ハルシャギクとオオキンケイギクの黄色

花の色を染料に用い、堅牢な染色をするのは一般的に困難だが、いくつかの花の色素はかつて染料として重宝された。ひとつはベニバナであり、貴重な鮮紅色が得られる数少ない植物染料だ。黄色~オレンジ色の花弁染めに利用されたものに、ハルシャギク (Coreopsis tinctoria Nutt.) がある。

ハルシャギクの野原。2018年6月24日。神奈川県海老名市。

ハルシャギクはその花弁の模様から「ジャノメソウ(蛇の目草)」とも呼ばれる。

ハルシャギクの花を摘む娘(3歳)。いくらでも摘める。

オオキンケイギク (Coreopsis lanceolata Linné) は、北アメリカ原産のキク科の一年生草本で、5月から7月ぐらいに、多量の黄色い花を付ける。戦時中、この花は知覧(鹿児島県)のあたりにいっぱい生えていて、出撃せんとする特攻隊員に贈られたことから「特攻花」なんて名前が付いていた、という話もある(しかし、この話には諸説ある)。ただ、この種は園芸用に明治期に日本に持ち込まれたものの、驚異的な繁殖力で周囲の植物種を駆逐し、猛烈な勢いで増殖するので、最近は特定外来生物に指定されている。確かにこいつはたちが悪く、空き地に生えだすと他の植物種を駆逐し、悪魔のように繁茂し、初夏の空き地を一面黄色にしてしまう。

花の黄色、特にこの属(Coreopsis 属)のキク科植物の花の黄色色素は古くから「花黄素 (anthochlor, アントクロール) 」と呼ばれていた。とはいえ「アントクロール」という言葉には「花の黄色」ぐらいの意味しかなく、化合物の分類としては甚だ大雑把なものではあるが、アルカリ性にすると赤変する、というのがわりとわかりやすい化学的な特徴である。これはすなわち、π-共役系に直接結合しているフェノール性水酸基がある、ということを意味する。多彩な花の色は、赤と寒色はアントシアニンによるところが大きいが、黄色はどうやってもアントシアニン系色素では発色できない。花の黄色は、カロテノイドとフラボノイドの世界である。アルカリに対する感受性から、カロテノイド系色素はアントクロールとはみなされない。

(ちなみに、花の色素の古い大分類は ①アントシアニン ②アントクロール ③アントキサンチン で、いずれもラテン語の「アント」(花の)が付いているのが特徴。これらの分類はまだ花色の色素の分子構造がはっきりわかっていなかったときに便宜的に吸収波長によってざっくり三分割されたものらしい。①はより長波長に吸収があって赤~紫~青系の寒色を出すもの、②は上記のとおりで、濃い黄色でアルカリや金属塩との反応により黄色~オレンジ色になるもの、③は②と似ていているがもっと吸収が短波長側に来ていて、中性では無色に近いか薄い黄色で、アルカリ性または金属キレートを形成すると濃い黄色を出すもの。でもわりと適当で、よく②と③はとっちらかる。)

オオキンケイギク花弁の熱水抽出溶液(一番上)と、そこに炭酸カリウムを加えアルカリ性としたところ(中段)、

さらにそこに希酢酸を加え中和したところ(最下段)。

アントクロールの特徴である、アルカリにより濃赤色になる挙動がよくわかる。

キク科植物の花に存在するアントクロールは、多くの場合、複数種のフラボノイドよりなる混合物である。それらのフラボノイドのうち、可視領域に吸収をもつものはカルコン誘導体、フラボン誘導体とオーロン誘導体である場合が多い。また、無色ではあるがフラバノンもそれなりに含まれる(フラバノンは中性状態では色を持たないが、染色における鉄媒染では姿を現す)。最近の研究に基づく文献だと、オオキンケイギクに関してはオーロン誘導体の配糖体が最も存在量が多く、カルコン誘導体はそれに次いでいるとある。オオキンケイギクは、Coreopsis 属の中でも特にフラボノイド分が多く、花弁のメタノール抽出分の酢酸エチル画分の 42% がフラボノイドなのだそうだ。文献のクロマトグラムを見てみると、オーロンのグリコシド配糖体のレプトシンが特に多く、次いでペンタヒドロキシカルコンであるオカニンが来る。オカニンはハルシャギク(Coreopsis tinctoria)の花から初めて単離され、Coreopsis 属の植物花弁に特徴的に含まれるカルコンで、これは極めて染着性の高い黄色色素だ。オオキンケイギクに特徴的なのは、オカニンの 8 位の水酸基がメトキシになった分子ランセオレチンで、これはオオキンケイギクの花弁より単離記載された色素分子で、種名を戴いた化合物名となっている。

アントクロールに含まれる代表的なフラボノイドの母骨格。一番右のフラバノンだけはπ-共役系が切れているのに注意。

そのため、左三者はすべて黄色だが、フラバノンは無色である。

カルコン、オーロンの名はいずれも、その黄色から来ている。

オオキンケイギク抽出分のクロマトグラム(文献の図に分子構造を加筆修正)。

このような背景を考えると、古くから染色に用いられるハルシャギクと同様な染色手法で、やっかいな外来種のオオキンケイギクも染め物に使えるのだろうと予想した。オオキンケイギクは嫌われものなので、道に生えている花をむしっても、誰にも文句は言われることもないだろうし。

オオキンケイギクは、ウチのあたり(神奈川県海老名市)あたりにはものすごく繁茂していて、5月末~6月半ばぐらいになると、道端のいたるところに黄色いコスモスのような花を付ける。これを片っ端から摘みまくって染色の原料にする。子供が喜んで摘んでくれる(30分で飽きる)。それでも、コンビニのビニール袋いっぱいぐらいは、あっという間に採れる。ベニバナよりよほど花を摘むのが楽で大量に確保でき、実に有難い。

生えてるところにはいくらでもある。5月15日、神奈川県海老名市目久尻川沿い。

線路沿いにはびこったオオキンケイギクの花をむしる娘。

あっという間にコンビニ袋半分ぐらい採れる。

という考察を経て、綿を染めるには強めのアルミニウム媒染が良かろう、と思ってやってみる。後染色用のTシャツ(縫い糸まで綿のもの)を買ってきて。。。

濃い目の硫酸アルミニウム水溶液で媒染。ぐつぐつ1時間煮る。

それとは別に、

それを洗って、

もともと、この種のハルシャギクの仲間のキク科植物の花による黄色染色は、コロンブスが入ってくる以前の中南米では、「Pahuau」と呼ばれ盛んに行われていた。欧州でも、ハーブ染めとして古くからハルシャギクを用いていた。オランダでは、女の子の目「Meisjesogen」として、北米からCoreopsis verticillataが輸入され、利用されていた。ハルシャギクの名は、原産国ペルシャの訛りらしい。日本には紅花染め以外のキク科植物による花染めの文化はない。紅花染めでは、赤と同時に大量の黄色い色素が溶出し、これは木灰媒染で絹や木綿が染められるのだが、これとてほとんど利用されてこなかった。これはおそらく、コブナグサやカリヤスの黄色があまりにも使いやすく、原料も多量に入手可能であったため、わざわざ花の黄色を利用するまでもなかったのだろうと思われる。

(文献)

オオキンケイギクの見分け方(環境省)