トンボの図鑑はたくさん出版されていますが、標本の作成方法まで解説してあるものはあまりありません。そこで、ここではトンボ標本の作り方を紹介します。標本の作り方は決まった方法がある訳ではありません。ここでは私が用いている方法について紹介します。なお、ここでは横刺し標本(図1)や三角紙にいれたまま保存する方法を想定しているので、展翅標本(チョウのように翅を広げて整形する方法、図2)の作成方法は説明しません。
竹ひご(成虫の腹部に通す)
ピンセット(トンボに竹ひごを挿入する際など細かい作業に必要)
昆虫針(横刺し標本を針で刺すため)
平均台(横刺し標本の高さを揃えるため)
スクリュー瓶(幼虫の標本や、羽化したてで体の柔らかい成虫を保存するための容器として)
100円ショップのブラシ(ブラシの部分だけ切り取ったもの。イトトンボの腹部に通す)
木工用ボンド(トンボを台紙に貼り付けるため)
はさみ
タッパー(標本保存用)
防虫剤(標本保管用)
ケント紙(標本のラベルや標本を貼り付ける台紙を作るため)
シリカゲル(標本を乾燥させるため)
アセトン *必要に応じて
消毒用エタノール、無水エタノール *必要に応じて
酢酸エチルかエタノールでトンボを動かなくさせた後、腹部に芯を通します。トンボはすごく腹部が長いので、標本にして乾燥させるとすぐ腹部が折れてしまいます。体に芯をとおしておくと、折れるのを防ぐことができます。また、腹部が曲がったまま乾燥させた標本(図3)よりも、まっすぐなもの(図1)のほうが見た目にも綺麗です。
トンボの体に通す芯は、体が小さくて細いイトトンボ以外は竹ひごを用います。私はチクワの芯で使われている竹をナイフで細く切って使用しています。また、イトトンボ用には100円ショップで売っているブラシ(図4、5)が最適で、私はこれを使用しています。
まずは体の長さ(胸から腹部の先端まで)にあわせて、はさみで芯にする竹ひごを切ります。芯は胸の部分、前脚と中脚の間の、膜の部分から挿入します。このときにピンセットで、芯の端が挿入した箇所から出たままにならないように奥まで芯を押し込みます。注意してほしいこととして 1) 腹部の先端から芯が突き出ないように芯の長さをきちんと測ってから挿入すること、また、2) 芯は胸から腹部の先端へ向けて挿入すること、の2点です。2についてですが芯を挿入する方向は、腹部の先端から胸へ向けては挿入しないこと。腹部の先端は、オスなら尾部付属器、メスなら産卵管などがあり、トンボの種を判定したり、分類の研究に用いられたりする重要な部分です。この部分が,芯が突き出したりすることによって破壊されるのを防ぐ意味で行ってはいけません。
トンボの体に芯を通した後は標本を乾燥させます。トンボはすぐ乾燥させないと腐ってしまい、色が変わったりバラバラになったりします。そのため採集したらその日のうちに芯を通し乾燥させましょう。よく体内に残った糞を出し切るため餓死するまで容器に入れておいてそののちに標本にするという方法を耳にしますが、死んで腐ってしまうと元も子もないのでお勧めしません。
乾燥させる方法はいくつかありますが、最初に紹介するシリカゲルを用いた方法をおすすめします。その理由として以下に上げる薬品と違って 1) 扱いが容易なこと、2) シリカゲルが水分を吸って効果が弱くなったら乾燥させることによって繰り返し利用できるのでコスト面でも優れている、という2点が挙げられます。
タッパーにシリカゲルを入れ、その上に三角紙に包んだトンボを入れます。このときに翅をきれいにそろえます。そのまま直射日光のあたらない場所で2週間ほどおいておくと完成です。室温で十分ですが冷凍庫に標本をタッパーごと入れておくと凍結乾燥に近い効果が得られ、よりきれいな標本ができます。
上記シリカゲル法をお勧めしますが、無水エタノールやアセトンを用いた方法も紹介しておきます。 薬局で販売されている無水エタノール(純度99%)を用いて脱水します。まずは無水エタノールをタッパーに注ぎ、そのなかにトンボを漬け込みます。イトトンボなら10分ぐらいで出さないと色が白っぽくなります。その他のトンボなら1時間を目安に引き揚げます。この時の注意点として、シオカラトンボやコフキヒメイトトンボなど、体に粉をふいたものは粉がとれてしまうことがあるので液体に付けてはいけません。また、ヨツボシトンボ、タカネトンボなど胸に長い毛があるトンボも、液体につけると毛がねてしまってきれいな標本にならないので浸けてはいけません。
アセトンに浸け込むことにより脱水と脱脂を同時に行うことができます。アセトンは薬局で注文すると入手可能です。まず、タッパーに注いだアセトンにトンボを浸します。浸け込む時間はトンボによって違うのですが、イトトンボで5~10分、大型のヤンマで20分ぐらいを目安にしてください。漬け込み過ぎると複眼が真っ白になってしまうので注意が必要です。また、アセトンにプラスティック製品が着くと溶けるので扱いに注意してください(タッパーや上にあげたイトトンボ用の芯は溶けません)。また、無水エタノールのときと同様に体に粉がふいたトンボや長い毛があるトンボを浸してはいけません。
羽化したばかりで体の柔らかいトンボを乾燥させると体が潰れてしまい、種の判別すらできない標本になってしまうことがあります。その為、未熟な成虫は幼虫の標本作成方法と同様に70~80%エタノールを入れたサンプル瓶に入れて液浸(えきしん)標本とします。
乾燥処理が終わったら横刺し標本か展翅標本にして標本箱に入れます。まず、横刺し標本の方法ですが、体に直接針を差してはいけません(図6)。標本は乾燥させると、薄い表皮を残して中は中空になります。そのため体に針を直接刺してしまうと、針を中心として標本が回転してしまうからです。標本箱の中で標本が回転すると、標本がぶつかり合って壊れてしまいます。また、図6写真のアキアカネに関して言えば、アカトンボの仲間は胸の黒いスジが種の識別に重要なのですが、肝心な部分を針で穴を空けて破壊しています。できるだけ標本を傷めないという意味でも針で直接串刺しにするのはやめましょう。長方形に切ったケント紙に木工用ボンドをつけて右胸に貼りつけ、その後台紙に針を刺します(図1)。横刺し標本は左胸が上になるように作成しますが、これは、一般に販売されている図鑑の標本写真は左胸が上になっているので、これらの写真と自分の標本を比較しやすいからです。
標本箱に入れる際にはできるだけ気密性の良い物を選びます(図7)。気密性が悪いと防虫剤の減りが早くなったり、カビが発生しやすかったり、カツオブシムシ等が侵入して標本が食害を受ける割合が高くなるからです。標本はすべて横刺し標本にしてもいいですが、私は1種につき数匹横刺し標本にして、残りは三角紙にいれたまま、防虫剤を入れたタッパーに入れて保管しています。なぜかというと標本が増えたら場所をとるからです。気密性の高い容器に入れる場合は虫が完全に乾燥してから入れること。湿り気を帯びたままだと標本箱の中でカビが生えたり変色したりしますし、一緒にいれている標本にも悪い影響を及ぼしかねません。
標本箱にいれる時やタッパーで保存する際には、防虫剤はかならず入れ、定期的に防虫剤を入れ替えます。せっかく作った標本なので、きちんと管理しましょう。
※大学や博物館など学術機関で保存する場合は、以下の写真のように保管する方がデータの整理ができ、なおかつ標本箱のように場所もとらないので良いかもしれません。これらの写真は、アメリカのGarrison 博士が行っている方法です。彼の研究室を訪れた際に許可を得て撮影させてもらいました。博士は一頭ごとにカードをつけてそれをファイリングして整理し保管していました。
昆虫を採集した際には、採集ラベルを必ず付けます。ラベルは、ケント紙に製図用インクで手書きするか、もしくはパソコンで打ち出したものを用意し、標本と一緒に保管します。ケント紙を使用するのは、厚手の紙でないと破けてせっかく記載したラベルの情報が読めなくなる可能性があるからです。水に濡れて字が消えてしまうようなインクは使用しないようにしましょう。
採集ラベルには 1) 採集場所、2) 採集年月日、3) 採集者 の3つは必ず記載してください。
幼虫は、80%エタノールをいれたスクリュー瓶に入れて液浸標本として保管します(図8)。無水エタノール(99%)では脱水能力が高すぎて標本が変形してしまいまうので避けましょう。とはいえエタノールの濃度が低すぎてもいけません。トンボの幼虫は水中に棲んでいるので水分含有率が高く、液浸標本にした際にエタノールの濃度が極端に薄まってしまいます。そのため80%ぐらいが最適だと考えます。無水エタノールを80%まで薄めるか、もしくは薬局で販売されている消毒用エタノールがちょうどこの程度の濃度です。きっかり80%でないとだめという訳ではありません。ラベルは、ケント紙に鉛筆かシャーペン、もしくは製図用インクで書いたものを幼虫と一緒に瓶の中に入れておきましょう。あと,これは好みですがエタノールの蒸発が気になるようでしたらパラフィルム(伸長性が強く、通気性のない、防湿性の接着自在の薄膜シール. 検体や薬品を侵さず,無色透明の無毒性で,ガラス器具などの密栓シール用として広く使用されている)を蓋とビン本体の接合部に巻いておくと良いです.
羽化殻の場合は図9のように、台紙に貼って昆虫針で刺します。脚などを綺麗に伸ばしたい場合はお湯か水に漬けておくと柔らかくなります。
そのトンボの腹部の長さ、太さに応じた芯を通す。このときに芯がはみ出ないように奥まで入れる。また、腹部の先から芯が突き出ないように気をつける。
シリカゲル等で乾燥させる *ここまでの作業は採集した日におこなう。
横刺し標本にして気密性のよい標本箱で保管するか、防虫剤の入ったタッパーで保管する。