資料室再開について
瀋陽日本語資料室再開についての嘆願書 2008年12月
2008年12月
在瀋陽日本国総領事館
総領事 松本 盛雄 殿
瀋陽日本人教師の会
瀋陽日本語資料室再開についての嘆願書
2000年6月、大東区小北関街に開かれた「瀋陽日本語資料室」(以下、資料室)は、瀋陽及びその周辺都市で日本語教育に携わる教師達の教材研究の拠点として、また、日本語を学ぶ中国人にとって必要な書籍が揃う図書室として、大きな役割を担ってきました。
しかし、2006年3月、資料室発足当時から支援していただいていた大阪のNPO団体の事情により、この場所からの移転を余儀なくされました。
その後、多くの方々のご支援とご尽力により、ほぼ無償で借りられるビルが見つかり、資料室を移転することができましたが、最初に移転した開元大厦は僅か3ヶ月、次に移った集智大厦も1年3ヶ月と、いずれもビルオーナーの都合により、そのフロアを売却するという理由で、立ち退かなくてならなくなりました。
2008年3月、集智大厦を出てから今まで、資料室の運営にあたっている「瀋陽日本人教師の会」(以下、教師会)を中心に、新しい場所を探してまいりましたが、教師会のメンバーは皆、ボランティアで活動を行っているため資金力もなく、できるだけ多くの人が自由に利用できる環境となると、適当な場所を探すのが困難な状況です。
ここ瀋陽の地で、日本と中国の交流の役に立つような、また、それと同時に、瀋陽に暮らす日本人の生活を豊かにするような場を設けることは、領事館で担当されている様々な活動とも共通するものがあると存じます。
資料室の再開に是非ご理解をいただき、ご協力いただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
尚、資料室の詳細については、別紙のとおりです。
以上
1.資料室開設の経緯
下記の文章は、資料室の設立当初から長年運営に携われた石井康男先生(1998年9月より抜萃中学、1999年4月~2006年8月まで遼寧大学日本語科に赴任され、当時NPO日中ボランティアセンター瀋陽代表理事であった)が2003年10月25日に『日本語クラブ』(教師会発行の機関紙)に寄せられた記録である。
1998年秋、瀋陽郊外:道義開発区にある私学・抜萃中学に赴任をして初めて中国の教育事情に触れ、日本語教育の資料と日本に関する資料がほとんどなく、どこの学校の先生も苦労をされていることを知った。
過去に大学へ「中国へ書籍を贈る会」から贈呈された書籍も一部は梱包されたままで積み上げられており、また、その一部は大学周辺の路上で売られているという状況であった。仮に学校が管理をしている場合でも学生には公開せず、日本語学習者にとってはほとんど役に立たないというのが実情であった。
どこの学校に寄贈しても同様であることが分かり、この状況を踏まえて学習者が自由に利用できるミニミニ図書館を設立したいと考え、大阪のNPO「関西遼寧協会」「市岡国際教育協会」の支援と協力を得て、瀋陽日本語資料室の設立を企画した。
一年の準備期間を経て2000年6月10日に開所式を催し、正式に発足した。
ただ、中国の公安当局・教育委員会・文化局(図書館管理)からの公認は得られず、黙認という形で運営を開始することになった。原則としては日本人教師の日本語教材に関する資料室であること。利用の対象は日本語を学習している中国人を含めても良い。ただし利用に関して金銭の授受は一切しないこと。
そして、管理運営は教師会が協力をするということと、不特定の中国人が利用できることは制限する。利用者の管理(利用証の発行)と来室者の記録をすること等の指導を受けた。
このような経過を経て瀋陽日本語資料室の活動は現在に至っている。
2003年10月25日
NPO日中ボランティア活動センター 瀋陽代表理事 石井康男
2.資料室の沿革
振興街開元ビルに出来た日本語資料室(2006年5月?8月)
3.資料室利用状況(2008年3月現在)
開館日:毎週土、日曜日 午前10時~午後2時
(夏休み、冬休み、国慶節等の長期休暇は閉館)
運営:瀋陽日本人教師の会内の資料室係を中心に、全員が当番制で担当。
開館時間は教師の会の会員二名が資料室にいて来客に対応。
来館者のチェック、本の貸し出し、整理、利用証の発行等を行う。
利用証発行総数:1605名
主な利用者:瀋陽日本人教師の会会員および会員が所属している学校の中国人学生(日本語学習者)、中国人日本語教師、瀋陽日本人会会員
あるいは以上の人たちの紹介した人。
費用:無料 本を借りたい人には、利用証(顔写真付き)を発行し、貸し出しカードに記録をする。本の貸し出しは5冊まで。1ヶ月の貸し出し。
また、来館者は、必ず受付で名前を書く。
主な活動:資料室の図書の貸し出し、閲覧。中国人学生との交流。
教師会の定例会(毎月1回)の開催。日本語教材研究。
毎年4月に行われる「瀋陽日本語弁論大会」および5月に行われる「日本語文化祭」の為の準備、会議。
2006年からは日本語文化センター発信セミナーと名付けて、毎年1-2回のセミナーを、日本人会員、日本語学習者、及び中国人に向けて行っている。
2007年9月からは「文化交流活動」と題し、ビデオ上映会等を行い、日本人会会員にも呼びかけ、幅広い方々に利用してもらえるよう様々な企画を資料室が閉鎖されるまでに4回行った。
4.所蔵図書概数
※日本のテレビ番組や映画を録画したビデオテープも約300本あったが、再生する機材がないことや劣化等の理由により、2008年4月の移転の際に処分した。
※現在、約70個のダンボール箱に詰めて保管してある。
5.資料室の主な備品
・本棚(木製)
①小×10(幅90cm×高さ96cm×奥行き30cmのが9つ、幅が2倍の物が1つ)
②大×6(幅142cm×高さ190cm×奥行き30cmのが2つ、それより一回り小さいのが
2つ、あと2つは幅が190cm)
・本棚(ステンレス)×2(幅90cm×高さ180cmのが1つ、幅60cm×高さ150cmのが1つ)
・テーブルセット(木製)
①四角いテーブル×6(縦70cm×横102cm×高さ72cm)
②椅子×24(一つのテーブルに4つ収まるサイズだが、背もたれが70cmぐらいある)
・机×2 (縦60cm×横120cm×高さ80cm)
・折りたたみ椅子×24(普通のパイプ椅子よりは小さいタイプ)
・丸いテーブル×3 (直径70cmぐらい)折りたためない
・新聞ラック×1(高さ130cm×幅40cm)
・テレビ×1 (幅60cm×高さ46cm×奥行き52cm)ブラウン管
・コピー機
新華広場の集智大厦の日本語資料室(2006年12月?2008年3月)
6.瀋陽および周辺都市の日本語学習者数
2007年度調査による
大学 在校生(本科) 日本語教師(日本人教師内数)
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東北大学 169 13 (2)
東北大学( 軟件学院) 860 5 (2)
遼寧大学 175 2 (2)
遼寧大学外国語学院 258 12 (1)
瀋陽大学 119 7 (1)
瀋陽師範大学 375 22 (2)
瀋陽薬科大学 443 6 (3)
中国医科大学 340 9 (1)
瀋陽航空工業学院 145 10 (2)
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合計 2874 74 (16)
中高 在校生(本科) 日本語教師(日本人教師内数)
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東北育才学校 263 7 (4)
東北育才外国語学校 269 5 (2)
遼寧省実験中学 71 1 (1)
朝鮮族第一中学 410 5 (1)
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合計 603 13 (8)
7.瀋陽日本人教師の会会員の勤務先分布
*は年度内交代者のいることを意味している。したがって()が活動会員実数になる。
8.会の役員
9.日本語資料室・文化交流活動
第1回 2007年9月23日 日本の歌番組「春うた2007」(NHK 2007年3月放送)
池本千恵による解説
第2回 2007年10月14日(日) NHK放映「生命40億年はるかな旅」の「遺伝子」 山形達也による解説
第3回 2007年10月20日(土) 映画鑑賞会 「涙そうそう」(2006年・日本)
中国語字幕付き 池本千恵による解説
第4回 2007年11月25日(日) NHK放映「生命40億年はるかな旅」の中から「癌」 山形達也による解説
集智ビルの日本語資料室における第2回文化交流活動
10.瀋陽日本語文化センターセミナー
第1回 2006年12月16日 在瀋陽日本総領事館
森 信幸氏 在瀋陽日本総領事館文化担当領事
「寒冷地技術を利用した環境対策」
第2回 2007年5月12日 ノースメディアビル
野崎 勉氏 東北大学教授
「共生循環型社会をめざして」
第3回 2007年11月10日 在瀋陽日本総領事館
山形 達也氏 瀋陽薬科大学教授
「男はつらいよ 」
第4回 2008年11月8日 在瀋陽日本総領事館
高木純夫氏 伊藤忠商事株式会社 瀋陽兼ハルピン事務所長
「中国東北部へのいざない?東北の今と昔?」
付録 日本語資料室設立に当たって 1999年 特定非営利活動法人関西遼寧協会
資料1. 設立趣意書
特定非営利活動法人の名称
特定非営利活動法人 日中ポランティア活助センター
設立代表者の氏名 河原寛治
1985年から特定非営利活動法人関西遼寧協会(法人化は1999年6月)は、中国・遼寧省政府を始め多くの開係機開と友好交流の実績をもっている。
また、特定非営利活動法人市岡国際教育協会(1999年5月法人化)は、1996年から在日外国人に対する日本語日常会話教室活勤の経験をしている。
この二つの経験の上に立って、1997年9月、大阪府教育委員会の承認を得て、現職高校教師が遼寧大学外語系日本語科の講師として派遣された。1999年4月には、この法人の設立者の1人である石井康男がその後任となった。
ここに至って、中国・遼寧省瀋陽市の大学・中学(日本の中学・高校にあたる)の日本語教育の実態について次のことが判明した。
1. 瀋陽市内の大学・中学には、日本の諸団体から25人の日本人教師が派遺されている。この教師たちによって、「日本人教師の会」が結成され、「帰国者センター」での帰国予定者の日本語敦育に協力しながら、年一回の「日本語弁論大会」を「日本人会」の支授の下に過去3回成功させている。これについては、日本領事館も高く秤価しているところであるが、会の事務所であり、月1回の集会場所であった「帰国者センター」がこの4月には廃止となリ、長春に移転した。9月の新学期には、メンバーが大幅に交代しその存続について検討が迫られている。また、「帰国者センター」の日本語教室は、廃止のままになっている。
2. 大学日本語科の学生の殆どが、中学では外国語として日本語を選択している。従って、2年か3年で検定の一級試験に合格する。教科書は日本の古い時代のものが使われ、新しい教材の提供が望まれる。また、語学教育における視聴覚教育についての視点がなく、そのハード、ソフト両面の整備が遅れている。コピーなどの事務機器につても同様である。
3. 大学に日本語の書籍を寄付したことがあるが、その書籍が図書館に見当たらないため、調べたところ、未整理のまま倉庫に積まれ、整理される見込みもない状況である。図書館員に日本語のわかる人が配置されていないのが原因のようである。学校に寄贈した場合、これが仮に整理されたとしても学校内の限られた人にしか利用されない。書籍の収集にかけた多大の労力と輸送費を無駄にせず有効に利用される方策が必要である。
これらの課題に対処するために、まず第一に解決しなければならないのは、場所の問題である。幸いにも、特定非営利活動法人関西遼寧脇会の協力を得て、事務所を借りる目途がついた。その事務所を集会場所にも、ミニ図書館にも、簡単な会話教室、教材センター、事務機器を備えた事務所、すなわち「瀋陽日本語センター」にすることができる。
次に第二の課題は、人の結集である。これは石井康男の努力により、瀋陽における敏師の動向について掌握することができる状態になっている。
第三として最大の問題は、日本からどれだけ支援できるかに係っている。書籍、教材送り出しから事務機器の整備費用や事務所運営等に要する資金の調達である。そのためには、多くの人の支援を仰がなければならない。
それにはまず、活動の母体として、社会貢献活動をする法人、明瞭な公開原則を持つ特定非営利活動法人となることが必要である。まして外国での行勤を伴う場合は、その国で社会的信用を獲得するための必須条件である。
ボランティア活動を都市という面で捉え、そこで力を合わせながら、より効果的な社会貢献を目指す。より多くの支援が得られるならば、瀋陽だけでなく、大連、長春、ハルピンにも、また中国・東北部だけでなく、人材があれば他の地区にも広げたい。更に教育面だけでなく、リタイアした工場技術者等が、活躍できる場所も作りたい。
中国の都市で既に活躍している多くのボランティアを支援する活動があれば、新しい多様なボランティアが参加しやすい環境となるであろう。そのことが日中の相互理解を深める国際協力の活動であると信じる。
(1999 年 7月 22日)
資料2. 活動の目標と今後の課題
1. まずは中国・瀋陽で、ミニ日本語〔教材〕図書館を
中国・東北部の中心都市である瀋陽には、日本人の日本語教師の「教師の会」(会員25名)があり、そのメンバーが、毎年催される日本語弁論大会で中心的な役割を果たしたり、帰国者センターにおける「孤児」の日本語会話の指導などのボランティア活動をしていた。その帰国者センターがメンバーの活動・交流の拠点となっていた。ところが、その帰国者センターが孤児の減少に伴い、本年(1999年4月)北の長春に移転したために、その活動の拠点を失う事となった。
また、日本語教師(国内で教師経験のない人もいる)は、自分の経験と自己努力で、教材を集めざるを得なかった。また日本国内の学校では簡単に入手できるものが、中国ではないたために悩んでいた。
こうしたボランティア活動の拠点と教材センターの必要性から、「ミニ日本語図書館」設置構想が生まれた。
1985年から遼寧省と経済文化交流をしてきた関西遼寧協会( NPO法人)の会員から瀋陽 の事務所を無償で提供するという申し出を受け、構想の具体化が始まった。
教材については、大阪市内の高校で日本語日常会話教室を開設している市岡国際教育協会( NPO法人)のメンバーの教師から積極的に集めるという協力の申し出があった。こうして、「まず瀋陽でミニ日本語〔数材〕図書館を」をつくる機運が盛り上がることとなった。 ここで、この構想を実現させるために、両NPO法人の関係者が集まり、特定非営利活動法人日中ボランティア活動センター(以下単に「センター」という)を設立した。(1999年11月2日登記完了)
メンバー以外からの協力者もあり、すでに3000冊(その約3割が教材)余の書箱の寄贈を受け、瀋陽の事務所に集まっている。この書籍の整理・管理および図書館として運営にあたる「教師の会」の中心的なメンバーには、本センターの会員(役員)として、主体的な役割を果たしてくれる事を期待している。
2. 門戸を広く
この図書館は、当初から日本人の日本語教師に限ることは想定せず、中国人日本語教師、日本語を学ぶ学生・生徒およぴ日本人駐在員(日本人会会員)は当然として、日本語のわかる人・この図書館を必要とする人なら誰でも利用出来るものにするのが理想であるが、ただ、中国の国情に反しないように注意して運営し、日本文化の押し売りにならない様にする必要がある。したがって、当面は、教師の教材センターを他の人が利用するという姿勢でいきたい。
3. ミニに徹して、まず東北部の都市に
瀋陽をモデルにして、ミニに徹して、経費をかけず、出来るだけ東北部の都市につくっていく方針である。図書館は、利用者の利便性を最優先すぺきであって、シンボル的な大きなものは目指さない。それよりも、小さなものを多くつくる。センターは、出来るだけ沢山の図書を集め、ミニ図書館に送る事に徹する。施設は、進出企業などの事務所の一角を無償で提供して貰うだけでなく、図書以外の部分(建物、盗難予防など)の管理もお願いし、現地の利用者が組繊を作り、図書の管理を中心に運営する。
本センターの定款は、代表理事制をとった。これは、各都市の責任者が代表理事となり、その都市の実情にあった運営を自主的に出来るようにするためである。
また、東北部にこだわるのは、歴史的に日本と関わりが深いということもあるが、広い中国の全土を視野に入れることは不可能であり、とにかく地域を限定したほうが効率的でもあるからである。
現在、大連で図書館の設置の希望と事務所の提供の申し出がある。瀋陽の次に手がける予定で、図書の収集もこれを念頭においている。また、長春、ハルピンでもつくれる萌芽があるため、これにも視野に入れながら準備を進めたい。
4. 課題…ボランティア活動の拠点に
NPOは、情報の公開が生命である。本センターは、中国におけるボランティア活動をインターネット上のホームページに登載することによって、活動報告をする事にしている。会員や協力者だけでなく、多くの人がセンターのホームページにアクセスすることにより、ボランティア活動を希望する人が増加する事が考えられる。現在、口コミで我々の活動を知った数人の教師がボランティア活動の希望をよせている。教師以外の分野の各種専門家もあり、図書館はこうした人達の言葉の障害を越える拠点になる。
したがって、こうした日本からのボランティアを受け入れるためには、1ヶ月程度、活動の拠点が決まるまで、滞在する事が出来る施設が必要となる。
せめて、中国における活動の中心となる瀋陽には、小さな図書館で、その上の階に3人ぐらいが宿泊できる施設あるいは建物が欲しいものである(外国人が中国で住むには障害が多い、単独ではアパートを借りる事は出来ない)。これからの重要課題である。
日中ボランティア活動センターは、ボランティア活動を都市という面で捉え、図書館活動によって、それを支援し、更に活動を創造する拠点とするとともに、新たな参加者の港の役割を担いたい。個々のポランティア活動は、本質的に単発的で短期なものになる事が多いため、図書館(日本語)を媒介とした組繊的活動として、面的でしかも長期的な活動に転化し、真に日中交流を図っていきたい。
瀋陽日本人教師の会2008年度役員
会長
石原南盛 遼寧大学
副会長
伊藤尚美 瀋陽薬科大学 (弁論・ホームページ )
斉藤 都 遼寧省基礎教育教研培訓中心 (弁論・クリスマス会)
松下 宏 東北育才学校 (研修レク)
山形達也 瀋陽薬科大学 (資料室・ホームページ・名簿)
資料室担当代表
土屋登 瀋陽師範大学
会友代表(資料室担当)
池本千恵 瀋陽盛世華盈顧問咨詢有限公司 (SGST)