#16 ふしぎを釣り上げろ

放送当時は私も今よりずっと子供だったので、この回の良さがあまりピンと来てませんでした。記録より記憶にこそ残るような鮮烈な体験の価値なんて、年取らなきゃなかなか実感わかないもんな。だからこそ、これは生徒ではなくルーアの話だったんだ。

演出のメリハリも効いていて、地味にMHSの精神の根幹に迫る良編と思う。


第16話「ふしぎを釣り上げろ」

(脚本:山野辺一記、絵コンテ:酉澤安施)


「ジーニアス! さすがヒッキー、今日一番の大物だ!」

突然出てきたファンキーなアフロはプレイルームの管理人ミスターショータイム。水中の映像は釣られた魚視点なのでした。

プレイルームの中は空中に浮かぶ島がそれぞれゲームの世界になっている、みたいな感じでしょうか。今日は釣りゲームをプレイ中のHLS+極悪トリオ。すごろくのボードを広げたような床に、赤いコマや木や岩が配置してあって、遊び道具までこの通り充実している恐ろしい小学校である。

「あれ、ヤムヤムはまだ釣れてないんだ? ごめんねー僕だけ釣っちゃって(笑)」

「さあ、釣れてないのはヤムヤムだけだ! このまま負け犬になるのか~?」

自慢げなヒッキーもショータイムも煽る煽る。残り10秒というところでヤムヤムにも大きな引きが来て、子分たちも自分の竿を置いて手伝ってくれたが、結局逃げられてゲームオーバー。


プレイルームのドアはベンダーマシーンに混じってカフェテリアの一角に並んでいます。ぶーたら言いながら出てくる極悪トリオ。チュービーもウソップも、別に親分の顔色を伺ってというわけではないんだけど、なんかゴマすってるようなセリフでちょっと面白い。

エレベーターが動き出さないと思ったら、釣り人ルーアが居眠りしていた。何しろこの学校のエレベーター、完全手動なのだ。

「ありゃまた寝てしもうた! はいはーい巻いて巻いてー」

いつも寝てばかりのルーアは極悪トリオにもバカにされているが、当の本人はそれも気に留めない昼行灯。

「本当に寝てばっかりズラ……」

「いやいや申し訳ないねー!」

「ルーア、エレベーターぐらいしっかり釣れよ!」

「俺様の逃した魚に比べればエレベーターなんて軽いもんだぜ!」


サラマン先生「というわけで、伝説と呼ばれているものは……」の講義中。突然校庭の真ん中が液体のように噴き出したかと思うと、辺り一面海になってしまった。エディもコリアラの木も水中に沈み、鳥籠はフタが開いて、ふくろうじじいはどこかに飛んでいく。校舎の窓も塞がれてしまった。

スピモンは授業中も右に左に落ち着きがないし、イエローリザードで何か起こるたびにビビりまくりのボロッカを確認するのがちょっとした楽しみです。先生は「今日はあの日でしたか」と意味深につぶやく。今日は一日校庭に出るな、なんて言うなら理由くらい説明すべきじゃないですかー。理由を隠す理由もないのに、どうしてもです、じゃ納得できないモン!


出るなと言われたら出るに決まっているのが極悪トリオです。「何か楽しいことでもやってるズラか?」とコソコソ歩きで玄関に向かい、海になってしまった校庭に目を丸くする3人。

ヤムヤムは横目でチュービーの頭のフタを放り投げる。「親分何するズラ!」ってちょっと待って、チュービーはフタを忘れてる設定じゃなかったの!! チュービーの顔はフタがないだけでものすごく足りない感じがして、普段のデザインがいかに完成されたものだったか思い知りました。ぷかぷか浮かぶフタを冷静にも投げ縄絵の具で回収するチュービー……そのフタを巨大なヒレが追いかけてきた!!


怖そうなお魚の正体は、年に一度校庭が海になったとき現れる不思議な魚、骨鮫。これでも普段は大人しいらしい。えーと、生徒たちが「年に一度校庭が海になる」ことを知らなかったとなると、みんなまだ学校に来たばかりの1年生ということになっちゃうよね……? メモリーズデイのときは「去年」の行事にも言及してたんだけど……これ、つっこんじゃいけないやつ。

極悪トリオは今にも食いつかれそうなところで助かったものの、勝手に校庭に出たのを先生に見とがめられ、いそいそとピンクトードの教室に逃げ込む。ヒッキーとピラニンも野次馬しにきた。そういえばピラニンは釣りゲームには参加してなかったね。

「さあ、そろそろわしの出番かな」

さっきまでの間の抜けた態度がウソのように真剣なルーア。彼は骨鮫を釣りに来たのだ。ルーア、いつも座っているから二足歩行が目に慣れないなあ。この学校にしては頭身がリアルなだけに、麦わら帽子以外何も身に付けていないっていうのが異様に見えるのかもしれない。

はしゃぐヒッキーに、ルーアはいつになく厳しく告げる。今回、大人と子供の対比も美しいんだよね……自分の夢は背中で語り、いざとなると子供を守るために必死になってくれる大人なルーアなんだ。

「僕にも手伝わせてよ。僕さっき大物を釣り上げたんだよ!」

「ダメだ。これは骨鮫とわしとの戦いなんだ。君たちには危険すぎる」

「それじゃあ見てるだけ、ねえルーア!?」

「分かった、見ているだけだぞ……」

ピラニンも拒否する間もなくヒッキーに引っ張られ、釣り見物について行くことになってしまうのでした。

一方ヤムヤムも懲りずに自前の釣り竿で骨鮫を釣ろうとする。手をパタパタさせて忠告するウソップたちの言うことも聞かず、ヒッキーへのリベンジに燃えてプンプン言ってる(本当に言ってる)のが大変かわいいです。


外はよく晴れた満月で、空の紫色が明るい。ずっと後ろに隠れてガタガタ震えているピラニンをよそに、ヒッキーはルーアの釣りに興味津々。

「この日のため作っておいた特製ルアー『タコパスエイト』だ。あいつの好物のホネダコをかたどってんのさ!」

屋根の上から校庭に釣り糸を垂らす、スケールのでかい骨鮫釣り。タコパス8は一瞬で食いちぎられてしまった。

「やられた」

「うわあ、ボロボロこわい……」

「そう簡単に釣られるあいつじゃねえことは分かってるさ……」

もうルーアは立ってるだけでかっこよく見えてくるな。視線を下ろすと、玄関でゲヘゲヘやっている極悪トリオの姿が。

「骨鮫は親分の近くに寄りつきませんねえ……」

「やっぱり、餌が悪いんじゃねぇずらか?」

チュービー、みょーにくだけた口調でヤムヤムの釣り糸を引っ張り上げる。餌、腐りバナナ。

「俺様のバナナは食えねえってことか」

これはねー、笑いました。わはは。怒ったヤムヤムはチュービーの投げ縄絵の具で骨鮫を引きつけようとする。「おいら怖いズラー!」なんかチュービーがオラじゃなくてオイラなんて言ってます。


ルーアが次に取り出した秘密兵器は「オイスターソースの粒子を練り込んだ最新ルアー『ゲソキングβ』」。骨魚介類の世界も奥が深いんだな……

「ねえ、ルーアはどうしてそんなに骨鮫を釣りたいの?」

「食べるため?」

「違うよ、魚拓を取んのさ……そうすりゃあいつのフシギを記録できると思ってね」

魚拓の右下に押してある判「る」。

「そうすれば骨鮫は、フシギとして、永遠に残るのさ」

「そうか、そういう不思議の作り方もあるんだ……」

水の底に沈んでいたエディたちが水面に現れ始める。校庭が元に戻る前に、釣るチャンスはこれが最後と釣り竿を振り上げるルーア……って、うわあああ!! 極悪トリオが海に引きずり込まれてしまった。放り出された3人は骨鮫に襲われ大ピンチ。ここで一気に静から動に、緩から急に切り替わるのが良いんだ。ルーアは釣り竿を投げ捨て、空に向かって叫ぶ!

「この竿じゃダメだ! ネジマキツムリぃぃ!!」

あーもう、緊急事態に咄嗟の判断ができるルーア、ルーアと通じ合っているネジマキツムリ、そこからの迷いのない一連の動き、全部かっこよすぎ! ネジマキツムリは釣り竿(にも顔がついてるのね)を文字通り叩き起こすと、殻に入って弾んだ勢いでスロット扉を回す。出た目は「ヤネ」……屋根の上に謎空間が出現。いつも屋根の上に行くときはみんなスロット扉を使っているのだろうか……?

ルーアは大きな釣り竿を腰に固定し、反動でエレベーターを一気に引っ張り出した。ほんとかっこいいな。あわやのところでエレベーターに乗り込む極悪トリオ。チュービーはすっかり絵の具が切れている。いや怖いでしょ、自分が乗っている箱が真下から鮫に食い付かれてるって!!

ルーアはエレベーターごと骨鮫を釣り上げたのだ! ああ、記憶に残る画とはこのことか。つくづく思うけど、MHSの上手い回は何が良いかって月の見せ方が良い。満月を背後に輝く骨鮫のシルエット。このクライマックスなんかちょっと泣けちゃうくらいで、この後のルーアの言葉の説得力が違うというものです。


極悪トリオは助かったが、校庭はいつもの地面に戻り、骨鮫も消えてしまった。

「ルーア、釣れなかったね、骨鮫……」

ふっと鼻で笑うだけでyesともnoとも答えないルーア。ここで真っ先に頭を下げるヤムヤムはちゃんと分かってる子なんだよな。

「ルーア、その……悪かったな」

「気にするこたあねえさ。エレベーターを釣るのはわしの仕事だよ。それに、骨鮫は釣れねえ方がよかったかもしれねえ」

もう、ルーアがこんなに渋い大人だなんて思ってなかったわ……。

「骨鮫の飛ぶ姿がわしの目に焼き付いとるんだ……記録より記憶に残した方が不思議は永遠になる気がする」

これなんですよ、MHS。記憶に残すこと。人の記憶から抜け落ちてしまったものが、フシギとして絶対に忘れられない存在になること。記録じゃなくて、記憶の中に強烈に存在するからこそフシギなんだよな。目を輝かせて感動するヤムヤムの気持ち、分かるわ。ピラニンも目を真ん丸にしてこんなポジティブなことを言う。

「来年も骨鮫、現れるかな……」

「そりゃわしにも分からんよ。なんせあいつはフシギなやつだからなあ……」


骨鮫の飛んだ満月が三日月に変わる頃。相変わらず居眠りしているルーアだけど、ヤムヤムはすっかりルーアを崇拝するようになってしまった。脇で威張る子分たちが完全に腰巾着の仕草です。

「ルーア様のお休みを邪魔するんじゃねえ。ルーア様は次の戦いに備えて体を休めてるんだ!」

ヤムヤムまでオイラとか言っちゃってるんですけど、チュービーはまだしも「俺様」じゃないヤムヤムって違和感がすごいな。いや、意外と似合ってるんですけど。

「お前らのような釣りの素人にはわかんねえだろうなあ。ルーア様! 今度おいらに釣りの極意を教えてくださいね!」


ふしぎコレクション「居眠り釣り人ルーア」

今夜のふしぎはルーアじゃ!

相変わらず骨鮫のことしか考えてない居眠りルーアなのでした。


次回予告

「ゲヘヘ、ヤムヤム様だ! インキーのやつが俺様を差し置いてリディーちゃんに告白しようとしてるんだ! ゆ、許せね〜!!」

初見のとき、目がハートになってるギャルズが映った瞬間「あ、来週はヤバいな……」と思ったのを今でも覚えている。


エンドカード

大量のミラーヤムヤムたちとガン飛ばす本物、そしてミラーの隊列に紛れ込むバナナ色のチュービーとウソップ。かわいい。並んでいるのを見て気づいたけど、ミラーヤムヤムは本物よりちょっと明るいバナナ色なのね。


<まえつぎ>