炭素
炭素は地殻における存在量はそれほど多くはありませんが、多くの生物において必要不可欠な元素です。炭素化合物だけは他の元素とは差別され、「有機化合物」という名でくくられます。有機化合物の種類は一千万種以上あり、無機化合物よりもはるかにバラエティに富んでいます。
元素単体としては、最もよく知られているのはダイアモンドです。これは高温高圧下で安定な炭素の同素体で、装飾品のみならず、高い硬度、熱伝導率などを利用して、工具などにも用いられます。
(capture) 天然のダイアモンド。丸みを帯びた12面体もしくは正8面体の結晶になりやすい。
(capture) 低品質の人工ダイアモンド。今では装飾品品質のものが合成できる。
(capture) ビッカース硬度計の先端にはダイアモンドが使われる。この研磨されたダイアモンドの四角錐を物体に押し付け、できたくぼみにより物体の硬度を測定する。
ダイアモンド、傷も付かなければ破壊もできないって思われている方が時折いらっしゃるんですが、そんなことないです。
静的な圧ではなかなか破壊できない(下の基板がへこむ)のは確かなんですが、ハンマーで砕くと比較的簡単に割れます。硬いですが。
こんな感じ。
三方向にへき開があります。しかし、方解石や蛍石ほどはっきりしません。
ぶん殴って割れば当然、C-C 結合が切断されます。
破壊に化学結合の切断と再生成が伴われるってのは、無機高分子ではよくある話。
あの硬度の高いダイアモンドすら、衝撃には脆いのです。
形あるものはいつか必ずなくなります。
「愛」などのように、形のないものはさらに脆く儚く消え去ってゆくことでしょう。
化学的にみれば、ダイアモンドというのはなんのことはない sp3 炭素の三次元ポリマーです。
sp3 結合を歪ませずに、もっとも密に炭素をくみ上げていけばダイアモンドになります。
というわけで、ダイアモンドは無機鉱物よりむしろ有機化合物的な性質を示すことが多くあります。
ダイアモンドの選鉱は、含有岩石を破砕し、これを水で流しながらグリースのべったり付いたテーブルを通します。
ダイアモンドはグリースによく濡れるので、グリースに沈み込みます。他の鉱物は濡れ性が劣るのでそのまま流れ去ってしまいます。
もう一つの重要な炭素同素体としては黒鉛(グラファイト)があります。
(caption) 天然の黒鉛の結晶。軟らかく層状に剥げやすい六角板状になりやすい。
結晶が歪みやすくわかりづらいんですが、六角板状の結晶。
ここに、連なったベンゼン環がずらーっと並んでいます。巨大分子というか高分子です。
これを、セロテープを貼り付けてはペリペリ剥がすのを続けていくと、最終的には1-数層の「グラフェン」というグラファイトができて、これがなかなか物性的に面白い、というのがこのあいだのノーベル賞でした。
層間にいろいろな金属や分子を挟み込むことができたりなど、奇妙な反応性を示します。
また、ダイアモンドがもっとも硬い鉱物であるのに対し、こちらの炭素は最も軟らかい部類です。
電気も熱もよく通します。
すべては、縮合したベンゼン環と、それに由来したπ電子に起因します。
フラーレン C60 の分子構造です。ある種の化合物と結晶中で包接化合物を作りやすく、こうなるとX線できれいに分子構造が解析できます。
サッカーボールの模様をした、球状に丸めたグラファイトです。
(caption) フラーレンC60 の分子構造。球状の美しい分子で、サッカーボールの表面の模様を持つ。
木炭の燃焼です。
有機化合物でも、地質的な作用によって生じ、結晶性の化合物なら鉱物種扱いされます。現在では、こういった有機鉱物が50種弱知られています。
最も多いのはシュウ酸塩、ギ酸塩などのカルボン酸塩です。
ところが、たまに縮合多環の芳香族化合物のようなものが見つかります。現在では8種あります。
最も有名なのは下の写真の天然のコロネン、カルパチア石です。
レモン黄色の柱状の結晶です。
この標本はカリフォルニア、サンベニートの水銀鉱山で産したもの。記載はロシア、トランスカルパチアです。
トランスカルパチアのものは放射状の結晶集合体だったのですが、サンベニートのものはカルパチア石の表面に玉髄をかぶり、その上に米水晶が乗ってるのが違和感を覚えますね。だって、コロネンの融点は400度足らず、石英は1600度ありますから。
赤い粒は辰砂です。
コロネンというのはこんな分子です。
縮合多環の芳香族化合物で、ベンゼン環が7枚。
省略してある水素まで入れると、分子はコロナ状なんで、コロネンという名が付きました。
アダマンタンがダイアモンド構造の単位構造なら、コロネンはグラファイトおよびグラフェンの単位構造とみることができます。ベンゼン第2世代。
カルパチア石は高い蛍光の量子収率を持ち、紫外線照射でキレイな青色蛍光を示します。
上の写真とまったく同じアングルで、紫外線照射したもの。
はっきりした理由は不明なんですが、今まで産出したカルパチア石(カルパチア、サンベニート、カムチャッカ)は、すべて水銀鉱山から出てきます。いずれも熱水脈です。
サンベニートのものは炭素同位体比から、堆積物由来の有機分子が中程度の地熱を受け、有機物が熱分解した末にできているらしいのです。しかしそんなところはいくらでもあります。
何で水銀鉱山にばかり出てくるのか、と。
どうも生成に水銀がからんでいるような感じがあります。
メカニズムは未だよくわかりませんが、熱水条件で有機物が分解を受け、それが蒸気圧の差によって分画されながら、クラッキングのように枝分かれ部分が落ち、熱力学的に安定で酸化されづらい縮合多環の芳香族化合物ができます。
これが部分濃縮を受け、フェナントレンやコロネンのようなものだけが一部分に濃縮され、結晶化するようです。
熱のかかった炭化水素は水銀と相性がよく、トルエンなどでは 1000ppm 近い水銀を溶かし込むという報告があります。どうもここに水銀がからんでくるようですね。
日本だと、イトムカをはじめとする北海道の水銀鉱床に産する可能性が高いでしょう。
謎多き鉱物であります。