jclub25

日本語クラブ 25号 目次

瀋陽暮らし

~教師生活あれこれ~

ここが違う ! 日本と中国

中国の知人

~出会い、ふれあい~

これがあれば ! お役立ちグッズ

自由寄稿文 : フリーテーマ

日本からのたより

~元会員の近況~

特集:新資料室オープン

編集後記

日本語クラブ 編集部

3月4日、56年ぶりの大雪で様々な被害が出た。

学生たちはちょうど学校へ戻る時期で、大変な経験をしたようだ。「34時間かかって大学に着いた」「19時間列車に閉じ込められた。食べ物も飲み物もなくてずっと立ちっ放しだった」というかわいそうな学生もいたが、「駅からバスがなかったので、ずっとカラオケボックスで歌っていた」とか、「寮で食べるつもりで持ってきたカップラーメンを閉じ込められた列車内で売ってお金を儲けた」とか、要領のいい人もいた。

列車の中にいた時、母親から携帯に電話がかかってきて、「もう学校に着いたから安心して」と言っておいた。その後、本当に着いているかどうか母親が寮に電話をかけてきた。その前に寮の友人に連絡しておいて、「○○さんはもう寝ています」と言ってもらったから、ウソはばれなかったけど...、という親思いの学生もいる。

夜遅く着いて、駅の近くに泊まった学生は表に一泊27元と書いてあったのに100元と言われ、でもしょうがないので泊まったという人も...。

私は日本人の留学生に一緒に街へ行こうと誘われたが、あまりにも寒そうだったので断って部屋に閉じこもっていて、無事(?)だった。隣室のアメリカ人は6時間も歩いて帰ってきたという。皆さんはどうでしたか。

(佐藤るみ子)

4月7日(土)11時、佐藤、山田、加藤が皇寺広場バス停に集合した。今日は池本が印字し、準備してくれた頁ごとの原稿を校正する日である。私はいつものように三好街古玩城の青空市場に出かけ、その足で現地にやって来た。全員そろったところで、池本の案内でお宅にお邪魔し、作業を開始する。15階のお宅は見晴らしもよく、池本の友達による昼食の差し入れもあり、腹ごしらえも十分、本格的に原稿に目を通す。この1年は資料室として目まぐるしい1年であったが、その記録も南本会長によってここに記録することができた。今回も40頁を越す冊子になったことを大変嬉しく思っている。

(加藤正宏)

HP担当より

① 独自サーバーについて

[日本語クラブ]24号on site 編集時に、編集係の独自サーバーを設けました。これにより、従来の教師会サーバーに今後負担をかけないようにすることが可能となりました。今後、数十号から百数十号へと増刊されていくことを念頭においた上での対応です。

独立サーバー設置の副産物として、編集係独自のメールアドレスとWeb上ホルダーを取得することになりました。2006年中にこれら機能を用いた「編集業務フローチャート(案)」を作成し、係内で検討しております。これも、[日本語クラブ]の今後の発行数と教師の在瀋期間との関係から、少しでも引き継ぎやすく、改善を加えやすくしていこうとする試みです。

② [日本語クラブ]25号on site 編集後記にて、Windows Media Player および Real Player を用いた音声発信を導入してみようと奮闘しております。

本誌と音声の融合をお楽しみいただけるまで、もうしばらくお待ちください。

(山田高志郎)

3月22日、加藤より日本語クラブの原稿が届く。今回は“全員参加”と強く呼びかけたわけではないので、「もしかして、ちょっと寂しいものになるかも」と心配していたが、皆さんのおかげで、バラエティー豊かな楽しい「日本語クラブ」が出来上がった。

原稿を切り貼りして三段組の紙面に仕上げるのは、それほど大変なことではないが、毎回悩むのは写真のレイアウト。

写真の大きさや濃度はもちろん、写真を入れると、文章もずれてくるし、時々、写真が勝手に変な所に飛んでいったり、結構面倒な作業だ。

今回は写真が少なかったので、文章ばかりでは読みにくいということで、こちらでイラストを入れさせてもらった。

4月7日、編集係が集まっての校正。いくつか問題もあったが、編集係のチームワークもばっちりで(?)、作業は順調に進んでいた。

作業中、原稿でちょっと分からない箇所があったので、私の過去のメールをチェックすることに。

すると、Y先生より新着メール。タイトルは「写真添付」。

「?」と思ってファイルを開けると、「日本語クラブ」用の写真ではないか!

「え~~~っ!」と、絶叫する私。

でも、本当に間に合ってよかった。もし、メールを見ていなかったら、きっと後悔していただろう。

ところで、いつもは資料室に集まって、校正・印刷を行うのだが、今回はキャノンさんのご協力で、キャノンのコピー機を使わせていただけることになった。

資料室移転で、しばらく倉庫に眠っていた我が資料室のコピー機は、すっかり埃まみれになってしまった。今は順調に動いているが、「日本語クラブ」の印刷は一度に大量に行うので、負担も大きい。

キャノンさんの有難い申し出に、一同、心より感謝申し上げます。

(池本千恵)