第一章 バブルの国にたどり着く

いよいよ経済砂漠に足を踏み入れ、最初にたどり着いた国はバブルの国だった。ラスベガスを彷彿とさせる絢爛豪華なこの砂漠の国は繁栄の絶頂だった。夜の町でバブルの幸福に酔いしれた三蔵と悟空が次の朝に見たものは。

■ バブルの国の幸福な人々

「ご主人様、ずいぶん派手な町に来ましたね。」

「バブールの都だぜ。」

「バブールって・・・そのまんまのネーミングじゃないですか。」

「おう、そのまんまバブルで好景気だからな。」

「夜の町はネオンがギラギラ。それにしてもすごい交通量ですね。高そうな車ばっかりですし、どれもビカビカに磨き上げてます。人ごみもすごい量ですね、今すれ違った若い子は明らかにブランド物とわかるバッグ、あっちもそうですね。みんなお洒落に決め込んでお金持ちなんですね。今の日本とはぜんぜん違いますね。」

「あたりめぇよ。バブル経済でみんなカネを持ってる。だからモノがどんどん売れる。しかも高付加価値の高額商品ほど売れるんだ。安物の輸入品は見向きもされねぇ。安物ばっかの今の日本と違って、高くても品質の高いものしか売れねえんだ。食料品だって多少高くても有機農法の国内農産物が売れるんだ。毒餃子なんて心配もねぇ。カネがあるからみんな健康ってわけだな。おまけにカネを出し惜しみしないから新しく開発された商品、新製品もどんどん売れる。すると新しい産業も次々に生まれて成長できるんだ。そうなると開発費に惜しみなくカネがつぎ込まれるから新しい技術が開発されてますます最先端の国家になる。国際的な輸出競争力もさらに高くなる。そういうポジティブな環境だと働けば働くほどカネが儲かるから人々の労働意欲も高い。だから町中が活気にあふれてんだぜ。こいつがバブル経済の熱気よ。」

「へー、バブル経済ってすごいんですね。高層ビルの建設もどんどんやってますね。駅前なんか高そうなマンションがバンバン建設中じゃないですか。いいなぁ自分もあんな高層マンションに住みたいです。でも今の自分には仕事ないですし。いまどき拳法なんか使えても意味ないですからね。」

「バブル経済なら高級マンションも夢じゃねぇぜ。所得もどんどん伸びるからな。そのかわり仕事は忙しいぜ、需要が半端じゃなく多いから、みんなどんどん働いて商品やサービスを生み出すんだよ。だから失業者なんてほとんど居ねぇ。どの企業もどうやって人材を確保するかが最大の問題よ。今の日本のニートとか、ネットカフェ難民なんか企業から引く手あまたですぐ就職しちまうだろ。スキルなんて問題にもされねぇ。バブル経済だと仕事が多すぎて働き手がぜんぜん不足するんだ。」

「それで路上に生活してる人も少ないんですね。ということは、失業保険とか生活保護費とか、そういう国家負担もずいぶん少ないんでしょうね。」

「あたりめぇよ。つーか、そもそも税金がガッポガッポ入ってくるから下手すると財政が黒字になっちまう。ウハウハ状態だな。だから社会福祉をどんどん充実しても誰も文句なんかいわねぇ。そんなケチな野郎はいない。世の中から不幸な人間がどんどん居なくなるんだぜ。」

「でも、バブルで土地がどんどん値上がりすると家賃も値上がりするから生活が大変じゃないんですか?」

「馬鹿野郎!だからお前は猿なんだ。家賃が値上がりするのとデフレで仕事が無くて家賃も払えないのとどっちが大変なんだ?総合的に判断できないからお前はいつまでたっても猿なんだ。ついでに言うと、土地だけがバブルじゃねぇ。株バブルだけなら家賃は過激な値上がりはしねぇ。」

「猿・猿って、私には悟空って、ちゃんとした名前があるんですからね。ぷんぷん。」

「あら、いらっしゃいませ。」

「ご主人様、どこに入るんですか。お坊さんがスナックなんか入っちゃまずいでしょ。」

「うるせぇ、ちょっと息抜き・・じゃねえ、情報収集よ。」

「うへ~混んでますねぇ。バブルで夜の町は大繁盛ですね。」

「こりゃ帰りのタクシーなんか呼んでも1時間とか待たされるんじゃねえのか。」

「まあ、渋いお坊さん。外国の方でしょう、気品のあるお顔立ち。偉い方なのでは?」

「お、おう、まあな。」

「いや~お姉さん聞いてくださいよ、このご主人様は実はすごい偉い人で、とある宗教法人のナンバーツーだったんですが、お寺がつぶれ・・・うわー、いててああ頭が。」

「愚か者め、お前の頭にはお釈迦様からいただいた、ありがたい拷問用の血塗りの金輪が付いておることを忘れたか。」

「どこがありがたい血塗りの金輪なんですか!ところでご主人様、バブル経済って、マスコミや識者が何か悪いものの代表みたいに言うから、とんでもない悪い事をしてるのかと思い込んでいましたけど、バブル経済はみんなを幸せにするじゃないですか。誰も困ってる人は居ない。スナックだってこんなに繁盛してるし、失業者も少ない。アルバイトの給料でさえ高額ですからフリーターでも十分に生活できる。生活に過度の不安を持つことも無い。バブル経済って本当に悪いことなんですか?」

「クソ評論家やマスコミどもの言うことなんか信じちゃならねぇ。やつらはバブルの「罪」ばかり大騒ぎで書き立てるくせに「功」は無視しやがる。だからバブルから積極的な意味での知識を何も学習しねえ、ただ馬鹿みてえに否定するだけだ。肥やしにならねえ。羹に懲りて膾を吹くってやつだ。物事にはほとんどの場合「功罪」の両面がある。功の部分を活かし、罪の害を薄めることが重要なんだ。馬鹿みてぇに否定するだけじゃ何にも得るものが無いんだぜ。」

「なるほど、確かに一面だけを見て勝手に決め付けてるなぁこいつらって話が多いですよね。読者の方も白か黒かはっきり単純な結論を求めるもの問題なんでしょうけど。」

「しかも冷静に考えろってんだ。実は日本はバブルのおかげでここまで豊かになったんだ。もしバブルが無かったら今でも北朝鮮とおんなじ様な生活してるかも知れねぇ。北朝鮮にゃバブルはねぇからな。日本は昔「土地神話」なんてもんがあって、土地は必ず値上がりするってバブルがまずスタートした。バブルから生み出されるカネ(借金)がどんどん世の中に流れ出して、輸出産業の設備投資を促したり新しい産業を興したりして日本の貿易大国としての成長が始まった。つい最近だって、リーマン・ショック以前の好景気はアメリカの住宅バブルが支えていた。それどころかアメリカの住宅バブルが全世界の景気を支えていた。クソ評論家やマスコミの話と違って経済ってのはバブルが育てるってのが実態なんだ。」

「ご主人様、バブル経済ってすごいですね。感動です。それにしても、こんなすごいバブル経済って何なんです?」

■ バブルが国を成長させた、バブルなくして繁栄なし

「バブルってのは資産がどんどん値上がりすることよ。不動産、株式なんかがどんどん値上がりするんだ。口汚く言えば、土地ころがしと同じよ。カネを持っている企業や個人が土地をお互いに売ったり買ったりを繰り返せば自然と取引価格が上昇する。単に売り買いを繰り返せば資産総額だけがどんどん膨れ上がっていく。こいつがバブルだ。」

「でも、バブルで資産の価格がどんどん膨れ上がったら、どうして景気が良くなるんですか。土地とか株とか、一般庶民にはあまり関係ないですよね。」

「まあそうだな。でも、売買を繰り返すたびにカネが世の中に流れ出すんだよ。売買差益とか手数料とか販促費や経費とかだ。そのカネが売買をしてる企業の従業員や関連先の企業へとどんどん流れ出てたくさんの人々の収入が増えるんだ。そしてそのカネが莫大な需要を生み出す。生産する片っ端から売れるという好景気はこのカネの流れが生み出すんだぜ。おまけに資産の売買で直接カネが儲からなくても、土地や株を持っているだけでその評価額が増えるんだ。それだけじゃカネにならねえが、そいつを担保にして銀行からカネを借りるんだよ。そのカネで企業が設備を増やしたり、新しい産業を興したりする。バブルってのは単に資産ころがしで資産総額が膨張することだが、そんなのはバブル経済の本質じゃない。バブル経済の本質は人々に潤沢に供給されるカネの流れにあるんだぜ。バブルにはカネを流す仕組みがある。そのカネが実体経済を活性化させて経済を力強く成長させるんだ。経済は人々にカネがあってこそ成長すんのよ。」

「へえ、そうか、単に資産が値上がりしたって景気なんか良くなるはずないですものね。そうして人々がおカネを持つようになると需要が増える、内需も拡大して経済成長するんですね。今の日本には人々におカネが回る仕組みが無いですから内需なんて起こるはずがないし、景気も回復しないんですね。それにしても、どこからおカネが生まれるんですか?値上がりを続ける資産の売買を繰り返すってことは、誰かが値上がりした資産を買わなきゃならないですから、全体としては必ず売った額より多くのおカネが必要になるはずですけど。」

「おう、銀行から借金するんだぜ。バブルってのは銀行がカネを貸さなきゃすぐに止まっちまう。資産の値上がりやその売買益を見込んで銀行が企業にカネを貸すのよ。銀行が信用創造って魔法で、無からカネを作ってどんどん貸すんだ。無からカネを作るからいくらでも膨らみ続けることができる。で、やつらは利息を取る。どんどん銀行が貸し続ける限り世の中の借金がどんどん膨らみ続けるがバブルも膨らみ続ける。内緒なんだがバブルってのは資産の膨張というより借金の膨張なんだ。その借金として生み出されたカネはその後人々の間に流通して莫大な需要を生み出し実体経済を成長させるって寸法だ。」

「借金で経済が回るんですか?なんか不安な気もするんですが。」

「別に不思議でもなんでもねぇ。極端に言えば今の日本だって流通してるカネのほとんどは、銀行が借金として誰かに貸したカネなんだ。それがめぐりめぐっている。借金を全部返しちまったら、世の中からカネがな~んにも無くなっちまう。だから誰かが利息を払って借り続けねぇと身の回りからカネがなくなって経済がまわらねえ。だから最終的には国が国債を発行して借金しないと通貨不足で国の経済が崩壊する。だから国債ってのはなくならねぇんだ。現代の貨幣制度じゃそういう仕組みになってんだ。まあ、おいおい詳しく説明するぜ。」

「しかし、銀行がカネをバンバン作りまくって、よくインフレにならないですねぇ。」

「おう、さすがに限度ってもんはあるが、カネを銀行がバンバン作ったからと言ってすぐにインフレになるわけじゃねぇ。よく勘違いしてる野郎がいるが、インフレってのはカネをたくさん刷ったらなるとか、そんな単純じゃねえんだ。カネが増えても需要が増えなきゃインフレにはならねぇ。たとえば給料が増えても、増えた分だけぜんぶ貯金しちまえばそれでおわり。今の日本の金融資産1500兆円と同じで、あっても使われなきゃインフレにはならねぇ。おまけに、もしカネを増やしたために需要が増えても生産力がそれに見合うだけ伸びればインフレにならねぇ。生産力がどんどん拡大してモノが世の中にあふれたら値上がりなんかしねぇ。市場で物不足になるから物価ってのは上昇するんだ。「カネを作る」=「即インフレ」って発想はかなり脳味噌がショートしてるぜ。」

「そりゃそうですね。」

「あたりめぇよ。だから昔の日本のバブルん時だって過度のインフレにはならなかったんだ。インフレになるどころか需要が伸びた分だけ、生産能力もどんどん伸びて経済が成長した。カネが増えた分だけ新しい商品もどんどん生まれて増えた需要を引き受けた。人手不足が深刻になるほど生産力が成長したんだ。日本の潜在的な供給能力の巨大さには目を見張るものがあるぜ。もともとそれだけ勤勉な国民だってことよ。もちろん、それを遥かにうわまわるほどの需要が生まれたらインフレになる。物事には限度があんのよ。ま、話がそれちまったな。」

「とにかくバブル経済では、おカネがどんどん人々の手に渡ることで、人々の潜在的な需要を引き出し、内需をどんどん拡大させることで実体経済が活性化し、生産力が向上して人々の暮らしが豊かになり、国が経済成長するんですね。まさにバブルで国が成長する。その国内需要を背景にして、生産される商品の品質や生産技術も向上して国際競争力が高まり、強力な輸出国家になるんですね。」

「そんなところだ。だがな、人々にどんどんおカネを流し込む方法は、何もバブルである必要性はないんだぜ。どのような原因にしろ、結果として人々にカネが流れ込めば景気が劇的に良くなって実体経済はどんどん成長するんだ。そこがバブル経済から学ぶ最も重要なポイントだぞ。需要も供給もすべてカネがあればどんどん生まれてくるんだ。」

「そうか、日本も再びバブルを起こせばいいんですね。ガンダーラではバブル経済を目指すんですね。いやー、ご主人様に付いて来てよかったですよ。一時はこんな辛気臭い坊さんに拾われてどうしようか、ヒルズの金持ちに拾いなおしてもらおうかなんて考えたり・・・。」

「うるせえな、お前みたいなアホ猿には俺が一番似合ってんだよ。それより久々に歌でも歌うかな。姉ちゃん、リモコン貸してくれ。」

「あ~、ご主人様、歌はやめたほうがいいですよ。先月も3人ほど病院送りになったじゃないですか。こんだけ繁盛してるスナックだと阿鼻叫喚の地獄絵図になる・・・うわぁあ痛たた、ご主人様、冗談ですよ冗談。どんどん歌ってください。」

「余計なこと言ってないで、もう宿に帰って寝るぞ。明日は出発だ。」

■ バブル崩壊で一夜にして廃墟に、なぜ?

「ふわ~、おはようございます、ご主人様。あれ、ホテルの従業員が誰も居ませんけど、どうなってしまったんですか?」

「ああ、けさホテルが倒産したらしいぜ。」

「へ?」

「夜中にバブルが崩壊したんだぜ。」

「夜中にバブルが崩壊って、そんな唐突な設定・・・いや~、そいうえばロビーにあったテレビも彫像もみんな無くなってますね。社員が持ち逃げしたんでしょうか。それに、外は失業者がゾンビみたいに町を徘徊してますよ。昨日までホームレスなんか誰もいなかったのに、ホテルの前の公園にダンボールの城が立ち並んでます。バブルが崩壊するとこんな悲惨なことになるなんて。や、あそこでゴミ箱をあさってるのは昨日のスナックの姉ちゃんじゃないですか。こんなことになるなら、いっそご主人様の歌を聴いて気絶してたほうが、まだましだったかもしれませんね。」

「いちいち、絡むやつだな、とりあえず出かけるとするか。ま、ちょうどホテルが倒産しちまったから宿代は払わなくて済んだ。ラッキーだぜ。」

「ご主人様、相変わらずお坊さんとは思えない、慈悲のかけらも無いお言葉ですね。地獄に落ちますよ。」

「うるせえ、すでに世の中は地獄じゃ。」

「お腹が減りましたね、何か朝ごはんを食べましょうよ。」

「ここにするか。」

「うへ、ここって高級フランス料理店・・・・じゃなくて、それが倒産して出来たうどん屋ですか。紛らわしいなあ、看板くらい付け替えればいいのに。ご主人様は何にします、ええと、あ、この店、すうどんしかありません。具なし。しかも麺は中国製です。」

「けっ、安物の大流行だな。」

「(店員)食い逃げだぞー。」

「ご主人様、悲惨を絵に描いたような状況になってますけど、バブルの崩壊ってなんですか?」

「バブルはみんなが「もうこれ以上は資産が値上がりしない」と思ったときに、一気に崩壊する。たとえば株の売れる理由は株が値上がりすれば高値で転売できるからだが、それが値上がりしなくなると思えば誰も株なんか買わなくなる。資産を転がしてる会社の多くは銀行から借金して株などを買い込んでるから、株が売れなくなると借金が返せなくなって倒産する。すると、その倒産した会社に掛けで(後払い請求で)商品などを売っていた会社も、売った商品の代金が回収できなくなって倒産して、そのまた先の企業も・・・と、極端に言えばそういう風に連鎖的におかしくなる。倒産に追い込まれなかった会社も、銀行に借金を返さなければならないわけだから、損を覚悟で資産を売っ払って現金化しようとする。そこで資産のたたき売りが始まる。叩き売りで資産価格は底なしに急落し、バブルは一気に崩壊する。そのことはバブルに参加して資産を転がしている連中はみんな知っている。だから誰もが売り逃げする機会をうかがっている。まあ、カネに余裕のある資産家などは、ほどほどに稼いでバブル崩壊前にさっさと手を引くだろうがね。最後までバブルにすがり付いてババを引くのはもちろん、なけなしのカネを銀行や証券に託している一般市民だぜ。」

「うへ、それじゃあ結局、私たち一般市民は好むと好まざるとに関わらずバブルに巻き込まれて踊らされたり、叩き潰されたりしてるだけじゃないですか。」

「ま、そういうこったな。そんでもって、バブルが崩壊すると、今までのカネの循環はピタッと止まっちまう。銀行が借金として創造したカネを人々に流し込むという仕組みが無くなり、人々へのおカネの供給がストップする。カネの無くなった人々の購買力は低下し、企業の生産した商品も売れなくなり、それが企業の収益を圧迫して社員の給料が減り、さらに人々の購買力が低下するという、負の循環に突入する。そしてバブルの時期に銀行が貸し出した借金だけが膨大に残される。この借金を返済するために、世の中からどんどん銀行へカネが吸い取られ、ついでに利息も吸い取られ、世の中からおカネがますますなくなる。もちろん銀行が悪者だからカネを吸い取ってるわけじゃなくて、経済がそういう仕組みになっちまってることが問題なんだ。そして銀行へ戻ったカネは不況で借り手が居ないからそのまま塩漬けになっちまう。1500兆円もカネがあってもまるで意味が無い。」

「それがバブルの後遺症と言うやつですね。みんな後遺症の方で苦労しているからバブルを目の敵みたいに悪者にするわけですね。」

「そうだ、その時は自分たちも踊っていたくせに、旗色が悪くなると手のひらを返したように批判する。バブルを否定するだけで問題が解決するわけじゃねえ。そん時はみんなハッピーだったのに、いまさらそれを虚実だと抜かしやがる。馬鹿言ってんじゃねぇぜ、虚実なのはバブルが崩壊した後の悲惨な状況の方だ。こっちが嘘なんだよ。まるでバブルがなければすべてうまく行ったような言い方をする連中は信用できねえ。」

「しかし、一晩でこんなに変わってしまうなんて・・・・。ご主人様、バブルの崩壊前と崩壊後で一体何が変わってしまったんです?」

「そうだな、バブル崩壊前は商品の生産能力が十分にあったし、それらの商品を買い求める人々の需要も十分にあった。崩壊後にも地震で工場や店舗が倒壊したわけじゃねえから生産能力は相変わらずあるし、人々が宇宙人に連れ去られて居なくなったわけではないので、潜在的に需要はあるんだ。無くなったのは、カネの流れだな。」

「カネの流れだけ?」

「そうだ。繰り返すが、バブルの崩壊前と崩壊後で何か変わったのか考えてみるぜ。まず人々の必要としている商品やサービスの供給力はどうか。崩壊前は好景気を背景に工場や機械などの生産設備が整備され、社員も確保され、生産能力は十分にあった。バブル崩壊後も工場や機械はそのままあるし、社員もくたばったわけじゃねえから、生産能力は相変わらず十分にあるわけだ。じゃあ需要はどうか。崩壊前、人々の財布にはカネがたくさんあったから、人々の潜在的な欲求が十分に「内需」として反映されていた。つまり需要は膨大にあった。崩壊後も人々の潜在的な欲求は変わらない。バブルが崩壊したからといって、人々が突然お釈迦様みたいに無欲になっちまうわけじゃねえ。カネが無いから欲求が「内需」に反映されないだけだ。カネが無いからみんな我慢して需要が減ってるんだ。劇的に変わったのは、カネの流れがなくなったってことだ。人々の財布からカネが失われたことで内需が激減し、そのために生産力も低下した。つまり、この失われたカネの流れを構築できれば、日本は再び驚くべき復活を遂げることができる。その方法をガンダーラで見つけなければならんのだ。」

「何か手がかりはあるんですか。」

「ない。だがカネに秘密があることだけは確かだ。銀行からの借金で増えるおカネはバブルに乗っかってどんどん膨張して崩壊する宿命にあるんだ。もちろんこれはバブルに限ったことじゃねえ。銀行からの借金に頼ってりゃ、大なり小なりそういう運命になるってこった。カネは経済の血液だ。そして血液を流すには心臓や血管が必要だ。それを良く考えるってこった。」

「ご主人様、何か大変なテーマのような気がするんですが、勝算はあるんですか?」

「そんなもん知るか、ボケ。俺は非常識に目覚めたのだ。非常識な方法を探すんだぜ、そいつは破壊だ。いちど世の中をひっくり返さなきゃどうにもならんのだ。その先に何が起きるか、そんなこたぁ知ったこっちゃねえぜ。ただ確信するのは、あたりめぇの常識じゃ、もはやどうにもならねえってことだけよ。」

「あ~あ、やっぱり他の人に拾われた方が良かったです。」

「つべこべ言ってないで歩け。今度は貿易黒字で好景気の国に行くぜ。」