#43 スピードスター・E

実はDVDのあらすじがちょっとウソ言ってるんですよ。

「ノンビリ屋のエントンとスピード狂のドッキー」

これはウソじゃないです。こっち↓

「ドッキーはなんとしても今度の階段手すり滑りレースに出ようとするが…」

ほんとは、なんとしても出ようとしているのはドッキーではなく、クイッキーの方なんですよね……というわけで、みんな大好き入れ替わり回!


第43話「スピードスター・E」

(脚本:若林弾、絵コンテ:奥山潔)


今日もアニキの手すり滑りは絶好調。美しいひねりを決めて着地したドッキーに、喜々として駆け寄るクイッキー。だがドッキーは「まだまだだぜ」とあくまでストイックで、ヒッキーの宣戦布告も平然と受け止める。

「悪いけど今度の優勝は僕がもらうよ」

「何言ってるだぎゃ! 優勝はアニキに決まって……」

「フッ。楽しいレースになりそうだなあ」

そこに勝ち負けを焦る表情はなく、ただ純粋に速さを競えることが楽しみという顔なのだ。


階段手すり滑り、前の人が滑り終わったかとか歩行者がいないかとかちゃんと確認しないと、普及度の割にかなり危険な競技だと思うんだよね。エントンは普通に手すりを使って歩いていただけで、手すりといったら滑るものとしか思っていないドッキーの方が危ないんだぞ。

とぼとぼ歩いているエントンのところにドッキーが猛スピードで突っ込んだ。正面衝突。2人は団子になって転げ落ちる。クイッキーはもちろん、エントンのことはスルーしてアニキの心配しかしません。この展開、初見のときどう思ったか全然覚えてなくて悔しいんですけど、一つだけ言えることは、ドッキーの声を保ったままエントンのテンションでしゃべるのが、ヤバい。

「急がないと授業に遅れるモクー」

「どこ行くだぎゃ? アニキのクラスは2階だぎゃ!」


「おやおや、クラスを間違えてしまった者がいるようですねえ」

「ハッ、間抜けなやつがいるもんだな」

エントン声のドッキーは比較的スッと入ってくるんだよな……。机に足をかけてこの態度、多分ドッキーの体のままだったらふしぎ絵かゴールデンアイのとき並みにアレな絵面だったと思う。

「お、おい、みんな何を見てんだよ。顔に何か付いてんのか?」

窓に映った自分の顔と、頭から出てくる煙に交互に視線をやり、ドッキーはエントンと体が入れ替わってしまったことを悟るのであった。


ピンクトードクラスでは案の定、ヤムヤムが「ドッキーのやつ泣きながら出て行きやがった」と意地悪く笑っている。

「なんかドッキーのイメージ壊れちゃったわ」

「すごいスクープだけど放送しちゃっていいのかしら……」

ノイジーすら忖度するほどのドッキーのブランド力だ!!


ドッキーの体のエントンはまた屋根の上で、切ない顔をして月を眺めていた。ずうっと見ていたいほどの大きな大きな三日月……。

「おいエントン」

「ぼ、僕がもう一人いるモク……」

「ウソだろ、まだ気付いてなかったのか。頭の帽子を見てみな」

資料庫の一件以来、鉄壁だった帽子もだいぶガード緩め。帽子取ったままお月見に戻るドッキー、いやエントンがかわいいんですが。

「レースも近いってのに、早くなんとかしなきゃヤバいぜ!」


ドッキーは入れ替わったことをクイッキーにだけ打ち明けるわけなんですが、クイッキーのエントンに対するテンションの低さとアニキに対する声の甘さが正直すぎる。

突然つむじ風フォーエバーを繰り出すエントン。とっさにギュッと目を瞑るクイッキーたちだったが、つむじ風は手のひらの上で踊るだけ……

「体がエントンになっちまったせいでこのサイズが限界だ」

つむじ風ときたらさすがに信じるしかない。クイッキーはショックを受けつつ、何よりまず心配するのはレースのことなのだ。「エントンの体でも俺は優勝してみせるぜ」と言い切るドッキーと、座り込んでいるエントンとを見比べて苦い顔をする。

「……何が言いたいんだ?」


つまり、クイッキーはエントンと同じクラスだし、エントンの体がいかに運動の苦手な体であるか知っていたということだよね……。

「と、止まらないモクーーーーー!!」

かけっこしてみただけでこの通り、勝手に走っていくドッキーの体に対し、エントンの体の重さは走るだけで息も切れ切れ……そりゃ、骨とレンガじゃそもそも運動性が違いすぎるというものだ。

「思った通りだぎゃ。アニキ、エントンの体じゃ無理だぎゃ」

「くそ、これじゃヒッキーに勝てねえ!」

よろよろと戻ってきたエントン「こんなに早く走ったのは生まれて初めてモク……」に、クイッキーは厳しい口調で迫る。

「エントン、アニキの代わりにレースに出場してほしいだぎゃ」

「何を言い出すんだクイッキー!」

さっきまで疲れ切って横たわっていたのにもうこの俊敏さ、さすが中身はドッキーだけある……

「エントンにはスピードの制御は無理だ。俺は……棄権するぜ」


「……アニキはそれでいいかもしれないだぎゃ。でも…オイラの気持ちはどうなるだぎゃ! アニキはオイラの憧れだぎゃ……!」

クイッキー、涙をまき散らすほど泣く!


これが多分、例えばヤムヤムを慕う子分と決定的に違うところで、つまりクイッキーにとってはアニキ自身の意思よりも、アニキが自分の憧れるに足るアニキであり続けることの方が大事だったんじゃないか。ライバルが力を伸ばしている今ドッキーがもし棄権したら、逃げたと思われるかもしれないし、バカにされるかもしれない。それでもドッキー自身は自分のスピードに傷がついたわけではないから構わないだろう。ドッキーは多分、外見が自分だろうとエントンだろうと関係なく、自分の満足できる速さを自分が作り出せればそれでいいのだ。

クイッキーは、そうはいかない……ドッキーの名誉を汚されることは、憧れが憧れでなくなることであり、そんなかっこいいアニキのタイムキーパーをしているという自分自身の誇りを損なうことでもあるのではないか。クイッキーはただ速く走れるドッキーを慕っているだけではなくて、速く、かつ速くあり続け、みんなの憧れを一手に集めるドッキーブランドがあってこそ、アニキに心酔しているのではないか……だから「ドッキー」がレースに出て優勝しなければならない……。

だけどエントンにとっての憧れはどちらかというとやはり、大勢の友達に囲まれているヒッキーのような存在なんだよ。エントン(ドッキーの顔、こんなかわいい表情できるんだ、って感じ)は「僕もドッキーは憧れであり続けてほしいモク」って、あくまで他人事みたいな言い方をするのね。きっとエントンにとってドッキーは外の世界にいる人で、自分とは関係のないその世界の中で高い位にいる人だった、孤高のスターには感心こそすれ羨望の対象ではなかったんだよ。だけど今クイッキーの涙を目の当たりにして、他人の憧れのために力を尽くそうというだけの優しさがエントンにはあった。

「レースに出てもいい」と言われた途端、クイッキーはいつもの調子を取り戻し、慌てて走って行ってしまう。

「チェッ、しょうがないやつだな。エントン、いいか、俺の体は少々手強いぜ?」

「が、がんばるモク」


「俺の体はスピードは出せる。しかし、大事なのはバランスだ。見てな」

目隠しをしたまま噴水の縁を猛スピードで走り回るドッキー。「エントンの体じゃこのスピードが限界か」と言いつつ十分速いんですが、何周か走っただけで大粒の汗がダラダラ、息が上がって湯気まで出ている。

目隠しをつけるときカメラが一人称視点になってるのがいいな。「恐ろしくニブい」エントンは目隠しをしては歩くどころか立つこともままならず、一歩踏み出しただけで噴水に落ちてしまった。

早速バカにしに来る極悪トリオ。水泳のジェスチャーをしながら「優勝はこのヤムヤム様に決まってんだよ!」と茶化され、腹立たしげに拳を握るドッキー。しかしエントンは「ドッキー、練習を続けるモク」とびしょ濡れになっても揺るがない。


ヒッキーも窓から見下ろして「ドッキーがあんな調子じゃ、優勝は僕がもらったな」と余裕の構え。なかなかうまくいかない特訓に、ドッキーはもどかしさを募らせる。

「目で見ようとするな、体で感じるんだ! いいか、お前はドッキーなんだ。自分の体を信じろ!」

その言葉でエントンのオーラが変わった。立ち上がったエントンの迫力に、ついたじろぐ2人……

「アニキ…ああ違ったエントン、できただぎゃ!」

ようやく噴水を一周走りきったエントンに、クイッキーはドッキーの影すら重ねて見るのだった。


まだバランスを身に付けただけで、問題はここからです。これだけ流行っている手すり滑り遊びだけど、エントンはやったことなかったんだろうか。なんとか滑り切ったものの「スピードが速すぎて怖いモク……」と半ば涙声。

「スピードと友達になるんだ。そうすればスピードをコントロールできる」

こんな抽象的なアドバイスで分かってくれるエントン、どこまで健気なんだ。

ここにも笑いに来る極悪トリオ。だがヤムヤムはレースが近いというのに練習しようとする気配もない。「俺様には秘密兵器があるのよ」とカフェテリアで大あくびの親分に、ウソップとチュービーは「その秘密兵器が心配ズラ……」と頭を抱える。

エントンはとうとうドッキーに迫るタイムで階段を滑り降りるまでになった。キャイキャイ喜んでるクイッキーは放っておいて、ドッキーは勢いのまま手すりから吹っ飛んだエントンに駆け寄り、励ましの言葉をかける。


花火が上がり、本番の日がやって来た。BANISTERS TIME TRIALとモニターに映し出された現在の順位は……


1 リディー

2 カボ

3 アンプー

4 ゾビー

5 ミスターエックス

OUT ジーニー


「私がトップだって! すっごーい!」

「リディーいつの間にエントリーしてたの」

「おいらも知らなかったモン」

リディーの手すり滑り、絶対すごい迫力だったと思うし見てみたかったんですけど!! なお解説のジーニーさんはこっそり出場したものの転倒して失格だった模様。割れたメガネの隙間に見える色からして、ジーニーの目って(・・)←こんなんだよね。


期待のヒッキーは強気な表情でスタートを切ると、コーナーで軽快に体を浮かし、空中2回転付きで着地。あっさりリディーを抜いてトップに立つ。

レースと名がつけばとにかくロクなことしない極悪トリオですが、今回なんて特に本筋にも関わらないし目立った悪事を働くでもないし、本当にただコメディのためだけの存在だよね……

「ヤムヤム選手は腐ったバナナの汁を手すりに塗りつけてスピードアップを狙いましたが、あまりの悪臭のため失格の判定が下ったようです」

白衣にマスクの完全防備でバナナを回収するジュノとチャップス。マグネロとカボに取り押さえられてなお往生際の悪いヤムヤムに、肩身を狭くするウソップとチュービーなのであった。


いよいよ我が校のスピードスター、ドッキー選手の出番です。もうダメと泣き言を言いつつスピードに身を任せるエントン、滑りながら何を思い出すかって、あのドッキーのアドバイスでも何でもなくて、クイッキーの叫びなんだよ、クイッキーの。エントンは最後まで、みんなの憧れを守るためにこんなに頑張ってくれていたんだ。

「ドッキーは憧れモク、スピードスターモクー!!」


「……まずい!」

「ええ? エントンのやつすごい滑りをしてるだぎゃ」

「だからまずいんだ。エントンは着地が……できねえ!」

ドッキーは自分が出場するのでない以上、もう勝敗はどうでもよかったのね。ここまで特訓に付き合ってきたのはひとえにクイッキーの気持ちを守るため、そして、それに協力してくれるエントンの気持ちを無下にしないため。そのエントンが危険を冒そうとしている以上、黙って見ているわけにはいかないのだ。

「スピードを落とせ!」

「嫌だモク、ドッキーはスピードスターモクゥー!!」

「ばっかやろォー!!」

2人の体は再びぶつかり、そのままゴールへとなだれ込む……響き渡る実況の声が、優勝を飾るにふさわしいタイムがたった今記録されたことを知らせていた。


ドッキー、憧れと言われて照れもせず否定もせず、偶像であることを強いられても涼しい顔をしていられる人なんだよな。それだけ他人にどう思われようが無頓着ってことなんだろうけど、でも今回クイッキーに直接思いをぶつけられて、その憧れの力に心を動かされ、一度は諦めようとした勝負をエントンに託そうと思い直した。

エントンもまたその思いの強さに触れて、一人ではやろうともしなかったであろうことを成し遂げたんだよね。エントン自身が憧れの的となることはなく、ただ影からこっそり学校中の憧れを守り抜くという形で。


再び三日月を眺める2人の背中、その距離感がもう今回、あまりにも有終の美なのだ。

「元に戻れて良かったな」

「僕はやっぱりこうしてる方が向いてるモク……」

帽子をかぶせられて小さく首を横に振るエントン、この帽子はもうね、このシーンのために今日まで存在していたくらいのものですよ……。

そもそもスピードスターはただ最も速いというだけの称号ではない。速さに対する向上心を失わず、その地位に甘んじないでかっこよくあり続けるドッキーの態度こそがスピードスターなのだ。たまたまその速さだけを借り受けてしまったエントンだけれど、そのときドッキーらしさを守り抜いたのも間違いなくエントンだったんですよ。だから、お前がスピードスターなんだ、エントン……!!


「……私はこの映像を流すべきか迷っていました、しかし私には真実を放送する義務があるのです! これが、我が校のスピードスター・ドッキーの素顔です!!」

「僕の席だモク~」とエントンの席にしがみついて、ヤムヤムとジーニーに引き剥がされるドッキーの姿という、愉快なオチもバッチリ決まったのでした。


ふしぎコレクション「スピードスター・Y」

今夜のふしぎはヤムヤムじゃ!

久しぶりにジョニークロウに持って行かれるバナナの中身。


アイキャッチ:V

無表情のままゼリービーンズ差し出すのがクール……。


<まえつぎ>