現実の昇進基準を語る前に、昇進基準なのかを考えてみたい。
昇進基準論で述べたように、ある力士をある格に昇進させるか否かの判断を可能にする指標が昇進基準である。
それは、このサイトに書いているように、私の認識の中、あるいはそれが世に出ているという意味では存在する。誰かが望ましいものを考えており、発表しているという意味では、昇進基準は存在する。
ここで問題にしたいのは、そのようなあるべき昇進基準の話ではなく、現に大相撲、日本相撲協会において昇進可否の判断のもととなっているような昇進基準が存在しているのかである。
横綱昇進基準においてよく持ち出される基準は、連覇若しくはそれに準ずる成績という、横綱推薦基準である。
実際問題概ねこれに則って昇進可否が判断しているといってよいだろう。さて、周知のとおりこれは大相撲の組織そのものの内規ではなく、諮問機関である横綱審議委員会の内規である。そして横綱審議委員会の判断に相撲協会が拘束されるという仕組みでもない。北の湖理事長は13勝が「起点」、14勝以上の優勝で「文句なし」という表現をしていた。この基準によれば、12勝の優勝を含む連覇は昇進しないことになるし、現に千代大海が12勝で優勝したときには綱取りにはならないと明言していた。結局北の湖理事長下で12勝を含む連覇事例はなかったため、横綱推薦基準に反する見送り例は実現しなかったが、潜在的にはこのような可能性があった。
この北の湖理事長に対して、報道陣は内規との抵触を突っ込んだようだが、北の湖理事長は当初内規にはこだわらないと言っていた。内規は横綱審議委員会を拘束するものであり相撲協会の理事会を拘束するものではないから、それはそれで筋が通っているだろう。
もっとも、その後はその成績が内規に合致するという説明もしていた。これは無理があったと思う。
では、この理事長が昇進を決定するのか。
横綱の昇進は理事会決議事項らしく、そのイニシアチブを取る理事長の意向は反映されるだろう。が、報道お決まりのあるフレーズがある。「昇進問題を預かる審判部」である。
昇進問題の最終決定権は理事会にあるが、いわば協会の内規として、昇進可否の判断は審判部に委ねられているということである。
そして、北の湖理事長下でも、白鵬の見送りについては北の湖理事長は「上げるつもりだった」と発言していた。平成18年7月の白鵬は、前場所14勝優勝の後当場所13勝2敗の優勝次点。「文句なし」の成績ではないが、連続13勝が目安という北の湖基準には合致している。
白鵬が見送りを喰らったのは、そもそも審判部が推挙しなかったからである。その審判部は、千秋楽まで優勝争いの次点以上+優勝を「準ずる成績」とする見解を比較的安定して採用している。この場所の白鵬はそれには合致しなかった。
というわけで理事長の見解も絶対的なものではない。
とはいえ、審判部が推挙したものであっても、横綱審議委員会は見送り判断できる(そうでなければ諮問機関の意味がない)し、そのような前例もある。理事会が否決する可能性も抽象的には存在する。
そして、それぞれの機関で判断が時間的な意味で統一されているわけでもない。構成する人間が変わることにより、その見解は容易に変更される。
そんな中で前述の横綱推薦基準や北の湖基準は珍しく一般的な基準を明言したものであるが、それはかなり例外的なものである。通常は、ある力士について、「来場所は大関とりか」「何勝で大関か」などという質問に対する回答が記事となる。
このとき、当然その力士の従前の成績や昇進する地位に在位する人数などの状況が前提となっているが、これもいかなる状況が昇進のハードルに影響しているのかなどが明言されることは稀である。
というわけで、それぞれの機関が従前の見解を統一性をとろうとするわけでもなく、その場その場で昇進基準を持ち出しているのである。
これらを全て一つのものとして実際の昇進に影響している「昇進基準」であるとするのは、それ自体フィクションかもしれない。
とはいえ、これらを「昇進基準」と見て実際の昇進基準と考えることにも一定の意味があると思われる。
理由の一つは、昇進の背後には、場所中関係者は緊密に連絡を取っているようである。だから、ある人物の見解が他の機関に影響するということもあるようである。
二つめには、第一の理由と全く無関係ではないが、後の機関が拒否する見込みがあるときには、その前の機関において先回りして見送るということがあるようだからである。
横綱審議委員会の内規である横綱推薦基準が、なぜ拘束力があるように見えるかというと、審判部としても、準ずる成績にも当たらず見送られる見込みの力士はそもそも横綱に昇進するよう諮問しないからだろう。
また、協会においても、横綱審議委員会の判断を無視することはできる。できるが、それが多発した場合は、諮問機関の存在意義が問われかねない。自ら諮問機関を設置している以上、その存在意義を自ら失わせるような行動はためらわれるのである。
かくして、協会内の組織は昇進可否の判断において横綱推薦基準を尊重しており、結果横綱推薦基準は大相撲において実際に横綱の昇進基準を判断する基準として機能しているように見えているというわけである。
このような相互作用があるので、これらをまとめて現実の昇進基準とみるのも無意味ではないように思う。
というわけで、現実の昇進基準の項では、そのような昇進基準というものがいかに形成されてきたのかを見ていきたい。
現実に昇進に関連する組織としては、審判部、横綱審議委員会、理事会、理事長がある。
自分より横綱や大関に昇進基準に興味のある人間は多くはないと自負しているが、個人的には、いずれの組織に属する人間の発言であるかを区別しているかどうかが、この話題に興味のある人間かどうかの分かりやすい判断基準として通用すると思っている。
昇進問題を第一に判断するのが審判部である。
審判部では、優勝+千秋楽まで優勝争いの次点が準ずる成績であるという見解を比較的安定して採用している。
横綱の昇進問題において最も意味のある連覇若しくはそれに準ずる成績という、横綱推薦基準を内規にもつ機関である。諮問機関でありその判断は協会を拘束しないのだが、上述の理由で協会は横綱審議委員会の判断を拘束し、内規は昇進基準として通用している。
なお、半世紀以上にわたる大相撲のスポーツにおける地位低下と共に、昨今いかにも相撲に興味のない委員、委員長が増加し、今までの昇進例、昇進基準、内規から逸脱した基準を何の理由もなく提唱する例が多発している。
とはいえ、そのようなおかしいことをいう委員、委員長は結局周りの相撲に興味のある委員に窘められるようで、そのようなおかしな基準が現実の昇進に判断することはあまりないようである。
横綱昇進は理事会の決議事項なので、最終判断は理事会ということになる。
とはいえ、各理事が昇進基準のコメントを寄せることはない。
これは、報道機関が質問しないということだし、それは、この理事会決議は形骸化しているということだろう。
理事長は理事会の構成員であり、その主導者であるから、その意向は事実上強く影響する。が、職務分掌においては昇進可否は審判部が行うことになっており、理事長は必ずしも昇進について積極的に発言するとは限らない。というより、むしろ積極的に発言することは稀であるように思われる。先の北の湖理事長はかなり例外的であり、この時期昇進基準において興味深い例が発生することになった。