#25 エントンとケムリン

この事件一回で何かが劇的に良くなったのかというとそんなことはなくて、エントンはケムリンが現れる前もひとりぼっちだったし、いなくなった後もやっぱり一人で屋根の上にいるんだよね。でも、ケムリンがそっと背中を押してくれたことは確実にエントンの中で前向きな力になってるんだな、と思わせる何かがあると思います。人はそんなに突然は変わらないけど、少しずつは確実に変わっていくのだ。ケムリンはきっとそういうきっかけの一つだったんだよね。エントンが大っぴらに泣いたり悲しんだりする子じゃないのがかえって切ないエピソードだなあと思います。


第25話「エントンとケムリン」

(脚本:富永舞、絵コンテ:酉澤安施)


ルーレット式のベンダーマシン、ドクロマークの目が4つとサソリ・ドラゴン・悪魔?・一つ目?の目が1つずつあって、回すとチョコバーが何本か落ちてくる。上部に「REMEMBER ME?」って書いてあるんですが、GHSの地獄のタクシーのナンバープレートも「DO YOU REMEMBER ME?」なんだよなーってオタク的には気になるところ。

L「スピモンたらまた絶叫チョコをそんなに買って……」

H「ちゃんと全部食べるんだぞ?」

抱えるほどのチョコを一気食いするスピモン。アメリカのお菓子風の"SCREAM CHOCOLATE”は、かじると耳のスピーカーからあくびのような気の抜けた声が……

\ファ~…/

\ファ~…/

\ファ~…/

\ギャーーーーー!!/

「ヤッターこれ当たりだモン!」

と、流れてきた煙に身をくねらせて咳き込む絶叫チョコ氏。隣のテーブルはGQVのピンクトード組ですが、聞こえてくる声がインキーっぽいんだよな……。

煙の主エントンは「ごめんモク、屋根に行くモク」と、つまはじきにされるのが慣れっこになってしまっている。だいたい、悪いことは何もしてないのに体質的にみんなに嫌厭される孤独な少年って、設定の時点で闇が深すぎてさあ。

消火器スプレーまでウソップがやっちゃったらロッソの立場がないじゃん! ヤムヤムの悪ふざけに怒るエントンを見て「あんたたちやめた方がいいわよ」と言うリディーも、自分たちが危険だから言ってるだけであって、エントンのこと気遣ってるふうじゃなさそうなんだよな。

「もう、もう……怒ったモクー! ドッカ~~~ン!!」


というわけで一部生徒が黒焦げのピンクトードクラス、ペギナンド先生は生徒にさん付けで出席をとる。ちょっぴりくたびれた「はい」って返事がビンセントの初セリフですね。エントンが欠席なのを見て、「あの子また噴火しちゃったらしいわよ」と隣のロッソに耳打ちするノイジー。

「ぱたぱたぱた……ぶうーん……」

エントンにとっては、虚空に消えていく煙のチョウチョや飛行機だけが友達なのだ。寂しいって本音を出せるのは一人で屋根の上にいるときだけなんだろうなあ、と思うと共に、彼はこういうときでも涙は出さない子なのだということが分かる。自分が作ったケムリンがひとりでにしゃべり出して、ちょっとおののくエントン。

「なんでいつもここにひとりでいるケム?」

「ここなら誰にも煙たがられないモク……」

犬に形を変えたケムリンとあははうふふと遊んでいるうち、2人はあっという間に打ち解けるのだった。


すっかりエントン不在が当然になっている教室で、突如「よろしくケム~!」と代わりに現れるケムリン。隣の「?」の席がはっきり映るんですが座席の主はいないみたい。

早速集まってきた野次馬の中にまたAWMがいるぞ。リディーたちも「なんかすごい子がいるんだって?」と背伸びで覗き込む。ちゃっかり司会者面したノイジーが煽り立てます。

「このケムリンくん、どんなものにでもすぐさま大変身してみせます!」

わざとらしいほど身を乗り出して驚くクラスメート。ノリノリで対応するケムリンは天性のアイドルなんだろうなあ。ケムリンの妙技に我が物顔で胸を張るノイジーに、ロッソが「ペギナンド先生をやって!」と食い気味にリクエスト。

「こら起きなさい! 起きなさーい!」

理不尽に怒られるノイジーに大爆笑の教室……って、先生本人いるんじゃないですか!

「いい加減にしなさ~~~い!!」


カフェテリアの大画面でも、ケムリンの物真似は大ウケです。

「ゲヘゲヘ、オレ様はオレ様だ、ゲヘゲヘ」

フォントン机叩いて笑ってるし! アンプーとか椅子から転げ落ちてるし! 憤るヤムヤムの後ろでチュービーとウソップが声を殺して笑う。DとXが同席なんだけど念願のスピード勝負はできたのかしら。

ケムリンは「私リディーよろしくね」とハートを飛ばすと、今度はそのリディー本人とオンプーをバックダンサーに、ケムリンダンスという持ち歌までご披露いただきました。


ふしぎなケムリで

なんにでもなれるんだ

いつでもゆかいに

ぼくらはケムリンダンス


みんなも画面の前で一緒に体を動かし始めて、ケムリンはもう完全にトレンドリーダー。リディーとウインクまで交わす姿に、「俺様のリディーちゃんとあんなことを……」とヤムヤムはひとり恨みを募らせる。


何が問題って、ケムリンが現れてからずっとエントンは表に出てきてないんですよね。

「ケムリンは僕がやりたかったことを全部やってくれたモク」

「エントン、君も一緒にやるケム。2人で人気者になるケム!」

「僕には無理だモク。僕にはここが似合ってるモク」

その様子をリーダーバエから聞きつけ、「あの地味なエントンが……!」とほくそ笑むヤムヤム。ここ、ひとりで目をしぱしぱさせながら怒りに震えている図が面白すぎる。まあエントンの席に座ってた煙の正体くらいスパイさせなくても想像できそうなものではありますが……。


なんだかんだ笑顔でケムリンダンスを教わるエントンだが、ケムリンターン(とは……?)がうまくいかず、やっぱり自信が持てない。と、運び屋ジョニークロウが手紙を落としていった。そこにはミミズが這うようなオレンジ色の文字が……


エントンへ♡

ケムリンって、ほんとは

あなたのけむりなんでしょ?

とってもステキだわ♥

こんや、はかばでダンスを

おしえてくれる? リディより


やっぱり高嶺の花から直々に誘いが来たら喜ぶというものなのか、やたら感動的なBGMと共に手を取り合って喜ぶ2人。エントンとってもステキだわ……エントンとってもステキ……だわ……?

お墓で待っていたのは極悪トリオでした。チュービーに軽々吹っ飛ばされるケムリン、あんまりリズミカルなので笑ってしまったよ。

「お前の煙が人気者だなんて気に食わねえ」……ウソップといえば「気に食わねえ」って感じ、ありません?

ケムリンには用がない、っていうのがずるいですよね。もともと恨みがある相手はケムリンなのに、標的にするのはいじめやすいエントンの方という。棺桶に閉じ込めるというやり口も度を超えている。マッチョに変身したケムリンが3人まとめて放り投げ、エントンの手を引いて逃げ出すが……

「親分、この扉……」

「確かこれは……やばいズラ!」

「お、俺様のせいじゃないぞ、あいつらが自分で入ったんだ!」

鋼鉄の扉に血の気を失う極悪トリオ。ウソップだけが去り際にチラッと後ろを確認するのがもうめちゃくちゃウソップって感じで……。


一度入ったら出てきた者はいないという異次元の扉に入ってしまい、エントン、目元をこするけどやっぱり涙は流しません。

空中に開いた無数の鍵穴から学校のあちこちが見える。ケムリンの噂話をするリディーたち、ケムリンの出席を取る先生、ケムリンの不在を心配するクラスメート……つらい……ケムリンは「いいこと思いついた」と言い残して霧散してしまった。

リディーたちはカフェテリアでくつろぎ中、ピンクトードはホームルームってことは、やっぱりクラスによって時間割が違うの……? ここ、右手でケツを掻いてるピラニンの動きが妙にリアルで目を奪われてしまった。


そういえばMHSって男子トイレも個室で先進的ですよね。親分と連れションでこういう話するのは、やっぱりウソップよりはチュービーだよなあ。煙に驚いてトイレを飛び出し「ヤムヤムがおもらし!!」とニュースにされかけたところで、それどころじゃない事態が起こって命拾いしたね、親分。

学校中に煙が充満し、逃げ惑う生徒で階段はすし詰めに。ヒッキーは解決方法をジーニーに丸投げしたり、「煙突?そんなものがどこに!」とか言っちゃったり、今回は脇役なのでこんなものです。ノイジーの一声でみんなはエントンを探し始める。

異次元の鍵穴から自分の名を呼ぶ声が聞こえ、飛び起きるエントン。こんなピンチでもケムリンを待ちながらうたた寝できちゃうようなある種の鈍感さが妙にリアルに感じます。エントン、例えば感傷的なボロッカなどとは違って、精神的にはけっこう安定感のある子だと思うんだよ。低い方で安定しているとはいえ。

「いつもはここにいるのですが……」と言いながら屋根を探すジーニー、図書室は屋根に一番近い教室だから、ジーニーとエントンもなんとなく距離が近かったらいいなあ。


巨大化したケムリンが極悪トリオを襲う。お墓方面に逃げようとして転ぶウソップ、真っ先に捕まるヤムヤム、の中で一人だけ逃げ延びるチュービーの悪運強さよ!

学校中からの声に応えるように鍵穴が広がっていく。エントン、思い切った。エディに吐き出されて転がるときの音の鈍さにレンガの重量を感じます。

「僕は煙突、煙を吐き出すモク!」

つまり、もともと校舎にある煙突だから、校内の煙がどういうわけかエントンの体を伝って吐き出されるということなのか。

「やられたケム」と縮んでいくケムリン。落ちっぱなしのウソップとヤムヤム。ケムリンをすっかり吐き出し力の抜けたエントンに、え喝采を浴びせる生徒たち……エントン、本当にリディーちゃんにステキって言われたんだよ……!


ケムリンは元はと言えばエントンの分身だったんですよね。エントンはケムリンになってみんなの輪に入っていきたかったのだけど、実はエントンはエントン自身のままでも「みんなのヒーロー」になることができたのだ。それが分かった今、もうケムリンの姿は必要ない。

そしてエントンはケムリンになりたかったという以上に、ケムリンみたいな子が誰でもない自分の一番近くにいてくれることがうれしかったんだと思うんですよね。でもケムリンはそんな人気者だからこそ、ずっと2人きりで屋根の上になんてい続けることはできなくて、いつかはこうやって消えてしまうしかなくてさ……

「みんなが怖がるから、僕はもう行くケム。またいつか遊ぼう……さよならエントン、ずっと友達だケム……」

という、MHS版『泣いた赤鬼』だったんですが、赤鬼であるエントンは一粒の涙も流さなかったんですね。どこか達観したところのある寂しがり屋、エントン。ケムリンの名前をつぶやいて見送るだけの静かな別れが、かえって切ない余韻を残す。


ふしぎコレクション「ふしぎな煙」

今夜のふしぎはエントンじゃ!

校長先生見せてよー!! ていうかエントンはふつうに校長の姿を知ってるのか!?


アイキャッチ:M

バケツくっつけちゃった!

今回マグネロ、教室に煙が湧いてきたシーンで若干逃げ遅れてるんですが、それにしてもDVDケースに入ってるキャラクター紹介が

マグネロのプロフィール「居眠りをしていて、いつも寝ぼけているので動きが鈍い。」

マグネロの特徴「いつもボーッとしていて動きが鈍い。」

容赦ない書きっぷりは彼に限ったことではないとはいえ、大事なことなので2回言いましたというか、他に書くことなかったのかというか……。


<まえつぎ>