・ジャズ・ストレート・アヘッド/加藤総夫(講談社、1993年)
エリントンの音楽について、日本語で書かれた最も偉大な本(2020年現在)。
音楽面のエリントンを学ぶなら、まずこの本を読むべきだ。
といっても、この本はエリントンのことだけ書かれているわけではない。
骨太の総合的なジャズ批評本で、加藤先生がピアニストということもあって、
ピアニストに関する内容が多い。
そのどれもが、「批評」の名に恥じぬ論が収められている。
内容をあれこれ言う前に、とりあえず目次を挙げてみよう。
【目次】
・モンク・アローン -カオスとしてのソロ・ピアノ
・エリントンとモンク -ミュージシャンが影響を及ぼし合うことをめぐる神話
・スタンダード・ナンバーの作曲家としてのエリントンとモンク
・エリントンとサウンド研究
・<強引な装置>の快感 -オーケストラとの共演におけるもう一人のビル・エヴァンス
・ジョージ・シアリング論
・ジョー・ザヴィヌル論 -音楽形成における四つの鍵
・アウト・オブ・ドルフィ(笑)
・聴覚的記憶としてのベン・ウェブスター
・セクション・トランペッター列伝 -最も知られず、しかし最も聞かれているミュージシャンたち
・ガーシュイン「ポーギーとベス」をめぐるキーワード
……うーむ、実に興味深い……。
まったく興味のないものもあるだろうが、逆に、強烈に読書欲を刺激するものもあるはずだ。
それはこの本が論文集だからであり、論文集をアタマから丸ごと全部読む人なんていない。
自分の関心のある論文を繰り返し繰り返し読むものです。
とはいえ、どの論文も濃密な考察が展開されているのですべて一読の価値あり、なのは保証しておく。
このサイトとの関係では、エリントンに関する3つが重要。
その内容については、このサイトのあちこちに「©加藤総夫」で示しているのでここでは言及しない。
エリントンの他に特筆すべきなのは「セクション・トランペッター列伝」。
まず、切り口が面白い。
管理人がエリントニアンの経歴を調べたときに感じたことだけど、
セクション・プレイヤーの人生って、ちょっと調べるだけで小説が何本も書けそうなくらい面白いです。
これ、あまり手が付けられてないところだし、体系的・網羅的に調べ上げれば、
それだけで飯が食べていけるようになれる…ことはないか。
でも音楽ファンとしては、感傷的な印象批評を垂れ流すよりも、
こういう細かいデータをまとめてくれた方が有益なんだけどなあ。
つまらないジャズ批評は、その書き手が「論文の書き方」というか、
「文章の書き方」がそもそもわかっていない人間であることが多い。
「この人、自分がどこに向かってるかわからないまま書いてるんだろうな」と感じる文章も少なくない。
その点、加藤総夫は理系の研究者であり、文章や論文を書く力はずば抜けている。
蛇足ながらもうひとつ付け加えておくと、
音楽に関する文章で、「音楽の内容」について書かれている文章は驚くほど少ない。
あえて逆説的な言い方をしたが、ここでいう「音楽の内容」とは、
音楽の理論とか、楽器の演奏方法などの専門的知識のこと。
音楽の専門的な知識のない人間が音楽批評をしていることが音楽批評の構造的な問題がある。
わかる人はわかってるし、まあ、どうでもいいか…と思っていたけど、
こういう専門的知識の裏付けのない音楽批評が音楽に関する言説として広く流布するようになると、
それはそれで後続の世代に悪影響を及ぼしかねないので、あえて記しておこう。
もちろん感傷的な印象批評はあっていい。読み物として楽しいものは管理人も好きだ。
ただ、それだけが音楽批評だというのは間違いだし、
音楽の専門的な知識に関する読み物が少ないのは、
「音楽のことを知りたい」と思う人々にとって選択肢が減らされることであり、かわいそうだ。
菊地成孔の『東京大学のアルバート・アイラー』が人気を博した理由も、
こういった日本の音楽批評事情を踏まえるとよく理解できる。
あの本で展開されている機能和声などの音楽の理論的分析は、
菊地自身も認めているように極めてオーソドックス、凡庸なもの。
しかし、これまでそれを読み物としてうまく説明できる人がいなかったため、若い世代に広く受け入れられたのだろう
(菊地成孔に関しては、交流・影響関係の項目を参照。)。
まとめると、音楽批評は大きく分類すると、
A.「感傷的な印象批評」、B.「録音年月日、参加メンバーの正確なデータに基づいた分析」、C.「音楽の専門的な知識に基づいた分析」
の3つに分けられるのではないだろうか、ということ。
そして、管理人が中山康樹を好きなのはBの分析が優れており、加藤総夫や菊地成孔はCの要素が実に興味深い、と考える。
…これ、『ジャズ・ストレートアヘッド』の項目で書くことではない気もしてきたなあ。
閑話休題。
ジャズ批評、として優れた本です。
特にエリントンについて語ろうと思う人は必ず読まなければならない本。
この本が出てから30年。
エリントンの音楽について、未だにこの本を超える本が出ないのは残念だ。