大関は東西各一名以上置くものとされ、大関の人数が二名に満たないときは、横綱のうちの一人が大関を兼ねる。これを横綱大関という。https://ja.wikipedia.org/wiki/横綱大関
横綱大関の存在を知っていることは、相撲マニアであることの一つの証かもしれない。
今の状況だと、その横綱大関が発生しそうな気配がある。
照ノ富士と豪栄道が双方とも負け越せば、来場所横綱大関が発生する。また、豪栄道のみが勝ち越した場合、来場所高安が負け越せば、初場所は横綱大関が発生する。
前場所は二名負け越し、今場所は高安が肉離れと、大関陣の未来が明るいようには見えない。
では横綱はどうかというと、こちらも満身創痍だ。鶴竜稀勢の里は連続休場、白鵬は今場所休場。今場所は日馬富士が支えようとしているが、彼ももう33歳で、いつ体力の限界が来てもおかしくない。
大関の状況を考えなければ、来年辺り、これらの横綱陣が一気に引退する可能性がある。もっとも、現実的には、横綱大関も作れないような異常事態が眼前に近づいたときには、横綱は引退するのを当分の間控えるだろう。
だから、仮定の話という色彩が強いが、横綱と大関合わせて一名以下、ということもありうる。
この場合にどうなるか。明確なルールはないが、今場所定年らしい大山親方は、関脇が大関を兼ねるしかない、と述べている。これを関脇大関としたい。
一相撲マニアとして、これらの事態を見てみたい、という思いは強く持っている。しかし、相撲の制度について妄想を重ねてきた私は、横綱大関制度の当否を考えてきた。そして、これらの制度は好ましくない、という持論を持っている。この機会に開陳したい。
横綱大関は確定しているルールなので、論じる実益はない。正にただの趣味である。
横綱大関を当然のものとして受け止めている方々には、横綱大関を否定するのは理解に苦しむだろう。
もっとも、さらに詳しいマニアは、大関が二名未満になったのに、横綱大関が置かれなかった場所があることを知っているだろう。ウィキペディアに書いてある話ではあるが。
その頃には、横綱大関制度が存続するかどうかは自明ではなかったのである。
その東大関不在の場所、1955年1月場所の新聞記事を昔読んだことがある。そこでは、簡潔ながら、横綱大関を置かなかった理由、それに対する不満が述べられていた。残念ながら記事を手元には持っていないので記憶という不確かなものになってしまうが、両者の議論を書いておきたい。
横綱大関が置かれない理由を述べたのは、彦山光三氏だったと思う。現代においては、既に横綱というのは地位化しており、大関とは別個のものだから、両者を兼ねるというのはおかしいという主張である。これを否定説1としたい。
「横綱の地位化」について、読売新聞1954年10月8日朝刊の記事から引用したい。
「栃錦の横綱が実現して若ノ花の大関は一応見送りとなったため、当然大関をどうするかが問題になってくる。従来は大関であって横綱を授与されたものであるが、昭和二十六年春に大日本相撲協会と横綱を免許する吉田司家と協議して横綱をもって大関以上の最高地位とするということになった。…」
つまり、横綱が関脇、大関と同様の地位であることが確認されてから初めて大関が二名以下となるケースだったのである。それ以前は、確かに横綱は称号であり、地位ではないという理解もありえたのだった。それが否定されて以降初めて大関に欠員が生じたのである。
結果、横綱大関は置かれなかった。否定説1を採ったのである。
一方、それに不満を述べていたのは、当時審判部長だった双葉山の時津風親方である。こちらの主張は容易に予想できるだろう。大関がいないというのは不自然、というものである。これを肯定説としたい。これは、三役はかならず東西一名以上置かれなければならないというルールを重視したものといえるが、このようなルールを必置ルールと呼びたい。
再び横綱大関が置かれるようになったのは、反対派である時津風親方の巨大な存在感によるものだろう。
では、どちらの考え方が正しかったのか。
一見して、どちらも正しそうに思える。
地位が違う以上、横綱兼大関というのはおかしい。番付は基本的には順位表であり、地位というのは、実力の序列である。大関というとき、そこには横綱でないという含意がある。
他方、必置ルールも自然に思える。幕内だろうが十両だろうが、定員があり、不足が生じそうになり、ラッキー残留という手段でも解決できないときは、下から力士を昇進させる。角界においては、定員を操作するという考え方は不自然だろう。必置ルールは、いわば、三役について、その下限のみを定めるものといえるから、やはり定員の一種と言えるだろう。
同時に、議論が噛み合っていないという印象を受ける。両立するからである。
関脇で考えてみたい。関脇以上の力士のうち、来場所関脇になる力士が一人のときはどうするか。当然小結以下の最優秀力士から一人関脇に昇進する。
では、大関に欠員が生じたときに、同様に関脇以下の最優秀力士を一人昇進させるとする。するとどうなるか。
地位の重複という肯定説の難点は解消されるし、必置ルールに違反するという否定説1の難点も解消される。
つまり、大関でも関脇以下と同じように編成すれば難しい問題は生じないのである。これを否定説2と呼びたい。
否定説2を採れば、問題は解決するように見える。しかし注目したいのは、実際問題採用するものはいなかったということである。
なぜ採用しなかったか。関脇の場合、前頭5枚目の8勝だろうが、より優れた力士がいなければ、関脇に上がる。しかし、同様に、例えば前頭筆頭の8勝で大関に昇進させるのは不当である。この点については、肯定説を採る者も否定説1を採る者も当然の前提としていた。
この、否定説2が不当だという前提をもう少し明確に表現したい。
どのような成績であれば昇進させてよいか。よく持ち出されるのは、3場所33勝だろう。単に相対的な順序関係にとどまらず、一定の星数を残さなければ大関に昇進できないことになる。ここでは突っ込まないので飛躍した表現になるが、大関は、関脇とは異なり、一定の成績を残さねばならない、ということが要求されることを意味している。このような考え方を、大関責任論と呼びたい。
深入りはしないが、番付というのは実力の順位表であることが大前提だが、大関責任論は、順位では大関になる力士を大関にしないという意味で、順位以外の要素を大関という地位に見出していることになる。
横綱大関問題の核心は、必置ルールと大関責任論の矛盾である。
必置ルールは、欠員が生じたときは、いかなる成績であろうと比較的にもっともマシな力士を大関に昇進させるべき、という思想が背景にある。他方、大関責任論は、大関というのは一定の成績が求められるものであり、一定の成績に満たない者は、大関になるべきではない、という思想である。
両者は純粋な矛盾関係ではない。大関責任論において大関に求める成績が、大関に空き家が生じた場合に関脇以下の最優秀力士があげる成績の下限より下である場合には、そのような事態は生じない。
とはいえ、実際問題としては、大関に求める成績は、空き家が生じた場合に関脇以下の最優秀力士があげる成績のうち、かなり良いものである。
そのような実際の大関に求める成績を前提とするならば、両者は矛盾している。
この矛盾が核心だとすれば、横綱大関の主たる問題は、否定説1と否定説2といずれを採るかだろう。
とはいえ、実際に発生したのは否定説1と肯定説との対立だし、仮にここで肯定説が否定されるならば、横綱大関制度は適当でないことが明らかになるから、まず、両説の当否を検討したい。
両説については、必置ルールと大関責任論の矛盾を認め、そのために必置ルールを劣後させることもやむを得ないというのが否定説1であり、必置ルールを重視し、大関責任論を両立させるために、横綱と大関の分離をやめることを持ち出したのが肯定説であると位置づけられるだろう。
横綱と大関との分離はこの問題の核心ではない。大関に一定の成績を要求しようと、大関を東西に一名置こうと、横綱と大関を分離することには何の支障もないからである。
では、別種のものを持ち出してきた肯定説は、うまい説明になっているだろうか。そうは思えない。
肯定説が、横綱は大関を兼ねるとしているのは、横綱の力を有している者は、当然大関の実力を有しているとみているからだろう。比ゆ的に言えば、大関が3場所33勝を要求されているとすると、連覇が要求されている横綱は、3場所33勝をする実力を有しているだろうといえるからである。横綱のハードルをクリア―している以上、大関のハードルは当然クリアーしているというイメージから、これをハードル論といいたい。
しかし、番付の最も基本的な性質は順位表である。横綱は大関でないという含意があるし、大関は横綱でないという含意がある。
両者の差異は、ある地位に、その地位より上位の地位ではないという含意があると認めるかどうか、ということになる。私は後者が正しいと思うが、ここではその話はさておき、ハードル論を基に話を進める。
横綱が大関の実力をも有しているのは、大関が欠けている場合も欠けていない場合も変わらない。
では、大関が欠けていない場合に、肯定説では横綱をどのように表記するか。当然、横綱とのみ表記する。
ここにも肯定説の欠点がある。つまり、ハードル論では、常に横綱が大関の実力を有しており、大関の人数が欠ける時にのみ、表記が変わるということの説明にはならないのである。
また、このような理屈では、横綱と表記されている者がいる時点で、既に大関の実力を有する者がいることは明示されており、あえて横綱大関を設けて大関という名称を付す理由は乏しいことになる。
ハードル論では、複数の横綱は、みな大関の力を持っているから、誰かが大関にならなければならないとしても、理屈上は誰でも良いし、みんなが名乗っても理論上の破たんはない。
ただ、1名のみが名乗ることについては、これが例外的な措置であり、できる限り通常の地位を表示するのが好ましいからだろう。
実際問題としては、横綱の最下位1名が横綱大関となる。下位者がなるのは、通常の番付における大関と横綱の位置関係を維持したいからだろう。
横綱と関脇の間に大関がないというのが感覚的におかしいというのが、肯定論の本音だろう。
以上の肯定説の本音を表現するならば、「横綱が大関の実力を有していることを意味しているとしても、番付の表記上大関がいることこそが必置ルールの内容を示すものである」というものだろう。
先ほど肯定説は、横綱は大関ではないという一般的な理解に反して、横綱が大関の実力を包含しているという理解をしながら、他方で、必置ルールでは横綱と大関は分離すべきとし、必置ルールは番付表記上のみのルールであるから衝突はない、とするのである。
この議論で重要なのは、番付における地位の位置づけである。私の説明では、地位というのは、実力の序列を示すものだった。肯定説のこの主張は、地位の表記上のルールを地位と実力との理解から分離することで、そのような地位と実力とのつながりを否定し、あるいは弱め、形式的なもので構わない、とするのである。
では、肯定説は、このつながりを完全に否定するものだろうか。そうではないだろう。横綱大関の点以外では全く変わらない実力を反映した番付編成を行うし、大関責任論も、順位によるという点は否定するものだが、順位ではない成績を大関という地位に希求するもので、地位と実力とのつながりはむしろ重視するものだろう。
つまり、肯定説も地位と実力とのつながりは否定できないのである。そうすると、それを弱める肯定説の主張は、説得力が強いものとはいえないだろう。
それと引き換えに得ることのできるメリットは必置ルールの維持である。
では、必置ルールはどれだけ必要のあるルールなのだろうか。
必置ルールが東西両陣営に一定の役力士を要求するのは、対抗戦だったという歴史を踏まえてのものだろう。現在は部屋別とはいえ個人性である。東西に全く意味はない。
つまり、過去の事情に基づく制度であり、現代においては合理性の乏しいルールといえる。したがって、必置ルールを維持するメリットは小さい。
否定説1が優れているというのが結論である。
そこで主たる問題に移りたい。否定説1と否定説2、どちらを採用すべきか。こちらは理路は簡明で、必置ルールと大関責任論、どちらを優先すべきかという問題である。
ここで必置ルールと大関責任論の理解に話は移る。
必置ルールの合理性は前述の通りである歴史的なものであり、個人戦の現代において合理性に乏しい。
とはいえ、実力者の上から三人が三役です、と言われれば、それにあえて反発するようなものでもないだろう。前述のように、定員のようなものである。
他方、大関責任論も、合理性が大きいとはいえない。番付が実力の順位表という原則の中で、なぜ大関に一定の成績を求め、その結果、定員のようなものに過不足が生じる不都合をも許容するのだろう。ありうるとするならば、それは結局のところ、大関が最上位だった時代に、その最上位者には一定の成績を要求していた名残りではなかろうか。この説明で成功しているとは思えないが、これ以外に正当化の手段は思いつかない。
これについては、横綱が地位化した現在も維持できるかは問題である。大関という二次的な地位にそのような要求をすることも認められるが、第二集団にいかなる成績が認められるのかについては丁寧な説明が必要ではないだろうか。
以上のように、これらのルールはいずれも歴史的なもので、現代特に必要とされるルールではないと思う。
逆に言えば、いずれを優先させる判断も誤りではないと思う。
その上で、あえてどちらを優先させるかを判断するならば、私は必置ルールを優先させたい。
番付が実力の順位表であるというのが大原則で、それ以外の要素を含めるとするならば、理由が必要だが、大関責任論にそこまでの理由はないように思われるからである。
結論として、否定説2を支持したい。つまり、横綱大関制度は採用すべきではない。
なお、本質的な話ではないが、角番制度は別途考えることができる。一定の成績を残して昇進した力士について、大関として期待される成績をあげる力を有しているものとして角番制度の対象とし、空家が生じたことから便宜的に昇進した力士については、そのような角番制度の特権を与えないことにより、弱小の力士が大関にとどまることを緩和するという手段をとることは可能である。
次に、関脇大関制度の当否について検討したい。
関脇大関制度を考えることは、横綱大関制度を考えるヒントになる。。
まず、肯定説について考えたい。ハードル論は、大関が3場所33勝を要求されているとすると、連覇が要求されている横綱は、3場所33勝をする実力を有しているだろうといえるからである。
では関脇ではどうか。これは成り立たない。小結で11勝する要求を満たしていても、3場所33勝する力があるとはいえない。
つまり、明らかに肯定論は成り立たないのである。大山親方の見解は失当である。
否定説は特に話は変わらない。
大量離脱を念頭に置いた場合、否定説1では、番付の最上位が関脇になるのが大関横綱のときと違うくらいである。、否定説2では、三役で負け越したり、平幕で8勝したようなのが大関になることになる。
どちらを選択すべきか。
大関に一定の実力を求めるべきだというのならば、否定説1となろう。しかし、そのような明確に求められている一定の実力というものはあるのだろうか。無いのならば、弱小大関であっても、東西の形式面を揃えて大関を設けても良いのではないか。
通常の番付編成でこのような事態が生じることは考え難いが、春秋園事件のような脱走事件が起きることはありうるし、八百長事件に至っては、関与した力士を解雇とするという処遇はそのままに調査の対象となる場所の年月を区切らなければ、実際にこのような事態に至っていてもおかしくはなかったところである。
関脇大関制度を論ずる実益は、皆無ではないと思う。