれるが、これはピケティ博士も提唱しておった税制じゃ。しかし資産課税には反対論者が非常に多い。しかもこれらの方法論について、とりわけ新聞マスコミが猛反対の論陣を張っておる。しかし、これらの方法を用いなければ、政府の借金を増やさずに財政出動を行う事は間違いなく不可能じゃろう。

ケインズの考えた財政出動の手法、いわば伝統的ケインズ手法は国債の発行によって財源を確保する方法じゃった。しかし今の時代はどの国も多額の財政赤字を抱えるため、伝統的手法には限界がある。金融政策も非伝統的な手法が主流になりつつある現代、財政出動においても非伝統的な手段を用いる必要があると考えたとしても不自然ではない。つまり「非伝統的な財政出動」じゃ。これらの財源論については、後日詳しく説明するつもりじゃ。

<財政出動・各論>

①公共事業

(じいちゃん)

財政出動にも幾つか方法がある。そのうち一般の人がイメージするのは公共事業、公共工事じゃろう。この方法は二つの効果があって、一つは失業者を雇用し、おカネを労働者に分配すること、もう一つはインフラなどを供給することで潜在的な経済成長率を向上できることじゃ。

インフラは潜在的な成長率を高める。高速道路や鉄道などは人・モノの移動を効率化することで生産性を高め、高速インターネット網などは新しいビジネスを次々に生み出しておる。こうした産業のベース(基盤)になる資本(設備、機械、制度)を整えることは社会を豊かにする基礎となる。また防災を強化し、リスクを軽減することは安心して消費や投資を行うための環境を提供すると言える。また地方のインフラ整備は地域格差の是正に繋がる。

もちろん問題点もある。こうしたインフラ投資をあまり過剰に行っても逆効果になる場合がある。設備には維持費が必要となる。それらの維持費は税収で賄うが、税収はそのインフラの有効利用による経済成長で生じると考えられるので、ほとんど利用されないインフラを作り続けると税収が不足してまずいことになる。また財政出動によってGDPは増加するが、GDPが増加しても生産される消費財の量が増えるわけではない。我々が豊かになるのは消費財が増えることで現実化するんじゃ。じゃから、本質的に言えば公共工事で人々が豊かになるのではなく、それによって人々におカネや行き渡り、そのおカネで人々が消費することで豊かになるんじゃ。

景気対策としての公共工事は、労働者におカネを分配するためのあくまでも一時的な政策であって、景気が良くなれば公共工事を減らし、労働者は消費財の生産に振り向けられるべきじゃ。そうしないと消費財の生産が増えず、豊かになれない。ところがこの切り替えがうまくできず、経済が公共工事から抜けられなくなると、消費財の生産をすべき人が公共工事に縛られたままになってしまう。また、使われないインフラを延々と作り続けることになりかねない。インフラには直接に財を生産する能力がないため、経済成長も行き詰ってしまう。それならむしろ公共工事ではなく、失業給付金として支給した方が、社会全体として適正な労働者の分配が可能かもしれない。

インフラ投資は非常に重要じゃが、本来は景気対策と切り離すべきだと考えておるんじゃ。今日のインフラ予算は少ない気がするので、もっと増やして普段からインフラ投資はしっかり継続する。日本は定期的に震災によって国土が破壊されるから国土強靭化の考えは大切じゃ。しかし、それが一時的な景気対策とごちゃまぜになると、政策として歪んでしまう気がするのじゃ。だから景気対策として行う場合は、公共工事はあまり拡大しない方が良い。

(ねこ)

公共工事は大切だけど、産業構造がそれに依存した形になるのは問題があるにゃ。それが度を越すといまの中国のようになってしまうかも知れないにゃ。バランスが大切にゃ。

②科学振興

(じいちゃん)

投資を促進する上で重要なのが技術のイノベーションじゃ。これは研究開発によって実現される。研究開発は主として民間企業が行っておる。日本の研究開発費は世界で二位じゃったが、伸びは弱く、数年前に中国に抜き去られて三位に転落してからは、どんどんと中国に差を広げられておる。危機的状況じゃと思う。民間の研究開発費を強化するために、研究開発投資に対する減税政策や、研究開発の助成金制度などに財政出動すべきじゃと思う。成長戦略と関連して、介護ロボットや人工知能など、分野を絞った支援でも良い。

また基礎研究は、おカネになるか、ならないかわからん研究じゃ。だからそうした研究は公的な機関が担うべきじゃろう。基礎研究の大部分はそもそもムダな研究じゃ。何がムダで何がムダでないかすらわからん世界じゃ。失敗の中から世紀の発見が生まれたりする。狙い澄まして成果を出すことは不可能。とにかく数を打たねば当たらない。つまり、どれだけ無駄を許容できるかが基礎研究の成果を左右すると考えられる。公的研究費では日本は世界二位だが、一位のアメリカの三分の一にも満たない。せめてアメリカの半分程度まで拡大しても良いじゃろう。

(ねこ)

科学振興の支出には問題はないのかにゃ。

(じいちゃん)

特に大きな問題はないと思う。とはいえ、研究開発や基礎研究ばかりやっていても世の中が豊かになるわけではない。実生活を豊かにするには消費財の生産が必要じゃし、当然じゃが消費財を生産する生産設備に投資する必要もある。消費財、生産財、研究開発のバランスが重要ということじゃよ。これは次の給付金にも当てはまる話じゃ。そればっかりではダメなんじゃ。財政出動はバランスが肝心じゃ。

③給付金・手当

(じいちゃん)

消費者におカネを給付して需要を増やす政策じゃ。これには失業給付や最低所得保証、商品券、給付金(ヘリコプターマネー)など手法はいろいろある。短期的な財政出動としては給付金(ヘリマネ)が最近注目されておる。たとえばすべての国民に30万円支給するとか、毎月3万円支給するとかいった方法じゃ。

給付金を支給してもおカネが貯蓄されるだけと主張する人も居るが、貯蓄されてしまうのは、支給が一回きりでしかも金額があまりにも少なすぎるからじゃ。量が多くなれば必ず消費が増える。おカネを配るとインフレになると言うが、そりゃ当たり前じゃ。おカネを配れば消費が増えて景気が良くなる。すると物価が上昇するんじゃ。ハイパーインフレになると言う人もおるが、それは単に給付するおカネの量が多すぎる場合じゃ。国民一人に1億円を給付すればハイパーインフレになるじゃろう。

たとえばインフレターゲットの範囲で国民に給付金を支給する政策を行う。当初は国民一人あたり毎月万1円を支給し、徐々に支給額を増やすわけじゃ。そしてインフレ率が2~3%を超えるようなら、途中から減額するなどの方法を用いれば過剰なインフレの問題は生じない。インフレ率を見ながら給付金を継続し続けるのもありじゃと思う。というのも先進諸国は生産過剰・需要不足の状態にあるが、さらなる生産性の向上によって、この生産過剰の状況は永遠に続く可能性もある。何らかの形で需要を増加させること(=分配の増加)が求められる時代になったと言えるからじゃ。もちろんそれが格差の是正にもつながる。それが給付金の効果じゃ。

また給付金で国民に支給されるおカネは金融政策における量的緩和と同じように、銀行の保有現金を増やす効果もある(マネタリーベースの増加という)。じゃから銀行から企業への貸し出しを増やす効果もあるんじゃ。そうすると企業の投資も増えるから経済効果はさらに高まる。

(ねこ)

給付金にはどんな問題があるのかにゃ。

(じいちゃん)

ただし問題もある。銀行の保有する現金を増やした場合、景気が回復し始めると信用膨張によりバブルを引き起こすリスクがある点じゃ。バブルは株式や不動産などの資産市場へおカネが流れ込むことで生じるが、その際に銀行からの借金も増加するためバブル破裂の危険性を抱えることになる。バブル過熱を防止するために、あらかじめキャピタルゲイン(資産値上がり益)への課税強化を導入しておくべきじゃろう。預金準備率の操作が必要かも知れんが、話が難しいのでここでは省略する。

なお、給付金政策は日本のように生産力や生産技術が十分にある先進国で行うのに適しているが、途上国のように自国内の生産力や生産技術が不十分な国が行うには適していないと思われる。もしそうした国で給付金政策に頼るとインフレになりやすいだけでなく、グローバル化された今日の世界では、海外からの輸入ばかり増えることにもなりかねん。そうなるとギリシャのようになる恐れもある。

あくまでも給付金による内需の拡大が国内産業を刺激し、国内の投資を活性化して失業率を下げ、人々の賃金を押し上げることで本当の効果を発揮するのじゃ。過度にグローバル化が進んだ今日、日本も注意する必要はあるじゃろう。