ヒ素

【性質と製法】

毒物として名高いヒ素ですが、単体のヒ素はそのマイナスイメージとは裏腹に、新鮮なときは大変美しい金属光沢の元素です。

酸素を含まない条件で600℃程度に加熱すると、容易に昇華して、美しい銀色の結晶(灰色ヒ素、三方晶系)が成長します。

真空度を上げると、見事なヒ素の鏡(砒素鏡)ができます。

普通はヒ素の鏡は、マーシュテストという湿式ヒ素分析(アルシンの分解による砒鏡)で出てくるんですが、蒸着でも簡単にできます。

結晶は、歪んだ八面体結晶のようです。骸晶になっています。

綺麗な華には毒がある、ということわざどおりの、美しい銀色の結晶です。

ヒ素は新鮮なものは銀白色の金属光沢を持つ脆い元素ですが、空気酸化を受けやすく、半日も空気に晒すと茶色に、長時間ほっておくと真っ黒になります。この結晶、24時間放置すると、ここまでくすんでしまいます。

たまに、針状の結晶が育ちます。斜方のヒ素である輝砒鉱(アルセノランプライト)です。

これも、菱面体のヒ素と同様、一日でくすんでしまいます。

天然にも単体が産することがあります。日本では神岡鉱山(岐阜県)、赤谷鉱山(福井県)が代表です。

最近になって宮崎県で新しいヒ素の多形が見つかり、パラ輝砒鉱と名付けられました。

■金平糖砒

下の写真は赤谷鉱山(福井県)のヒ素です。ヒ素の菱面体結晶がイガグリ状に集合した非常に珍しい形態のもので、「金平糖砒」と呼ばれて世界的にも珍品です。これについては、古くは市川新松らの報告(福井県鉱物誌等)があります。

ちなみに、新鮮な粘土から産したばかりのものはこのようにギラギラの銀色なんですが、空気中に出しておくと酸化され、一日でくすんでしまいます。

酸化されてないものをアルゴン雰囲気でガラス管に閉じ込めると、半永久的にこの光沢を保つことができますが、かなりの至難の業。

ところどころ付いている黄色っぽい白い粒は、亜ヒ酸(砒華)です。

次の写真は、天然のヒ素である「自然砒(native arsenic)」の風化したものです。

この標本では、ややひしゃげた四角い結晶がいくつもくっついていて、これが風化して、へき開の方向に平行な筋溝がいくつも入ってます。

この筋の方向が軸方向です。結晶のエッジからは斜めになってます。

ちなみに、隙間を埋めている白い物質は三酸化二ヒ素です。

ヒ素酸化物は高温で揮発するのであまりやりたくないのですが、単体ヒ素は炎色反応を示します。淡い藤紫色です。

【資源】

一番なじみ深いのは、鉄とヒ素の硫化物、硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)でしょうか。銅硫化物を産する鉱山には、かなりの確率で見つかります。これを焙焼し、充分な空気と共に酸化させると、三酸化二ヒ素として昇華するので、この廃ガスを冷却して回収します。

硫砒鉄鉱 (arsenopyrite), FeAsS,

単斜晶系, 空間群 P21/c,

Panasqueira Mine, Covilhã, Castelo Branco District, Portugal, 4.2 cm

次の写真は、天然の三酸化二ヒ素です。「亜ヒ酸」という俗称がありますが、水がなければ遊離酸にならないので、これは正しくありません。

これは、方砒素石、あるいは砒華という鉱物名称を持ち、砒素鉱物の酸化帯に時折見られることがあります。

下の写真は西牧鉱山(群馬県)が稼行していたころの方砒素石です。八面体の綺麗な結晶です。

一般には、ヒ素は硫化鉱に含まれてくる分を焼き、昇華してくる三酸化二ヒ素を取り出します。

硫砒銅鉱 (enargite) Cu3AsS4, orth., Pnm21

台湾台北州基隆郡 金瓜石鉱山

東京大学総合研究博物館蔵

標本長: 6.5 cm

Nikon Zoom Micro Nikkor 70-180mm/Nikon D3

ヒ素を含んだ硫化鉱物は空気酸化および加水分解によりイオン形態を変え、環境中ではヒ酸塩 (AsO43-)の形態を取る傾向が高いです。

これは他の陽イオンと反応し、様々なヒ酸塩鉱物を作り出します。

リン酸塩のヒ素類縁体ですが、野山でもしばしば見かけます。

下の写真は大分で発見された新鉱物、亜砒藍鉄鉱(パラシンプレサイト)の結晶です。

ただし、この鉱物はむしろ稀で、ヒ酸鉄であるスコロド石が一般的な安定ヒ酸塩鉱物として多く存在します。

精錬工程で生じたヒ素分も、ヒ酸鉄に誘導され、保管されます。

次の写真は、ピクロファーマコ石というカルシウムとマグネシウムの含水ヒ酸塩です。ヒ素を多く含むスズ鉱山の坑道の中で、半世紀ぐらいかけて育った白い花のような結晶です。毒の華と言えましょう。

ピクロファーマコ石 (picropharmacolite),

Ca4Mg(HAsO4)2(AsO4)2·11H2O,

三斜晶系, 空間群 P-1,

大分県佐伯市宇目町木浦鉱山ダツガタオ, 2.3 cm

【利用】

ヒ素(砒素)は毒物として悪名が高く、名前を出すとギョッとされる元素ですが、地上には多く存在し、野山でもよく見かけます。

かつてはその生物に対する有害性を利用し、農薬や殺鼠剤などに多く用いられたことも。

「石見銀山鼠捕り」という名で知られた殺鼠剤は、銀鉱石とともに産したヒ素を含む鉱石を焼き、昇華してくる三酸化二ヒ素を集め、製剤したものです。

第2次世界大戦中は、生野鉱山(兵庫県)や宮崎県高千穂町の土呂久(とろく)鉱山で産出した硫砒鉄鉱を空気中で酸化焙焼し、三酸化二ヒ素(いわゆる「亜ヒ酸」)を製造しました。これを染料会社に納入し、誘導化したのちに瀬戸内の大久野島(陸軍の化学兵器工場があった)に運び、ルイサイトをはじめとする有機ヒ素化合物を合成し、毒ガス弾を作った暗い歴史があります。

戦時中の土呂久集落の鉱害は、地元の小学校教諭によって後に掘り起こされ、朝日新聞の記者が「口伝 亜砒焼き谷」(川原一之著、岩波新書)に記録しました。二度と起こしてはならない産業災害ですね。

それもまたヒ素という元素の持つ一面です。

かつては、農薬や顔料にヒ素化合物を多用していた歴史があります。

農薬では、亜ヒ酸鉛、亜ヒ酸銅、アセト亜ヒ酸銅を、殺虫剤や防虫剤、特にジャガイモ用に戦後しばらくまで製造しておりました。

日本ですと、大久野島を戦後払下げしてもらった帝人系列の久野島化学が作っていたことがあります。

亜ヒ酸銅やアセト亜ヒ酸銅は1800年代に優秀な緑色顔料「エメラルドグリーン」としても利用されましたが、これはその毒性が後になってわかり、問題になったことがあります。詳しくはそちらのページを。含ヒ素顔料は他にもあり、石黄などの硫化ヒ素、ヒ酸コバルトのコバルトバイオレットライトなどが歴史上使われましたが、現在ではもちろん使用縮小方向にあります。

最近では、ヒ化ガリウムなどのカルコゲニド半導体としての用途が有望視されていますが、その有害性が足を引っ張っています。

それでも、赤外領域の発光ダイオードとしては性能が高く、しばしば OP145B などの製品を見かけることがあります。

日本沿岸のヒジキはけっこうヒ素を含んでいて、イギリスなどのように食品としての摂取規制がある場合もあります。

ヒジキには無機ヒ素(かつては有機ヒ素だとされていた)で、ヒ酸塩 AsO43- の形で含まれているようです。それ以外の海藻の場合は、含ヒ素の糖またはアルセノベタインで含まれ、これらの有害性は高くありません。