雄黄と雌黄

江戸の日本で使えた黄色は、大きく分けて植物由来の有機化合物の黄と、鉱物由来の無機化合物のふたつの黄があった。前者は草木染めによる染料であり、後者は酸化鉄や硫化物の黄色顔料が多い。前者の代表は藤黄、後者が石黄である。藤黄は、東南アジア原産のオトギリソウ科フクギ属の植物の樹皮から採れる透明感のある黄色い染料で、ガンボージともいう。これは、身近なところではバイオリンの塗装着色によく使われる染料で、ガンボージ酸というキサントノイドを多く含む。この黄色は貿易により輸入され、浮世絵の黄色には多用された。ガンボージをはじめとして、フクギの仲間の木の樹皮は黄色染料をよく含む。沖縄では、民家の周囲を取り囲むように日除けと防風目的でフクギを植えるが、これからも黄色い染料が採れ、紅型の黄色い染料になっている。これは、フクゲチンというフラボノイドによる色である。

ガンボージの樹脂。脆いブロックで、アルコールに良く溶ける染料。

一方、鉱物由来の黄色ははるかにクセがある。江戸期は、硫化ヒ素の化合物である鶏冠石 (realgar, As4S4)と、石黄 (orpiment, As2S3) が鮮やかな黄色顔料に使われた。中国では前者を雄黄(ゆうおう)、後者を雌黄(しおう)と呼び石薬や装飾に使われ、これが日本に輸入された。この名も古くから使われてきたのだが、この名にはいろいろ混同がある。明治時代の和田維四郎による日本鉱物誌では、両者を取り違え、中国からクレームがついた。大正時代の第2版では修正したのだが、粗悪な鶏冠石の表現に用いる「石黄」の名を orpiment に当ててしまった。しかも、植物染料である藤黄に対しても、「雌黄」の名を用いることがあるため非常に間違えやすい。現在では realgar には平賀源内による名の「鶏冠石」を、orpiment は誤訳の「石黄」をそのまま用いている。

石黄の顔料としての歴史は古く、確認されているのでも、エジプトでは紀元前二千年以上前から、オーカー(黄土)と共に、黄色を代表する顔料であった。石黄は、すりつぶしたては山吹色であるが、しばらく光に当たると色が落ち着き、黄色くなってくる。これは光劣化で、主に光エネルギーを用いた酸化である。しかし、その後はあまり変化しない。

日本における顔料としての石黄 (orpiment, As2S3) の使用の歴史はかなり古い。続日本紀には「伊勢国朱砂雄黄」の記述があるが、これは辰砂(硫化水銀の赤)と、鶏冠石(realgar)のオレンジ色の顔料を書いたものであろう。

鶏冠石 (realgar) は真っ赤な結晶で、粉末にするとオレンジ色になる。これは二つのヒ素ーヒ素結合を有するカゴ状の分子構造の分子結晶で、空気中の酸素と光の力を借り、光異性化反応を起こしてオレンジ色を帯びた黄色い粉のパラ鶏冠石 (pararealgar) になる。このような色調の変化の難しさもあり、鶏冠石は顔料としてはあまり使いやすいものではなかった。

鶏冠石(realgar)。

硫化ヒ素 As4S4 の組成を持つ鉱物で、鮮やかな赤い色の屈折率の高い結晶を作る。

粉末にするとオレンジ色になる。

光が当たるとゆっくりと異性化し、パラ鶏冠石になってしまう。

中国の溶融鶏冠石。

鶏冠石は融点が低く、加熱すると分解せずに融解する。

この形でよく売られている。

石黄は劈開の強い黄色結晶で、これは光に対しては安定である。屈折率が大きく、粉末にすれば美しいレモン黄色の顔料になる。

しかし、いずれも硫化ヒ素であるため、人体に対して有害性がある。ヨーロッパでは、16世紀までの絵画や壁画にもこの黄色はよく用いられていたが、クロムイエローやカドミウムイエローのような、安定で使いやすい合成顔料の安定供給により、ヒ素の黄色はほとんど姿を消してしまった。

ガンボージもかつては毒性があるとされていたが、最近は薬効成分の研究が多く向けられている。雄黄も雌黄も、毒にもなれば薬にもなる。

(参考文献)鶏冠石からパラ鶏冠石への光駆動転移: D. L. Douglass, C. Shing, G. Wang, Amer. Min., 77, 1266-1274, (1992).