残りは3条となった。9条と14条は具体的な状況における死に体の規定と理解したい。13条も大した話ではないので、独立した頁を作らずここで取り上げる。
第九条 頭髪が砂についたときは負けである。しかし、相手を倒しながら、瞬時早く髪がついたときは負けにならない。
第十三条 締込の前の垂れが砂についても負けにならない。
第十四条 相手の体を抱えるか、褌を引いていて一緒に倒れるか、または手が少し早くついても、相手の体が重心を失っているとき、すなわち体が死んでいるときは、かばい手といって負けにならない。
まず、14条は、先に死に体になった者が負けというものであるということを維持する限り、当然の帰結以上の意味はないと思われる。
9条も、髪は人体の一部なので当然だろう。少し微妙なのが「しかし」以降の部分である。
「相手を倒しながら」が死に体だったら、基本的にはこれも当然である。しかし、「瞬時」は余計になる。瞬時でなかろうと相手が死に体になっていれば勝ちである。
「相手を倒しながら」が死に体でないとしたら話は変わってくる。14条が「体が死んでいる」という表現を使っているから、普通の読み方ではそれとは異なる場合である。しかし、昭和30年代に制定された角界の規定にそこまで厳密さを求めるものではないようにも思われる。
「倒しながら」が死に体とは別の意味であるとした場合、まだ相手の体が死んでない状態で髪がついても、瞬時なら負けにならないということになる。
髪がなぜ特別扱いされるかというと、やはり純然たる人体の一部と言い切るには困難があるからで、このような規定も許容されるだろう。しかし、「瞬時早く」ついたときとある。このように死に体とは別の意味に理解すると、体が生きているときに髪がついていると相手より「瞬時」だけ早くなることはあまりないのではなかろうか。いや、足が土俵内に接地したまま倒れるということは確かにある。
「倒れる」というのは、一般的には後ろに倒れることだろう。側方もこれに含めたい。前方と後方は足を送る容易さに違いがあり、側方は足の送りの難易において後方に類するからである。
しかし、この規定が取り上げられることを目にすることはなかった。死文化されているのか、この時代は髪が必ずしも整っておらず垂れさがることも多かった時代に生まれた規則を明文化したものなのか。
そのように、髪が垂れ下がっているような場合に特例を認めたものだと理解したい。そこで 、現代においては無視してよい規定とする。
第十三条も同じように、垂れ下がっている前垂れが接地しても人体の一部とは認めないということだろう。なお、前褌ごと地面と接しているが、前褌と土俵の間に前垂れがあるといたような場合に負けとする規定ではないように思われる。
髪と前垂れの共通点は、垂れ下がっていて、自分の力で直接コントロールすることができないことに求められるだろう。