基準が優れたものであるからこそ、その基準を適用した結果に説得力が生じるのであるが、優れている程度を正当性とよぶ。
昇進基準では、その地位にふさわしい力士を適切に選別するものが正当性の大きい基準である。
では、いかなる基準が正当性のあるもの、すなわち、その地位にふさわしい力士を適切に昇進させるものなのだろうか。それは、昇進する地位にふさわしい成績を基準としたものである、という話をしたい。
一致原則からすれば、当然のことかもしれない。すなわち、ある場所において成績を残した者は、一致原則により次場所もその成績を残す実力があると見積もることができる。残した成績が上の地位にふさわしいものであれば、次場所もその成績を残す実力があると見積もることができるから、その者を昇進させるべきである。すなわち、その地位にふさわしい成績を残した者が昇進すべきである。
では、一致原則を前提としない場合であってもそのようなことが言えるだろうか。ある場所に残した成績と同様の成績を次場所も残すとは限らない、とした場合でも、昇進する地位にふさわしい成績を昇進基準とすべきだろうか。
昇進する地位において期待される成績を期待成績、昇進基準において昇進させるべき成績を昇進成績と呼びたい。例えば、大関に求められている成績が二桁、大関に昇進させるべき成績が3場所33勝ならば、期待成績が二桁、昇進成績が3場所33勝である。
まず、昇進成績が期待成績を上回るのは好ましくない。
この場合に、期待成績以上昇進成績未満の成績を残した者がいる場合、その者は昇進成績に満たないので、下位に留まることになるが、上の地位にふさわしい成績を残せる者が下の地位に留まっているという意味において、逆転現象が生じているからである。
仮に昇進成績を下回る期待成績があれば、逆転現象は生じず、もっとも望ましいと考えられる。
だが、そんなものが存在するのだろうか。
先ほどの期待成績二桁を前提に考えたい。9勝や8勝(それ以下でもよいが)をどのように取れば、「10勝以上を取ると見込まれる成績」となるのだろうか。あるいは3場所33勝。3場所32勝以下のどのような成績であれば、将来33勝以上挙げられると見込まれるのだろうか。
もしかしたら、統計的にはそのような昇進成績があるのかもしれない。しかし、それは偶然によるもので、将来においてそのような成績を挙げたものが期待成績を挙げることは期待できないのではなかろうか。
昇進成績を下回る期待成績がないとするならば、最も望ましいのは、期待成績を昇進成績とすることである。すなわち、「昇進する地位において期待される成績」を収めた力士が、「昇進する地位にふさわしい実力を持っている」と評価され、「次場所昇進する地位にふさわしい成績を残す」と見込まれるから、この者が昇進すべきである。これを、期待成績と昇進成績の一致といいたい。
期待成績と昇進成績の一致により、昇進する地位にふさわしい成績を昇進基準とすべきであるというのが結論である。
そうなると、基本的に望ましい昇進基準の問題は、期待成績の問題に移行する。期待成績、すなわち、ある格に要求される成績とは何なのかを考えることこそが、昇進基準論の最も重要な内容なのである。
そして、ある格に要求される成績というのは、明確な回答があるわけではなく、本来は個々で異なるものだろう。望ましい昇進基準とは何かという問いに明確な答えがあるわけではないということは強調しておきたい。
とはいえ、期待成績は、昇進基準の問題に完全に先行する問題ではない。
まず、期待成績というのは価値判断であり、唯一無二の正解ではない。また、このことを論ずる実益は、専ら昇進基準を考えるためである。
というわけで、期待成績は望ましい昇進基準を探求するための概念であり、また、自明のものではないのだから、昇進基準に適合的であることを大前提として期待成績を設定することも許される。具体的には、人数である。極端な例を挙げれば、横綱の期待成績を設定し、その成績を昇進基準とした結果、同時代に横綱が10人や20人いるような場合、そのような成績はそもそも横綱の期待成績として不適格といえるだろう。
先出しすることになるが、これから説明する一つの横綱昇進基準を提示したい。
昇進不当ライン
連覇
見送り不当ライン
1.昇進場所全勝の場合、前場所又は前々場所優秀次点
2.昇進場所優勝の場合、前場所優秀次点か、前場所12勝かつ前々場所優秀次点か、前々場所優勝
3.昇進場所優勝争い次点の場合、前場所優勝か、前場所12勝かつ前々場所優勝か、前々場所全勝
4.昇進場所13勝or次点の場合、前場所全勝
昇進不当ラインは大変わかりやすい。他方、見送り不当ラインはいかにもマニアが作った感じが出ている。様々な考慮を働かせたものではあるが、例えば優勝争い次点ではなく同点ではだめだったのか、相星決戦以上ではだめだったのか、という疑問が生じる。後に一通りの説明はするが、それでも実際同点や相星決戦以上はあり得ない、というわけではない。基準全体としても、見送り不当ラインにより細かいものという印象だろう。
このように細かすぎるのは基準の評価としてはマイナスとなるものと思われる。
なぜか。基準が説得のためのもので、説得の対象となる人たちは多様な価値観を有しているからだろう。
次点、同点、相星決戦に対する評価、横綱に対する評価は一様ではない。
つまり、条件が多ければ多いほど、評価の対象が増え、同時に基準と自らの価値観とがズレる可能性も増えてくるからである。
もっとも、これは抽象的な話で、きちんと説明すれば細かくても十分に理解されるという可能性もある。
いずれにせよ、大ざっぱにいえば、基準における条件は少なく単純という性質がある基準が良い。このような基準を、先の明確性と区別するため、明快性と呼ぶ。